米軍普天間飛行場の返還が、さらに先延ばしされかねない「新条件」がまた一つ明らかになった。日米合意から30年が経過しているというのに新基地が完成しても返還されないのではという疑念が広がっている。

 日米が2013年に合意した統合計画における普天間返還8条件の一つが「地元住民の生活の質を損じかねない交通渋滞および関連する諸問題の発生の回避」だった。移設先の名護市辺野古を含むキャンプ・シュワブと隣接するハンセンの基地内を通る道路整備を政府が想定していることが、明らかになった。
 道路整備は森林伐採を伴い環境への影響が懸念され地元の反発を招く可能性がある。環境影響評価が必要だとの指摘もある。この「タクティカル・ビークル・ロード(TVR)」建設は日本政府が負担するという。
 ハンセンには、第31海兵遠征部隊(31MEU)が司令部を構える。有事の際31MEUは、TVRを通って辺野古新基地まで移動し、寄港した米海軍佐世保基地配備の強襲揚陸艦に乗り込む。新基地から、世界各地への展開も想定される。基地内専用道路を通りよりスムーズな出動が可能になる。米軍には即応能力の向上を図る狙いもあるのだろう。
 ただ、政府は具体的な工事計画はないとしている。
 しかし一方で、政府関係者は、新道路が完成しなければ普天間は返還されないと言明。
36年以降とされる返還実現が一層、不透明になりかねない。
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 1996年SACO最終報告で、普天間の代替施設は「海上施設の建設を追求する」とされ、5~7年以内の返還に合意した。その後、規模も機能も拡大した新基地建設が進んでいる。
 返還8条件は当初、内容があいまいな部分も多く大きな問題になることはなかった。懸念が広がったのは2017年、稲田朋美防衛相の国会答弁からだ。長い滑走路を持つ「緊急時の民間施設の使用」も条件とされ、稲田氏は「米側と調整できず、返還条件が整わなければ普天間は返還されない」と明言した。
 3千メートルの滑走路を持つ那覇空港が有力視されている。政府は、緊急時の法的枠組みは整っているとするが、具体的な空港名については言及していない。
 一方、米国防総省が、長い滑走路を日本側が選定するまで「普天間は返還されない」との見解を米政府監査院に回答するなど日米間の齟齬(そご)も指摘されている。
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 新道路も長い滑走路も、米軍の使い勝手だけが優先され、地元の不安の声は後回しにされている。政府は、不都合なことの説明を避けてきたのではないか。
 玉城デニー知事は、浮上した道路整備について「聞いたことのない話だ」と述べ、不信感を示した。

 返還条件が不透明なままでは、普天間の返還が遅れるばかりか、基地機能の強化だけが進む結果になる。
 返還8条件がいつ、どのようにして日米間で決まったのか。具体的に進む協議と合わせ、政府は県民に説明すべきである。
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