一夜にして約1800人が命を落としたカメルーンのニオス湖の謎。何がおきていたのか?
ニオス湖 public domain / Wikimedia

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 1986年8月21日の夜、アフリカ・カメルーンのニオス湖の周辺で1,746人と家畜3,500頭が命を落とした。

 村は無傷で、戦闘の跡もなく、ハエ1匹動いていなかった。

 死因は二酸化炭素による窒息だとほどなく判明したが、米国地質調査所(USGS)やロードアイランド大学などの研究者たちを悩ませたのは別の謎だった。

 なぜ湖底から大量の二酸化炭素ガスが一気に噴き出したのか。その正体は、湖そのものが起こす未知の自然現象だったのだ。

ある朝突然1746人が眠ったまま死亡

 カメルーン北西部の山岳地帯にあるニオス湖は、火山の噴火口に水がたまってできた火口湖である。深さは約208mで、普段は澄んだ青色の水をたたえた、静かで美しい湖だった。

 1986年8月21日、湖のほとりで暮らす村人たちは、いつもと変わらない日常を過ごしていた。

 畑を耕し、家畜の世話をし、家族と食事をともにして、夜を過ごしていた。

 ところが翌朝、湖から少し離れた高台に住んでいた農民のエフリアム・チェさんが坂を下っていくと、あたりの様子が一変していた。

 普段は澄んだ青色だった湖の水は、鈍い赤色に染まっている。耳をすませても、鳥のさえずりも、虫の音も、子どもたちの声も聞こえない。

 そして道沿いには、無数の遺体が散らばっていた。

 動物も、人間もすべて息絶えていたのだ。

 死者は1,746人、死んだ家畜は3,500頭にのぼった。

 チェさんが後にスミソニアン誌[https://www.smithsonianmag.com/science-nature/defusing-africas-killer-lakes-88765263/]に語った言葉は、現場の異常さを端的に伝えている。死者にはハエ1匹もたかっていなかった。ハエもまた死んでいたのだ。

 遺体は、わずか9時間前まで普段の夜を過ごしていたままの姿勢で倒れていた。

 料理の火のそばで崩れ落ちた者、戸口で息絶えた者、ベッドに入ったまま二度と目覚めなかった者。建物はすべて立ったまま、家財も荒らされていなかった。

 物理的な破壊は何ひとつなかった。なのに、低地の村々ではほとんどの命が消えていった。

 チェさんのように高台に住む者だけが、わずかに生き延びていたのである。

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火山噴火でも伝染病でもない

 事件の知らせは世界中に広がり、アメリカ、日本、フランス、イタリア、スイス、英国から科学者たちが続々とカメルーンに駆けつけた。

 検死の結果、犠牲者たちは二酸化炭素による窒息で命を落としたことがすぐに明らかになった。

 だが本当の謎は別のところにあった。

 なぜ平穏な湖から、これほど大量の二酸化炭素が一気に噴き出したのかだ。

 当初疑われたのは火山噴火である。

 ニオス湖は火山の噴火口にできた湖であり、犠牲者の一部に火傷のような跡が見られたからだ。

 当時米国地質調査所(USGS)の火山学者だったビル・エヴァンス氏は、すべてが火山噴火を指し示しているように見えたと、後のBBCの取材[https://www.bbc.co.uk/science/horizon/2001/killerlakestrans.shtml]で振り返っている。

 ところが調査を進めるほど、火山説は崩れていった。

 火山が噴火すれば溶岩や蒸気、堆積物が出るはずだが、そのいずれもなかった。

 湖の水温は普段と変わらず、噴火の際に出るはずの硫黄化合物も検出されなかった。

 次に疑われたのは伝染病だった。

 しかし、調査に訪れた外部の人間や役人は誰一人として体調を崩さなかった。

 極めて局所的に、しかも一夜のうちに1,746人を殺すウイルスなど、医学的に説明がつかない。

 さらには陰謀論も浮上した。反政府勢力による化学兵器攻撃か、あるいは政府自身が住民を秘密裏に始末したのではないか、と。

 だが、いずれの説も裏づけとなる証拠は見つからず、謎は深まるばかりだった。

 

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同様の事故が2年前に別の湖で発生していた

 ニオス湖の謎を解く手がかりは、2年前にすでに存在していた。

 1984年8月15日、ニオス湖から南に約97km離れたモヌン湖でも、よく似た現象が起きていたのだ。

 湖のそばを通る道沿いで、村人37人が突然命を落としていた。

 当時、米ロードアイランド大学の火山学者ハラルドゥル・シグルドソン氏が現地を調査し、火山活動の痕跡がないことを確認していた。

 ところが湖底から水のサンプルを引き上げた瞬間、奇妙な現象が起きた。

 ボトルの蓋が勝手に弾け飛び、巨大な気泡が次々と噴き出してきたのだ。湖の深層水は、二酸化炭素で飽和していた。

 ちなみに二酸化炭素は色も匂いもない気体で、空気より重い。濃度が10%を超えるとめまいや昏睡を引き起こし、30%に達すると即死に至る。

 二酸化炭素は由来によって化学的な「指紋」が異なるため、出どころを特定できる。

 シグルドソン氏が分析したモヌン湖のガスは、人の呼吸でも火山ガスでもなく、地球の深部から染み出してきたものだった。

 湖の下のマグマ溜まりから漏れ出した二酸化炭素が、湖底の高い水圧と低い水温によって大量に水へ溶け込んでいたのだ。

 シグルドソン氏は、これを「これまで知られていなかった自然災害」と名付け、1986年初頭に米国の権威ある科学誌『Science』へ論文を投稿した。

だが現実離れしているとして却下されてしまう。

 その数か月後、シグルドソン氏の警告は最悪のかたちで現実となった。モヌン湖の約47倍の犠牲者を出すニオス湖の惨事が起きてしまったのだ。

 駆けつけた国際調査チームは、シグルドソン氏のモヌン湖研究があったおかげで早い段階で二酸化炭素による窒息死だと突き止めた。

 だが、現象そのものはあまりに前例がなく、メカニズムを完全に解明するには数か月の歳月が必要だった。

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大量に溶け込んでいた二酸化炭素が一気に噴出

 大量に溶け込んでいた二酸化炭素が一気に噴出

 ニオス湖でも、モヌン湖と同じことが起きていた。湖水に溶け込んでいた二酸化炭素は実に9,000万トンにのぼると推定されている。

 その仕組みは炭酸飲料のボトルとよく似ている。

 栓をして冷やしておけば二酸化炭素は水に溶けたまま静かな状態だが、栓を抜いた瞬間に泡となって一気に噴き出す。

 ニオス湖の底で起きていたのは、まさにこの現象の超巨大版だった。

 引き金は今もはっきりしていない。

 湖畔の崖が崩れた地滑りか、湖底の小さな噴火か、あるいは強風による湖水の攪拌(かくはん)か。

 いずれにせよ、ほんの少し深層水が上昇するだけで、圧力から解放された二酸化炭素が泡立ち、泡がさらに冷たい水を引き上げ、また泡を生む。

 連鎖が連鎖を呼び、最後には湖全体が爆発した。

 噴き出した二酸化炭素ガスの量は約160万トンと見積もられている。

 空気より重いガスは時速72kmの速さで2つの谷を駆け下り、湖から最大22km離れた集落までを覆い尽くした。

 村人たちは、何が起きたかも知らないまま静かに窒息していったのだ。

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 この現象は後に「湖水爆発[https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B9%96%E6%B0%B4%E7%88%86%E7%99%BA]」と名付けられた。湖そのものが人を殺す、当時は誰も聞いたことのない自然災害だった。

 ミシガン大学の生態・進化生物学教授ジョージ・クリング氏は、シグルドソン氏が当初この説を提唱したとき、誰も信じられなかったとBBC[https://www.bbc.co.uk/science/horizon/2001/killerlakestrans.shtml]に語っている。

 湖が人や動物を殺すなど予想だにしなかったからだ。

 実際シグルドソン氏は、ニオス湖の惨事の数か月前に米国の権威ある科学誌『Science』に論文を投稿していたが、現実離れしているとして却下されていた。

 だがその説は正しかったのだ。モヌン湖の50倍以上の犠牲者を出す悲劇が、現実のものとなってしまった。

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湖を「ガス抜き」する世界初の挑戦

 原因が判明しても、問題は終わらない。

 ニオス湖の湖底には今も毎年5500トンもの二酸化炭素が新たに溶け込み続けており、放っておけばまた爆発するのは時間の問題だったからだ。

 エヴァンス氏は、この湖はまさに時限爆弾だと表現した。

 科学者たちは対策を検討した。

 爆弾でガスを吹き飛ばす案は危険すぎる。大量の石灰でガスを中和する案は費用がかかりすぎる。湖底にトンネルを掘る案も非現実的だった。

 最終的にたどり着いたのは、フランスのサヴォワ大学の技術者ミシェル・アルブヴァクス氏が設計した、低コストで単純な解決策だった。

 湖底まで一本の長いパイプを通し、深層水を表面まで引き上げるのだ。

 圧力から解放された深層水は二酸化炭素の泡を出しながら勢いよく噴き上がり、ガスは大気中へ少しずつ放出されていく。

 ニオス湖を巨大な炭酸飲料のボトルだとすれば、パイプは1本のストローのようなものだ。

 2001年1月、欧州連合や米国国際開発庁海外災害支援局(OFDA)などの資金協力により、直径約14.5cmの湖底まで届く最初のパイプが設置された。

 装置が起動した瞬間、水柱が時速約160kmで高さ約50mまで噴き上がり、見守った人々から歓声が上がった。

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 その後、2011年までに2本が追加され、現在は3本のパイプが稼働している。

 岡山大学の地球化学者・日下部実氏をはじめ、日本の研究者たちもこの計画の中心メンバーとして関わり続けてきた。

 2019年以降になると、湖に流入する二酸化炭素の量を、パイプから抜き出す量が上回るようになった。

 災害から40年が経った今、ニオス湖はようやく「安全」な湖になっている。

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新たな懸念事項。岩盤ダムの劣化

 ただし、新たな懸念も浮上している。

 湖水を堰き止めている天然の岩盤ダムが侵食で劣化しつつあり、決壊すればナイジェリアにかけて住む1万人以上が洪水に巻き込まれる恐れがあると指摘されているのだ。

 湖と人との緊張関係は、まだ終わっていない。

 ニオス湖は、世界で3つしかない二酸化炭素飽和湖のひとつである。

 残る2つはモヌン湖と、ルワンダのキブ湖だ。

 キブ湖はニオス湖の約2000倍という途方もない大きさを持ち、約1000年ごとにガス災害の痕跡が見つかっている。

 静寂な湖が、ある夜突然牙をむく。

 1984年のモヌン湖に引き続き、1986年のニオス湖の爆発は、自然の驚異を改めて世界に知らしめた事例となった。

 地球が抱える未知の災害は、まだほかにも眠っているのかもしれない。

この記事でわかったこと

・1986年にニオス湖で、湖底に蓄積した二酸化炭素が突如噴き出し、約1,800人と家畜3,500頭が窒息死した

・災害の正体は、湖そのものが起こす「湖水爆発」という当時未知の自然災害だった

まだわかっていないこと

・1986年の爆発の引き金が何だったのか、地滑り・湖底噴火・強風など諸説あり特定できていない

References: Defusing Africa’s Killer Lakes[https://www.smithsonianmag.com/science-nature/defusing-africas-killer-lakes-88765263/] / Lake Nyos[https://en.wikipedia.org/wiki/Lake_Nyos] / In 1986, Something At Lake Nyos Killed 1,800 People In One Night. It Took Months To Figure Out What[https://www.iflscience.com/in-1986-something-at-lake-nyos-killed-1800-people-in-one-night-it-took-months-to-figure-out-what-83303]

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