火星で活躍する探査車にあって、岩や砂、砂利で覆われた地表は命取りだ。うっかりはまって動けなくことがあるのだ。
ドイツのヴュルツブルク大学の研究チームは、サハラ砂漠の砂の中を魚のように泳いで進むトカゲ「サンドフィッシュ」に着想を得た新型の火星探査車を開発した。
小型冷蔵庫ほどの車体にある4つの車輪は、8の字を描くように動くことで砂を泳ぐように進む。
砂地での走行テストでは従来の車輪型を上回る安定性を見せた。
岩に削られ、砂に飲まれた火星探査車先輩たちからの教訓
火星の地表は過酷だ。岩、砂、砂利が入り混じる荒れ地を、探査車たちは少しずつ、慎重に進んでいく。
それでも火星は手加減してくれない。
NASAの火星探査車キュリオシティは2012年の着陸以来、12年以上にわたって孤独な調査を続けてきたが、岩だらけの地形を走り続けたことでアルミ製の車輪に大きな穴が開いてしまった。
もっと悲劇的な結末を迎えた先輩もいる。
探査車スピリットは2009年5月、「トロイ」と名付けられた砂地に差し掛かったとき、車輪が砂に埋まって完全に身動きが取れなくなった。
NASAは地球上に同じ砂を再現して救出作戦を試みたが、どうしてもうまくいかなかった。
翌2010年1月、NASAはついに救出を断念、スピリットはその場に留まったまま静止観測点として余生を過ごし、ミッションを終えた。
砂にはまることは、探査車にとって命取りなのだ。
次の世代の探査車には、なんとかこの問題を解決してほしい。
砂の中を泳ぐように進むトカゲの能力を応用
地球上の生物の構造や動きをヒントに技術開発を行う「バイオミメティクス(Biomimetics)」と呼ばれる分野がある。
ヴュルツブルク大学の研究チームは、サハラ砂漠に生息する「サンドフィッシュ(Scincus scincus)」の動きに注目した。
トカゲ科に分類されるサンドフィッシュは4本の脚でちょこちょこと歩き回る。ところが砂の中に潜り込んだ途端、素晴らしい能力を発揮する。
X線映像でその様子を観察すると、サンドフィッシュは脚をたたんで体を力強く左右に波打たせながら、魚が水中を泳ぐように砂の中を泳ぐように進んでいくのだ。
サンドフィッシュとは文字通り「砂の魚」だ。
砂はふしぎな性質を持つ物質だ。
踏み固めれば固体のように支えてくれるが、力のかかり方次第では液体のようにずるりと崩れる。
サンドフィッシュは体全体をしなやかに波打たせることで推進力を生み出し、砂のその厄介な性質を味方につけて前進する。
くさび形に尖った鼻先が砂の抵抗を減らし、なめらかなうろこが砂粒の摩擦を逃がす。体の形そのものが、砂の中を泳ぐために進化の過程で最適化されている。
米ジョージア工科大学のエンジニアたちは2011年にサンドフィッシュを模したロボットを製作してテストを行い、くさび形の頭部が揚力を生み出し、砂の中をよりスムーズに歩く助けになっていることを明らかにした。
何百万年もの進化が生み出したこの歩き方を、研究チームは火星探査車の車輪に応用しようと考えた。
初号機は失敗、試行錯誤の末に2号機で成功
サンドフィッシュの動きをヒントに、ヴュルツブルク大学のマルコ・シュミット教授率いる研究チームは、ブレーメンのドイツ人工知能研究センター(DFKI)およびブレーメン大学と共同で新型探査車の開発に取り組んだ。
開発はドイツ航空宇宙センターが推進する火星探査プロジェクト「VaMEx(ヴァレス・マリネリス・エクスプローラー)」の一環として進められた。
VaMExとは、太陽系最大の峡谷として知られる火星の「ヴァレス・マリネリス」を探査することを目標に掲げたプロジェクトだ。
新型探査車の最大の特徴は、車輪が転がるのではなく「泳ぐように動く」ことだ。
4つの車輪がそれぞれ8の字を描くように動くことで、前後方向と横方向の両方に力を生み出す。
砂の上を進むと、車輪は正弦波状、つまり波のうねりのような曲線の轍(わだち)を砂の上に刻んでいく。
研究者のアメノシス・ロペス氏は、この轍こそが意図したスイミングメカニズムが正しく機能している証拠だと説明している。
ただし、最初からうまくいったわけではなかった。
初号機は車輪が重く幅も狭かったため、接地圧が高くなりすぎて砂に沈み込んでしまった。
さらに沈み込みとスリップが連鎖して起き、操縦もままならない状態だった。
チームは設計を根本から見直した。
2号機では車輪の幅を広げ、全体の重量を減らした。
砂に飲み込まれた初代機の失敗が、2代目を生み出したのだ。
走行テストで従来の車輪型を上回る
ヴュルツブルク大学とDFKI、ブレーメン大学の共同チームは、砂地と野外フィールドの両方でテストを実施した。
新型探査車は砂のコースで、従来の丸い車輪を持つモデルよりも安定した走行を見せた。
丸い車輪がぐらつき蛇行するような状況でも、8の字を描いて動く新型の車輪は比較的まっすぐ安定して進み続けた。
研究チームは今後、車輪表面のさらなる改良を重ねることで、砂と岩が混在する複雑な地形でもさらに性能が向上すると予測している。
更なる改善で火星探査の未来を変える
とはいえ、この新型車輪がすぐにNASAの探査車に採用されるわけではない。
現実の火星では、砂のテストコースよりはるかに複雑な地形が待ち受けている。
スリップへの対応や操縦性のさらなる向上、科学機器や積み荷を積んだ状態での走行など、クリアすべき課題はまだ多い。
研究チームはハードウェアの改良と並行して、スリップや砂への沈み込みを車輪と地形の関係から計算し、より安定した動きを実現するためのソフトウェア制御の開発も進めている。
砂の中を泳ぐという能力を、サンドフィッシュが手に入れるまでに何百万年もかかった。
火星の砂を攻略する探査車が生まれるまでにも、まだしばらく時間がかかるかもしれない。
それでもサハラ砂漠の小さなトカゲが、宇宙探査の扉を少しだけ開けてくれたことは間違いない。
探査機好き界隈としては生きている間に、是非この新たな探査車が活躍する姿を見てみたい。
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References: Planetary research: Innovative Mars rovers ‘swim’ through the sand[https://www.uni-wuerzburg.de/en/news-and-events/einblick/single/news/sandfish-mars-rover/] / Innovative Mars rovers 'swim' through the sand[https://phys.org/news/2026-05-mars-rovers-sand.html]











