『ファミリーコンピュータ Nintendo Classics』でも配信されている『ドルアーガの塔』は、1984年7月稼働開始のナムコのアーケードゲームです。見下ろし型のアクションRPGで、迷路のようなフロアの中で敵を倒しながら、アイテムを拾って主人公を強化したり次のフロアへ向かうための鍵を探す……という、今であれば極めて単純なルールの内容ですが、この『ドルアーガの塔』がゲームの歴史を永久に変えてしまいました。


「攻略本」という概念を、我々に与えたのです。

◆人類の進化に必要な「概念」の受容
概念というものは、人類が進化を遂げる上で欠かせない要素です

たとえば、今現在のお金は平日に開かれるマーケットにより価値が決められます。ドル円相場も毎日変動していきますが、アメリカ主導のブレトン・ウッズ体制が崩壊する以前は米ドルは金価格とペッグされ、それに応じて西側諸国の貨幣もドルペッグ制が施されていました。1ドル=360円という固定レートが存在したのです。

したがって、「貨幣価値が毎日変動する」という現代では常識的な概念を、高度経済成長期の日本人は持っていませんでした。言い換えれば、新しい概念をインプットすれば生活や文化洋式そのものが大きく変化してしまうということでもあります。

『ドルアーガの塔』は、「攻略のための書籍」という新概念を確立しました。

このゲームは、扉を開ける鍵の他にも宝箱を取る必要があります。この宝箱には、主人公ギルを強化したりステージの難易度を下げるアイテムが入っています。

しかし、宝箱は最初からフロアにあるわけではなく、「特定の敵を倒す」「特定の操作をする」「決められた手順で移動する」といったような条件を満たす必要があります。ラスボスを倒すのに絶対不可欠のアイテムも存在し、「面倒だから宝箱は見過ごしてステージ攻略を優先する」ということはできません。

恐るべきは、この「宝箱を出現させるための条件」が全くのノーヒントという点です。


「方向キーを決められた回数だけ入力する」「剣を出した状態で特定の敵からの攻撃を受ける」というような、偶然でもなければ絶対に解けようもない条件も存在し、しかも『ドルアーガの塔』はアーケードゲーム。1985年8月にファミコンソフトが発売されたとはいえ、それ以前はコインを投入口に入れなければ遊べないものでした。つまり、攻略法を総当たりで探るために『ドルアーガの塔』にお金を投じ続ける人が全国に相次いだということです。

これは社会現象になりました。

◆「攻略本なんて出すな!」
80年代は、当然ながらインターネットなどというものはありません。また、上述した「概念」も形成されていない状態でした。「攻略法を解説した本を読みながらプレイする概念」です。

ここで、読者の皆さんに質問。あなたはゲームセンターのアーケード版『ドルアーガの塔』の攻略法を探すため、今日まで10万円ほどゲームに費やしてしまいました。そこへ、この作品の全フロアの攻略法が記載された書籍が300円で発売されました。あなたはこれを見て、どう思いますか?

「俺がこれまで10万円かけてようやく攻略法を見つけたのに、それをたった300円であっさり公開するのか!?」という怒りが頭の片隅に湧いて出てこないでしょうか?

以下、1985年10月31日付の日経経済新聞の記事です。

たった二年間で、五百万人の子供たちをとりこにしてしまったのが任天堂のテレビゲーム機「ファミリーコンピュータ」。
九月末現在で、販売台数四百六十万台。それまで、薄暗い街のゲームセンターに入りびたっていた子供たちを家に連れ戻し、子供部屋を電子音が飛び交う“戦場”に変えたこのファミコンを、「もはや、文化のひとつ」と呼ぶ人すらいる。

(中略)

人気ゲームごとに、その攻略法を教える“必勝本”の人気も高い。九月上旬発売の「ドルアーガの塔のすべてがわかる本」(アスキー)は一ヶ月後に二十九万部を突破。同じゲームを扱った“競作本”「ファミリーコンピュータ必勝本ーーおきて破りの全ワザ集」(ジック出版)も、同時期に発売し、十二万部売れているという。

アスキーによると、「ゲームセンターで六十万円も使ってやっと解いたのに、それを数百円の本で教えるなんて許せない。金を返せ。ボクにはヤクザの知り合いがいるんだぞ」と、電話の向こうですごんでみせた小学生がいたとか。また、親は親で「威厳が保てるかどうかの瀬戸際。今、子供が学校に行っているから、その間に高得点を挙げる技を教えてくれ」と、真剣な口調で懇願してくるという。

(ファミコン人気の秘密、風営法改正で子供部屋へ回帰、「ゲームうまけりゃ尊敬」。 日経流通新聞1985年10月31日 太字は筆者)
ゲームセンターで60万円も使った小学生がいるというのも驚きですが、そんな子が攻略本の出版阻止のために版元を脅す事件があったとは……。


ですが、それ以上に注目すべきは日経流通新聞がこの話を記事にしているという点。即ち、その当時の経済的トレンドの表れとして報道されているのです。コンピューターゲームそのものだけでなく、それに付随する商品が巷に大きな影響を与えていました。現在は日経MJという名前になっている日経流通新聞は、そもそもはそうした方向性のメディアであることをここで思い返す必要があります。

◆メディアの成長過程
『ドルアーガの塔』は、結果的にメディアとしての攻略本を確立させました。それは同時に、誤った情報の拡散を阻止する手段が開発されたという意味合いも含まれています。

『ドルアーガの塔』の攻略法は、デマが多かったことでも知られています。そのデマの検証も攻略法開拓の一過程であり、ゲームセンターのコミュニティノートはそうした検証の報告で埋め尽くされました。

我々現代人がここから何かを見出すとしたら、それは「メディアの成長過程」ではないでしょうか。

メディアというのは、人々が「強く求める情報」があるからこそ成り立つ容器です。その容器は情報という名の水を汲み、我々の喉を潤してくれます。そして水には様々な種類が存在します。
たとえば同じ井戸水でも成分に違いがあったり、それによって飲料に適した水、調理に適した水といったように様々な用途を見出すことができます。

コンピューターゲームが市民権を獲得する流れの中で、『ドルアーガの塔』は極めて重要な役割を果たしたと言えます。
編集部おすすめ