川岸で光るホタルと近くで鳴くコオロギが、ほぼ同じテンポで信号を送っていることに研究者が気づいた。
アメリカ、ノースウェスタン大学などのチームが動物界全体を調べたところ、昆虫から両生類、鳥、人間(言葉の抑揚)まで、多くの動物が毎秒0.5~4回というごく狭いリズム帯でコミュニケーションをとっていることがわかった。
その理由は、すべての動物の脳に共通する仕組みにある。
この研究成果は『PLOS Biology[https://journals.plos.org/plosbiology/article?id=10.1371/journal.pbio.3003735]』誌(2026年4月14日付)に掲載された。
ホタルとコオロギが同じテンポで信号を送る奇妙な偶然
2022年の夏、ノースウェスタン大学の研究チームは、タイの水郷の町アンパワーを訪れていた。
目的は、川岸のマングローブ林で一斉に同期して光ることで知られるホタル、プテロプティクス・マラッカエ(Pteroptyx malaccae)を撮影することだった。
このホタルは、まるで申し合わせたかのように何千匹もが同じタイミングで光り、また同じタイミングで消える、不思議な習性を持つ種である。
カメラを回していた研究者たちは、ふと奇妙なことに気づいた。
近くの草むらで鳴いているコオロギの声が、ホタルの光るタイミングとほぼ同じ速さに聞こえたのだ。
幸いにも、撮影用のマイクは音をしっかり録音していた。
詳しく分析した結果、両者は実際に同期していたわけではないが、それでもテンポは、ホタルもコオロギも毎秒約2.4回(2.4Hz)で、その差はわずか10%しかなかった。
光と音という、まったく違う方法で信号を送る2つの種が、なぜ同じリズムにたどり着いたのか。研究者の頭から、この偶然は離れなかった。
動物界に共通する0.5~4Hzのリズム
ノースウェスタン大学のガイ・アミチャイ氏とダニエル・M・エイブラムス氏、ペンシルベニア大学のヴィジャイ・バラスブラマニアン氏らの研究チームは、タイで観察した現象が単なる偶然なのかを確かめるため、動物のコミュニケーションを扱った既存の論文を片っ端から調べはじめた。
対象は、メトロノームのように一定のリズムで信号を繰り返す動物である。
調査の結果、多くの種が毎秒0.5回から4回というごく狭い速さの範囲(テンポ帯)に集中していた。
最も小さな昆虫や甲殻類から、カエル、魚、鳥、そして類人猿、アシカといった大型の哺乳類まで、体重にして1億倍もの開きがあるにもかかわらず、テンポはこの範囲に収まっていた。
さらに人間も、音楽の拍子や言葉の抑揚のリズムが、この範囲とほぼ一致していた。
光、音、身振りといった信号の種類も、空気中か水中かといった伝わり方の違いも関係なかった。
自分たちに都合のよいデータばかり選んでしまっていないか確かめるため、チームはもう一つ別の方法をとった。
野生動物の鳴き声を集めた国際データベース、Xeno-canto[https://xeno-canto.org/]から、鳥、コウモリ、カエル、バッタ、陸上の哺乳類のそれぞれから10例ずつ、計50件の録音を無作為に抜き出して分析したのである。
124件の候補の中から条件を満たす50件にたどり着いた結果、テンポは毎秒3回付近にピークがあり、中央値は毎秒3.45回だった。
これらの動物は実際にはもっと速くも遅くも信号を出せるにもかかわらずだ。
それなのにあえて0.5~4Hzの範囲を選んでいるように見えるということは、この速さに何らかの実質的な利点があることを強く示唆していた。
「デルタ波」と関係している可能性
毎秒0.5~4回(Hz)というこの範囲には、脳科学の世界ですでに名前がついている。
「デルタ波」と呼ばれる、知られている中で最もゆっくりした脳波である。
多数のニューロン(神経細胞)が低い周波数で同期して発火することで生まれるデルタ波は、人間が深く眠っているときに強く現れることでよく知られている。
だが、起きている状態の鳥やカエル、ショウジョウバエなど、まったく異なる動物の脳でも観察されており、研究者たちは、この一致が偶然ではないと考えた。
なぜ、これほど多様な動物が同じテンポを選ぶのか。
音楽学者は以前から、人間が毎分120拍ほどの音楽を心地よく感じるのは、歩く速さと関係しているのではないかと指摘してきた。
しかしホタルやアシカが歩行と関係あるとは考えにくい。説明はもっと深いところにあるはずだった。
デルタ波を生むニューロンの反応特性
研究チームが目をつけたのは、すべての動物に共通する一点、信号を処理する神経の仕組みだった。
種を越えてニューロンには共通する物理的な性質があり、特に脳細胞が信号を受け取って反応するまでにかかる時間は、数百ミリ秒(1秒の1000分の数百)とほぼ同じである。
この反応のしやすさこそが、デルタ波という最もゆっくりした脳波を生み出している正体でもある。
多数のニューロンが数百ミリ秒のリズムで揃って活動するから、結果として0.5~4Hzの脳波が現れるのだ。
同じニューロンの反応特性が、脳が外から受け取る信号への反応のしやすさも決めている。
動物が選んでいる0.5~4Hzのコミュニケーションのリズムと、脳のデルタ波は、どちらも同じニューロンの基本性質から生まれた現象ということになる。
受信側の脳が0.5~4Hzのテンポに最も強く反応するように作られているなら、送信側もそのテンポで信号を出す方が伝わりやすい、というわけだ。
実際、東京大学の高橋宏知准教授らの研究チームが2022年に発表した論文[https://www.science.org/doi/10.1126/sciadv.abo7019]では、ラットにモーツァルトの音楽を聴かせたところ、毎分120~140拍(毎秒2回ほど)のテンポで最もよく頭を振ってビートに同期した。
脳の聴覚を司る部分も、まさにこの範囲に最もよく反応していた。仮説を裏づける有力な傍証である。
日本人物理学者の理論で確かめた共鳴現象
仮説が正しいかを確かめるため、チームはコンピュータ・シミュレーションに踏み切った。使ったのは、京都大学名誉教授・蔵本由紀氏が1975年に考案した「蔵本モデル」と呼ばれる数式モデルである。
たくさんの振動子(振り子のように一定のリズムで動くもの)が互いに影響を与え合うとどう同期するかを表したもので、生物学から物理学まで広く応用されている。
研究チームはこのモデルを使い、5つのニューロンからなる小さな脳回路をコンピュータ上で再現した。
まず確かめたのは、回路のリズムが個々のニューロンの性質で決まるのか、それともニューロン同士のつなぎ方で決まるのか、という点である。
可能なつなぎ方1,665通りすべてを試したところ、配線にかかわらず反応はほぼ同じだった。
次に調べたのは、回路が外から来る信号にどう反応するかだった。
さまざまな速さの信号を入力して回路の反応を測ると、ニューロン自身の自然なテンポである毎秒2回付近で反応が最大になった。
これは物理学でいう「共鳴」と呼ばれる現象で、子どもをブランコに乗せ、ちょうどよいタイミングで押すと一番大きく揺れるのと同じ仕組みである。
テンポがそこから外れすぎると、信号は脳にほとんど届かない。
シミュレートしたニューロンの内部の速さに少しずつばらつきを持たせると、共鳴する範囲はやや広がった。
それでも、毎秒0.5~4回の範囲から大きく外れたテンポには、脳は同調しにくいという結果になった。
タイの川辺で偶然耳にしたホタルとコオロギのリズムは、互いに語り合っていたわけではない。
それでも両者は、すべてのニューロンが従う同じ物理法則に応えて、ほぼ同じテンポで光り、鳴いていた可能性が高い。
研究チームは、この説をさらに検証していくべき初期段階の仮説と位置づけている。
この研究でわかったこと
・昆虫から人間まで、多くの動物が毎秒0.5~4回というごく狭いテンポで信号を送り合っていた。
・動物のリズムと、最もゆっくりした脳波「デルタ波」は、同じ神経の仕組みから生まれていた。
まだわかっていないこと
・すべての動物に当てはまるかは未確定で、別のリズムで信号を送る動物がいる可能性も残されている。
・受信側の脳の仕組みは示されたが、送る側がこのリズムを選ぶ理由はまだ証明されていない。
References: A widespread animal communication tempo may resonate with the receiver’s brain[https://journals.plos.org/plosbiology/article?id=10.1371/journal.pbio.3003735] / From Insects To Sea Lions, Animals Appear To Share A Hidden Communication Rhythm[https://studyfinds.com/animals-hidden-communication/] / Spontaneous beat synchronization in rats: Neural dynamics and motor entrainment[https://www.science.org/doi/10.1126/sciadv.abo7019]











