一世を風靡した占い師、細木数子。彼女を主人公にしたNetflixシリーズ『地獄に墜ちるわよ』(主演・戸田恵梨香)が大きな反響を呼んでいる。

このドラマにはベースとなった書籍が二冊ある。一冊は細木自身が書いた「女の履歴書 幸せを呼ぶ占術 愛・富・美への飛翔」(廣済堂出版)、もう1冊がノンフィクション作家、溝口敦氏の『細木数子-魔女の履歴書』(講談社)だ。細木の著書から18年後に出た溝口氏の著書(最初は週刊現代で連載)は、細木の虚飾、暴力団との関係を圧倒的な取材で暴いていき、法廷闘争に発展。『地獄に堕ちるわよ』の参考文献となっている。細木と闘った溝口氏は話題のドラマをどう見たか。そして、改めて、「細木数子とは何者だったのか」を問うてみた。

■Netflix版は一般人にはちょうどいいのかもしれない


 ──まずは、Netflixで公開されたドラマ『地獄に墜ちるわよ』をご覧になって、率直な感想はいかがでしたか。


 うーん、なんというか、善悪の描き方がぼんやりしていて、細木数子という人を善悪の両面からとらえている。僕が本で書いたスタンスとは違って、ある種の緊張感はあまり感じなかったですね。ただ、その描き方というのは、見方を変えれば「一般の視聴者にはちょうどいい」のかもしれない。善と悪、白と黒をはっきりさせすぎないことで、かえって多くの人が見やすくなっているのでしょう。だから、ヒットしているんじゃないかな、とは思います。


 面白いのは、原作を読んだ人か、ドラマから入った人かで評価が分かれるだろうという点です。僕の本を読んだ人があのドラマを見たら、おそらく「ひりひり感がない」と言うかもしれない。でも、先にドラマを見てから僕の本を読んだ人は、別の感想を持つでしょうね。そういう意味では、細木数子という人間、あるいは彼女が活躍した時代、世相に興味を持ってもらって、それぞれが感じることがあれば、作家としてよかったと思います。



すべては「目障りな女」という好奇心から始まった

 ──実際、溝口さんのご著書はドラマには出て来ない細木の生き様を描いています。見出しを拾っても「色と欲の同行二人」「他人のふんどしで占い師」「低俗な時代を謳歌する女ヤクザ」と凄まじい。だからこそ、出版前に細木サイドは圧力をかけ、出版後は法廷闘争に発展しました。そもそも、溝口さんが細木数子という人間に2006年に興味を持ったのはなぜですか? 最初は週刊現代の連載ですが、執筆に至った経緯はどのようなものだったのでしょうか。


 最初は本当に軽い気持ちだったんです。当時、週刊現代の編集長だった加藤(晴之)君が、テレビか何かで細木数子を見て、「面白い女だ」「目障りな女だ」と感じたのがきっかけです。「溝口さん、この細木って女を描いてもらえませんか」と。その時点では、彼も僕も、テーマが「細木数子と暴力団」になるとは全く思っていませんでした。


 ──細木と暴力団との関係を知っていて、連載を始めたわけではないんですね。


 そうです。だから、当初の連載予定はたったの4回。「人気者だけど、やけに態度がでかい。この目障りな女の正体は何なんだろう」という、本当に素朴な好奇心から「じゃあ、ちょっとやってみるか」と引き受けたんです。


 ──そうしたら、溝口さんの人脈で細木をよく知っている人が次から次へとでてくるわけですよね。取材はどこから着手されたのですか。


 最初の手がかりは、彼女自身が出した自伝『女の履歴書』でした。それを読むと、渋谷の百軒店(ひゃっけんだな)の育ちだと書いてある。その記述に、まず「臭いな」と感じたんです。


 ──「臭い」というのは?


 裏社会の匂いです。本には直接的な言葉では書かれていませんが、夜間に店の看板を見て寄ってきた男を自分の店に引き込む、といった描写がある。

これは座蒲団売春のポン引きの手口そのものです。本人は「ポン引きをやっていた」とは書いていない。しかし、「らしいこと」は書いてある。そこから、彼女の原点を探る糸口が見えました。そこから取材は一気に深まっていきました。僕自身、学生時代から渋谷には馴染みがありました。その後、本格的に裏社会の人脈を辿ることになった舞台は赤坂でした。


 ──新橋、銀座で成功した細木が大箱のディスコ、「マンハッタン」を出したのが赤坂でした。


 たとえば山口組系山健組の山本健一(田岡一雄時代の山口組若頭)とか五代目組長の渡辺芳則などが細木の赤坂の店に通っていた。もちろん細木と親しく口をきく太客です。当時のそうした情況を山健組本部長などが私にいろいろ伝えてくれた。私が当時通っていた赤坂の店で山口組系の組員たちと顔見知りになり、その中に重要な情報源となる人物がいたんです。

彼らに話を聞くと、「ああ、細木か」と。暴力団との関係が次々と明らかになっていきました。連載は進むにつれて取材網は広がり、僕の知り合いもどんどん絡んできて、面白くなってきた。当初4回の予定だった連載は、到底収まりきらない。「これは10数回は必要になる」と編集長に伝えて、延長を重ねました。そうこうしているうちに、細木側が「訴える」と言い出した。それで、こっちもますます引けなくなっていったんです。



「人を舐めた」裁判戦術と、作家としての意地

 ──そして、実際に法廷で争うことになります。


 ええ。ただ、面白いのは、彼女たちの戦術です。最初の裁判で訴えられたのは、講談社の社長だけで、僕や担当編集者は訴訟の対象から外された。おそらく、僕個人を訴えると、僕が持つ裏社会の情報を法廷で暴露されることを恐れたんでしょう。

人を舐めたやり方ですよ。


 ──ご自身が訴えられていないにもかかわらず、裁判には参加されました。


 当たり前です。僕が書いた原稿が原因で講談社が訴えられているわけですから、負ければ多大な迷惑をかけることになる。講談社側の弁護士とは別に、自分で弁護士を探して、「補助参加」という形で裁判に加わりました。いずれにしても細木側のやり方は、「周囲を訴えて脅せばひるむだろう」ということで、人をバカにしている。僕を訴えずに外堀を埋めようとするなんて、完全に戦術を間違えていますよ。そんな小手先のやり方で潰せる相手だと思われたのなら、心外です。


 ──その細木数子とはどんな女だったのか。暴力団の幹部と長期間同棲したりして「ヤクザの女」に見えますが、溝口さんはご著書の中で、「女ヤクザ」と表現した。彼女自身がヤクザだったということですか?


 彼女は「ヤクザの女」ではない。「女ヤクザ」そのものでした。


 ──それはどういうところか、と聞く前に、そもそも、溝口さんはなぜ、ヤクザに興味を持ち、取材を続けられてきたのですか?


 僕がノンフィクションの対象として惹かれるのは、良くも悪くも「露骨に生きる人間」なんです。自分の欲望に忠実で、それを隠さず、時には命まで懸けて戦う。だから、ヤクザをよく取材した。細木数子もそういう人間でした。生き様がヤクザなんです。闇市から身を起こし、新橋、銀座、赤坂へと成り上がっていく。ヤクザと交わり、他人の占いをパクって自分の一派を作り上げ、それを売り込んで大成功を収める。その軌跡は、戦後日本の欲望の歴史を体現しているようで、非常にシンボリックです。あの時代に、女でありながら、あれだけヤクザの世界と深く渡り合った人間は他にいないでしょう。


■欲望と暴力が渦巻いた時代だから、細木のような怪物が生まれた


 ──溝口さんは大勢のヤクザを知っている。その中でも彼女は特別な存在でしたか。


 僕はヤクザにも好き嫌いがはっきりしていて、例えば五代目山口組組長の渡辺芳則は、うぬぼれ体質で頭も悪くて嫌いです。 僕が評価するのは、そこに「道理」があるかどうか。その点、細木数子は非常にわかりやすい。彼女の行動原理は、常に自分の欲望と損得勘定に基づいている。そのわかりやすさが、逆に人間的な面白さにつながっているのかもしれません。対照的で思い出すのが山健組の有力な組長の妻だった山本秀子姐さん。夫亡き後、組員との関係を一切断ち切り、一人息子を堅気の世界で成功させた。ヤクザの世界の権力と論理を知り尽くした上で、見事にそれを断ち切ってみせた。これもまた、ある意味、見事な生き方です。細木数子は、その逆です。どこまでもヤクザの世界の論理で生き、それを自分の力に変えていった。細木は自分の墓を愛人だった小金井一家総長・堀尾昌志の隣り合わせで作らせている。堀尾との関係は打算だけではなかったのかもしれず、そこもまた取材対象として面白かった。


 ──今後、細木数子のような人物は現れると思いますか。


 もう出てこないでしょうね。芸能界と暴力団の関係も、昔とは比べ物にならないほどクリーンになった。彼女が生きた時代は、経済事件の裏には常に女がいて、色恋沙汰と金と暴力が渦巻いていた。そういう時代の混沌の中からしか、彼女のような怪物は生まれなかったのだと思います。


 ──政界ともつながりがありましたね。


 歴代首相の指南役とされ、政財界に広い影響力を持っていた安岡正篤を通して広げたのでしょうね。彼女はやや認知症が進んできた安岡を酒漬けにしてたぶらかし、結婚誓約書まで書かせた。あげく安岡から歴史的な価値のある掛け軸を家から持ち出させ、それをあろうことか山口組の渡辺芳則に配って恩を売った。渡辺が五代目から引退すると、「あれ、返してよ」と言ったとかで、どこまでもドライで身勝手なやり口です。だからこそ、今改めて彼女の人生を振り返ることは、一つの時代を記録する上で非常に価値があると考えています。


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