問答無用で解雇しておきながら、労働者が覚悟を決めて戦いを挑んできた途端、あっさり解雇を撤回する。最近、こんなブラック企業が増えている。
「解雇が撤回されて職場に戻ることができるんだから不戦勝みたいなもんじゃないか。それのどこが問題なのか?」と思ったあなたは甘い!
このような場合、会社が不当解雇であったことを反省し、労働環境を整えて解雇した労働者を受け入れるというハッピーエンドであることはまずない。
多くの場合、会社は相談した使用者側の弁護士から敗訴濃厚と言われ、裁判で解雇無効となった場合の支払い額(解雇日から解雇無効判決確定日までの賃金=バックペイ)を節約するために、まったく反省することなく、単に「とりあえず解雇を撤回するから明日から出勤しなさい」と伝える。そして、労働者がまた酷い目に遭うのではないかと躊躇して出勤できないでいると、「待ってました!」とばかりに今度は「無断欠勤」「出勤命令違反」を理由に第2次解雇を通告してくるのだ。
ブラック企業の頭のなかは、「どうせ負けるのなら、1円でも払う額を少なくしたい」という自分勝手な思考回路だけであり、だからこそ「方便的解雇撤回」が頻発しているのである。以下、私が担当した事案を紹介しよう。
Aさんは20代の女性薬剤師で、調剤薬局を運営する会社に正社員として中途採用された。
ところが、初出勤を数日後に控えたある日、Aさんは社長(男性。薬剤師資格なし)から自宅近くの喫茶店に呼び出され、Aさんの髪の色が一般的な社会人よりも明るいため、ヘアカラースケール7LV以下に黒く染め、業務中は束ねてほしいと告げられた。Aさんは突然の申し入れに困惑したものの、染め直す時間的猶予として出勤日を繰り延べ、その間の賃金も払うとまで言われたため、これを受け入れた。Aさんは、その後美容室に行き、染め直した髪色を社長に確認してもらい、承認を得た。
Aさんは、薬剤師として真面目に勤務し、口頭・書面を問わず注意や指導を受けたことはなかった。
1年余り経ったころ、隣のZ病院の事務長から会社に対し、Aさんの髪色が明るすぎると苦情があり、Aさんはその日以降Z病院に薬を届ける業務(1日1~2回)を控えることになった。ただし、薬局長はさして気にも留めていない様子で、Aさんはこの件についても注意・指導を受けなかった。ところがその3日後、Aさんは社長に呼び出され、髪の色を理由に唐突に解雇を切り出された(第1次解雇)。Aさんが驚いて髪の色だけで解雇するのかと尋ねると、社長はこれを肯定した。
Aさんが、改善の機会を与えることもなくいきなり解雇するのは厳しすぎる旨抗議すると、社長は「髪のことは非常にプライベートなことなので、話し合っても折り合いがつかないと思いました」と述べ、とりつく島もなかった。Aさんはさらに再検討を求めたものの、社長は応じず、翌日以降の出社を断念した。なお、解雇理由証明書にも、主たる解雇理由として、髪の色が明るすぎることが挙げられていた。
●突然の解雇に謝罪・解雇撤回と慰謝料を求めると、会社は一転...
Aさんから依頼を受けた私が会社に対し、拙速かつ不合理な解雇を撤回するとともに、文書による謝罪、バックペイ及び慰謝料の支払いを求める旨の内容証明郵便を送付すると、2週間後、会社の代理人弁護士から、「解雇は妥当であるが、Aさんの就労意思を尊重し、本件解雇を撤回する。ついては◯月◯日から出勤されたい」との書面が届いた。会社があれほどこだわっていたAさんの髪色の現状については一切触れられていなかった。
そこで、私は、会社が本気で解雇を撤回する気があるのであれば、先行して解雇時点に遡って雇用保険及び社会保険資格を回復させる手続をとり、違法無効な解雇をしたことに対する真摯な謝罪と再発防止を文書で約し、バックペイを支払うよう要求した。しかし、会社側はこれを拒否し、出勤命令に応じない場合は懲戒解雇する旨告知してきた。
Aさんの意向を確認したところ、会社に対する不信感が強く、「とりあえず復職」という選択肢は困難であった。そして何度かやりとりした結果、会社は、再三の出勤命令に応じなかったのは無断欠勤に当たるとして、第2次解雇に踏み切った。
Aさんは、これに対抗し、解雇無効とバックペイの支払いを求めて労働審判を申し立てた。
労働審判では、第1次解雇につき、会社がAさんの髪色を問題視していたのであれば、解雇前に書面による注意・指導、懲戒処分を行い、かつ、髪色測定の記録や写真等を残して然るべきところ、これらを何もしていない点を追及した。また、Z病院からクレームを受けて解雇するまで3日間しかなく、この間にどのような改善の機会を与えたのか問い質したところ、社長はまともに答えられなかった。
その結果、労働審判委員会は第1次解雇が客観的合理的理由も社会通念上相当とも認められず無効であるとの判断を示した。
●安倍政権が狙う「解雇の金銭解決制度」は、企業側の経済的負担を軽くするもの
ところが、会社は、たとえ第1次解雇が無効だとしても、解雇撤回が成立するから、支払うべきバックペイは解雇日から撤回までの約1カ月分の給料にとどまると主張した。当方は、解雇は単独行為であり、意思表示到達後は原則として撤回できず、労働者が具体的事情の下、自由な判断によって同意した場合に限り撤回しうるとの通達を引用した上で、Aさんは当初より、解雇撤回、文書による謝罪、バックペイ及び慰謝料の支払いを包括して求めており、解雇撤回のみ切り離して同意したことはない旨主張した。
また、会社が解雇権を濫用して労働契約上の信頼関係を破壊しておきながら、謝罪や労働社会保険資格の回復手続等の信頼関係を回復する真摯な努力を何ら行っていない以上、解雇撤回に対して自由な判断による同意を行う前提状況が存在しないことも指摘した。
労働審判委員会は、当方の主張を支持し、解雇撤回は成立していないこと(当然、第2次解雇も無効)を前提として、解決金の支払い及び解雇撤回を主たる内容とする調停が成立した。
安倍政権は「労働者の泣き寝入りを防ぐ」等の看板を掲げて「解雇の金銭解決制度」の法制化を進めようとしている。しかし、多くの解雇事件は適切な水準で金銭的に解決しており、裁判で解雇無効となれば解雇無効判決までのバックペイが払われるから(月給30万円で2年かかったとすれば30万円×12カ月×2年=720万円)、現行法上労働者が泣き寝入りしているというのは完全に嘘である。
「解雇の金銭解決制度」の狙いは、無効な解雇でも会社が払う金に上限(月給6カ月~1年分等)を設けて会社の経済的負担を軽くすることにあり、労働者にとっては百害あって一利なしである。
【関連条文】
解雇の効力 労働契約法16条
解雇後の賃金請求権 民法536条2項
解雇撤回の可否 民法540条2項
(光永享央/光永法律事務所 http://www.mitsunaga-roudou.jp)
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ブラック企業被害対策弁護団
http://black-taisaku-bengodan.jp
長時間労働、残業代不払い、パワハラなど違法行為で、労働者を苦しめるブラック企業。ブラック企業被害対策弁護団(通称ブラ弁)は、こうしたブラック企業による被害者を救済し、ブラック企業により働く者が遣い潰されることのない社会を目指し、ブラック企業の被害調査、対応策の研究、問題提起、被害者の法的権利実現に取り組んでいる。
この連載は、ブラック企業被害対策弁護団に所属する全国の弁護士が交代で執筆します。