新型コロナ後のインフレを背景に登場した「5ドルミール」
「シュリンクフレーション」という言葉がある。「縮小する」という意味の「Shrink」とインフレの「Inflation」を合体させた造語だ。価格を維持したまま内容量を減らして販売することを意味し、創意工夫を得意とする日本企業の「お家芸」のような手法だ。ニューヨークの外食で、椅子に座って食べられる最も安い食事はファストフードの「5ドルミール」だ。バーガーとチキンナゲット、フライドポテト、飲み物がついて5ドル。日本でいうセットメニューだが、アメリカでは「セット」という言い方はほとんどしない。
大型連休中の政府・日銀による円買い介入後のレート(1ドル=157円)で5ドルを日本円に換算すると785円。日本人には「それなりに高い」という印象だろうが、アメリカではこれが、座って食べられる最低のゾーンだ。
その「5ドルミール」は、新型コロナ後のインフレで食材などが高騰し、外食産業が一斉にメニュー価格を値上げしたことにより登場した。
アメリカの中流世帯が主な顧客である「カジュアル・ダイニング」(日本のファミリーレストラン)は、インフレですぐにメニュー価格を値上げしたが、価格に敏感な中流層の足が一気に途絶えた。大手チェーンが次々と経営破綻する中、客離れを食い止めようと、ファミレス各社は、バーガー系のメニューの内容量を減らし、価格を抑えて提供した。同じく値上げしたファストフードの価格との差がなくなるほどになってようやく客足が戻った。
次にファストフードが客離れに陥った。安価が売り物のファストフードの存在意義が問われる事態となり、各社は小ぶりのバーガーを主体とした安価なセットメニューを打ち出して消費者にアピールした。これが「5ドルミール」である。
インフレ以前の感覚で、ファストフードで商品を注文するとファミレスで食べるよりもより高くなってしまうことが多い。「5ドルミール」ならファミレスよりもぐんと安く食べられる。要するに、ファストフードの面目躍如たる商品なのだ。
しかし、切り詰めて、切り詰めて、さらに切り詰めた「5ドルミール」は儲けが薄い。客寄せのためにテレビコマーシャルで宣伝しても、店頭の電子注文板には目立つところに「5ドルミール」を掲載していない。関連項目をたどって、ようやく「5ドルミール」のボタンを見つけることができる。初めて注文する顧客は必ずと言っていいほど、周囲の助言が必要となる。
しれっと上乗せされた飲み物代……ケチャップも個数制限が
ウェンディーズも、比較的、早い時期から店舗によって「5ドルミール」を6ドル(942円)に値上げした。最大手のマクドナルドは、バーガーがハンバーガーの場合、6ドルに値上げしたが、チキンバーガーなら、マンハッタンの一等地の店以外では依然として5ドルで購入できた。ファストフード最大手の意地で「5ドルミール」を守ってきたのだが、イラン戦争後、マクドナルドにも変化が見られるようになった。
戦争が始まって1カ月ぐらいがたった3月後半、頻繁に立ち寄る郊外の店で「5ドルミール」を購入しようとしたところ、飲み物代が余分にかかるようになっていた。Sサイズのコーラを選択したら、50セント(79円)が請求額に上乗せされていたのだ。値上げの知らせなどはどこにもなく、50セントぐらいなら顧客も黙って払うだろう、というような値上げの仕方だった。
マクドナルドには「5ドルミール」目当てにほぼ毎日通っているが、このやり方を不快に思い、数日間、この店には行かなかった。1週間後、再び訪れてみると「5ドルミール」は6ドルに値上がりしていた。「もうこの店では買わない」と決意したが、マクドナルドでさえ、貧しい層が住む地域でも「5ドルミール」を維持できなくなったようだ。
ファストフード各社は、ケチャップも小袋での提供だ。かつてのように大きなボトルが置いてあって使い放題という店はニューヨークではほとんど見かけない。
かつては取り放題だった紙ナプキンも、現在は店側が厳しく管理している。戦争が始まった後は、主張しなければ2枚ぐらいしか入れてくれなくなった。
広大なアメリカをひとくくりにして話すことはできないが、物価上昇で生活しにくくなっているのはいずれの地域も同じだ。経済に余裕がなくなれば、気前の良さは影を潜める。おおらかなアメリカは遠い存在になりつつある。
【谷中太郎】
ニューヨークを拠点に活動するフリージャーナリスト。業界紙、地方紙、全国紙、テレビ、雑誌を渡り歩いたたたき上げ。専門は経済だが、事件・事故、政治、行政、スポーツ、文化芸能など守備範囲は幅広い。
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