NASA、火星探査に向けて米国最高出力の次世代エンジンの点火実験に成功
Image credit:NASA/JPL-Caltech

NASA、火星探査に向けて米国最高出力の次世代エンジンの点火...の画像はこちら >>

 NASAが火星への有人探査を見据えた次世代宇宙船用エンジンの点火実験に成功した。

 電気の力でプラズマを加速して推力を得るこのエンジンは、化学ロケットより推進剤を90%削減できる。

 米国内最高となる120キロワットの出力を達成し、人類の火星到達が現実味を帯びてきた。

これまでのロケットでは火星は遠すぎる

 地球から火星までの距離は、地球と火星の位置関係によって変化するが、最も近づいたときでも数千万kmに及ぶ。

 現在主流の燃料の燃焼による爆発力で推力を得る従来型エンジンでは、この距離を移動するだけで膨大な量の推進剤が必要になる。

 打ち上げ時の重量のほとんどを燃料が占めてしまい、宇宙船本体や乗組員、物資を運ぶ余裕が削られる。

 たとえばスペースX社の大型ロケット「スターシップ」は、液体メタンと液体酸素を合わせて数千トン規模で積み込む設計だ。

 燃料の重さと量の問題が、人類の火星到達を阻むひとつの大きな壁になっている。

 そこでNASAが長年注目してきたのが、燃料の消費を大幅に抑えられる「電気推進」という技術だ。

 電気推進は化学ロケットに比べて推進剤の使用量を最大90%削減できる。

 一度に生み出す推力は小さく、時間をかけてじわじわと加速していく方式だが、長距離を旅する宇宙探査には非常に理にかなったアプローチだ。

 すでにNASAの小惑星探査機「サイキ」には電気推進システムが搭載されており、宇宙空間でゆっくりと加速しながら最終的に時速約20万kmという高速に達している。

[画像を見る]

プラズマを電磁力で加速する電気推進エンジン

 NASAが今回試験したのは「MPDスラスタ(磁気プラズマダイナミックスラスタ)」と呼ばれる電気推進エンジンだ。

 1960年代から研究されてきた技術だが、これまで実際の宇宙飛行には使われてこなかった。

 MPDスラスタはまず、リチウムという軽金属を高温で蒸発させ、プラズマ(超高温によって電子が原子から切り離された電離ガスの状態)にする。

 このプラズマに強力な電流を流すと、周囲の磁場との間に力が生じ、プラズマが猛烈な勢いで後方へ噴出される。

 この噴出の反動が宇宙船を前へ押し出す推力になる。電流と磁場が組み合わさることで力が生まれる原理は、モーターが回転する仕組みと同じだ。

 従来の電気推進エンジンが太陽光発電を電源とするのに対し、MPDスラスタは将来的に核動力源(原子炉)との組み合わせを想定している。

 太陽から遠く離れた宇宙空間でも安定して高い出力を維持できるため、長距離・長期間の宇宙航行に適している。

 推進剤として使うリチウムは軽量で高い推進効率が期待でき、火星ミッションの推進剤として有力な候補だ。

[画像を見る]

実施された米国最高出力の点火試験

 2026年2月24日、NASAのジェット推進研究所(JPL、カリフォルニア州パサデナ)の電気推進研究所で、MPDスラスタのプロトタイプが点火された。

 試験が行われたのは全長約8mの水冷式真空チャンバーだ。

 内部を宇宙空間に近い真空状態に保ちながらエンジンの動作を確認できる、国内唯一の大型設備である。

 試験では合計5回の点火が実施された。

 スラスタ中央に設置されたタングステン製の電極が摂氏約2,800度という超高温に達し、まばゆい白色に輝いた。ノズル状の外部電極は白熱し、チャンバー内に鮮やかな赤いプルーム(噴射炎)を放ちながらエンジンが稼働した。

 この試験でチームは最大120キロワットの出力を達成し、米国内でこれまでに実施された電気推進システムの試験記録を更新した。

[画像を見る]

火星有人飛行に向けての偉大な一歩

 NASA長官ジャレッド・アイザックマン氏は今回の成果について、火星への有人飛行に向けた重要な前進だと位置づけた。

米国においてこれほど高い出力レベルで電気推進システムが稼働した初の事例だ。

次の偉大な一歩を推し進める戦略的投資を続けていく(アイザックマン氏)

 試験を担当したJPLのシニア研究科学者ジェームズ・ポーク氏は、NASAの小惑星・準惑星探査ミッション「Dawn」や、地球軌道の外で初めて電気推進を実証した技術実証機「Deep Space 1」にも携わった電気推進の第一人者だ。

 「スラスタが機能することを実証しただけでなく、目標としていた出力レベルに到達できた。スケールアップに向けた試験環境が整っていることも確認でき、我々にとって非常に大きな瞬間だった」とポーク氏は語った。

[画像を見る]

 120キロワットという数字がどれほどのものか、現行のNASA宇宙船と比べるとわかりやすい。

 現在NASAの宇宙船の中で最高出力の電気推進を搭載しているのがサイキ探査機だ。

 今回のMPDスラスタはそのサイキ搭載スラスタの25倍以上の出力を達成した。

 さらにMPDスラスタは、化学ロケットには難しい「推進剤を少量ずつ使いながら長時間加速し続ける」という運転が得意だ。

 化学ロケットが瞬間的な爆発力で速度を稼ぐのに対し、MPDスラスタは小さな力を積み重ねることで最終的に非常に高い速度に達する。

 推進剤の消費量が少ない分、宇宙飛行士や機材・物資を運ぶための有効積載量を大きく確保できる点も、有人ミッションにとって大きな利点となる。

[動画を見る]

残された課題と展望

 今回の120キロワットはあくまでも第一歩だ。

 実際の火星有人ミッションには2~4メガワット(1メガワット=1,000キロワット)の電力が必要と見られており、複数のMPDスラスタを搭載したうえで23,000時間以上にわたって稼働させ続けなければならない。

 JPLのチームは今後数年でスラスタ1基あたり500キロワットから1メガワットへの出力向上を目指している。

 最大の技術的課題は耐久性だ。摂氏2,800度を超える高温で長時間稼働し続けるため、部品が熱に耐えられるかどうかの検証が不可欠になる。

 MPDスラスタの研究はJPLがプリンストン大学およびNASAグレン研究センター(と共同で進めており、資金はNASAの「宇宙核推進プロジェクト」が提供している。

 2020年に始まったこのプロジェクトは、火星有人ミッションを視野に入れたメガワット級の核電気推進の実用化を目指すもので、電気推進サブシステムはその中核的な技術要素のひとつだ。

 プロジェクトの拠点はアラバマ州ハンツビルのNASAマーシャル宇宙飛行センターに置かれている。

 燃料を大量に積んだ重い化学ロケットではなく、電気と軽金属リチウムの力で人類を火星へ運ぶ未来。

 今回の点火試験はその現実に向け、着実に歩みを進めた一歩だ。

References: NASA Fires Up Powerful Lithium-Fed Thruster for Trips to Mars[https://www.nasa.gov/missions/tech-demonstration/nasa-fires-up-powerful-lithium-fed-thruster-for-trips-to-mars/]

編集部おすすめ