シティポップの名盤で入手困難になっていた作品を最新リマスターで高品質Blu-spec CD2の廉価盤として再発売するシリーズ『ALDELIGHT CITY POP COLLECTION』。その第二弾としてリリースされた10作品の中に、中原理恵のベスト盤『ドリーミング ラブ』を見つけた。
というわけで、今週はその中原理恵のアルバムをピックアップすることに決めた。彼女の出世作と言えばシングル「東京ららばい」だが、今回紹介する『KILLING ME』はその大ヒットシングルの他、山下達郎作曲のナンバーや坂本龍一がアレンジに参加したナンバーも収録された興味深いラインアップ。1970年代後半の邦楽シーンをある意味で象徴したアルバムであることにも気付いた。

ロック、ニューミュージック台頭の時代

この『KILLING ME』は今回初めて聴いたと思うのだけど、自分はこれを聴いて、邦楽シーンが過渡期だった時のアルバムというような印象を持った。発売日は1978年12月。“なるほど”と思う発売時期ではある。
どの辺が過渡期かと言えば、その説明はWikipedia先生が端的に説明しているようなので、引用させていただく。“1978年の音楽”のページ、“概要・出来事”の項目に以下の記述がある。[ピンク・レディーが「UFO」「サウスポー」「モンスター」と3曲がオリコン年間シングルチャートTOP3を独占]。そして、[西城秀樹(7月22日)、矢沢永吉(8月28日)が後楽園球場単独公演]。さらには、[イエロー・マジック・オーケストラ (YMO) 結成]とある([]はWikipediaからの引用)。また、“総合アルバム(邦楽、洋楽) 年間TOP50”の項目も興味深い。
1位はピンク・レディー『ベスト・ヒット・アルバム』で圧倒的な強さを示していたようだが、2位がアリス『ALICE VI』で、4位も『ALICE V』。5位は沢田研二『思いきり気障な人生』で、以下は6位さだまさし『私花集』、7位矢沢永吉『ゴールドラッシュ』、8位中島みゆき『愛していると云ってくれ』、9位世良公則&ツイスト『世良公則&ツイスト』、10位アリス『栄光への脱出 ~武道館ライブ』と続く。ちなみに3位はその年に大ヒットした映画『サタデー・ナイト・フィーバー』のサウンドトラックであった。ピンク・レディー、沢田研二のトップアイドルはともかくとして(ジュリーをアイドルというかどうかは微妙だが、この時期はやっぱりアイドルだったと思う)、アルバムではロック、ニューミュージック勢が台頭している。厳密に言えば、その前年、前々年には井上陽水荒井由実のアルバムも年間TOP10入りをしているので、1978年に突然そうなったというわけではないのだけれど、その2名を除いてアルバム間チャート上位にフォーク勢はいても邦楽のロックアーティストの名前はほぼない(唯一、1975年にダウン・タウン・ブギウギ・バンド『続・脱・どん底』が9位になっている)。この翌年の1979年には、ゴダイゴサザンオールスターズがアルバムだけでなく、シングルも年間チャートの上位にランクインさせるようになり、邦楽シーンにもロックが根付いてくるようになる。
1978年の邦楽シーンは、それまでメインストリームだった歌謡曲と、のちに覇権を握る(?)ロック、ニューミュージックがクロスオーバーした年だったと言えるような気がする。デビュー間もないソロシンガーであれば、その立ち位置をアイドルとアーティストとで、スタッフ側が逡巡するようなことも多々あった頃のように思う。ちなみに同年にはキャンディーズが解散し、フォーリーブスも解散。木之内みどり、南沙織が引退と、ピンク・レディーの大ヒットの裏側では、確実にひとつの時代が終わっていた。この辺も象徴的な出来事ではあろう。

A面、B面で作家の顔触れが異なる

中原理恵の『KILLING ME』に過渡期を感じたのはまさにそういうこと。
邦楽シーンの端境期と言い換えてもいいかもしれない。メインストリームが歌謡曲からニューミュージック、ロックへと移行しようとする時期に生まれてきたアルバムであろう。いや、その時期にしか生まれなかったと言うべきだろうか。“ソロシンガーであれば、その立ち位置を~”と前述したけれど、送り手は中原理恵というソロシンガーをどう創り上げていこうかと悩んだのではないかと個人的には強く想像する。作品の容姿からして、そう思わせるに十分。A面とB面でパックリと作者が異なっているのだ。
B面、M6からM10までが作詞:松本隆・作曲:筒美京平のコンビ。編曲はM6からM9までを筒美京平が担当し、M8には梅垣達志も参加している。M10は鈴木茂、梅垣達志、萩田光雄でアレンジを行なったようで、その3名の名前がある。それに対してA面はバラエティー豊かな作家陣で構成。まず、M2、M5を中原理恵本人が作詞。M1(インスト)、M2の作編曲を清水靖晃が行ない、M2の編曲には坂本龍一もクレジットされている。
M3、M4は作詞:吉田美奈子・作編曲:山下達郎のコンビ。そして、M5の作編曲は小林泉美である。松本隆の押しも押されぬメジャー作詞家になっていくのは、まさにこの1978年頃からだが、筒美京平はこの頃すでに、いしだあゆみ「ブルー・ライト・ヨコハマ」(1968年)、尾崎紀世彦「また逢う日まで」(1971年)などの名曲を世に送り出したヒット作家であった。

その一方、A面の作家陣はこの時期、世間的には無名に近かった…と言ったら怒られるかもしれないが、そう間違った話でもなかろう。吉田美奈子はすでに山下達郎作品で多くの歌詞を手掛けていたが、その山下達郎もこの1978年には、[ソロ・アルバムを作れるのもこれで最後かもしれないとの思いから、好きなことをやって終わりにしようと、様々な曲調の作品をあれこれ詰め込んだごった煮サウンドの一枚となった]と、3rdアルバム『GO AHEAD!』を制作した逸話があるくらいだから、不遇の時代ではあったようだ。清水靖晃も小林泉美もソロデビューしたばかりの頃だし、坂本龍一にしても前述の通りYMOの結成がこの1978年である。一般的な知名度はまだまだだったはずである。

ざっくり分ければ、新進気鋭作家によるA面、歌謡界の大御所たちによるB面といった感じだろうか。松本隆、鈴木茂は作家としてはこれから…といったところだったかもしれないけれど、A面の作家陣にとってパイセンであったことは間違いない。さて、その内容。A面とB面とで作家の顔触れがぱっくりと分かれていると言っても、一方が完全アコースティックで、もう一方が完全打ち込み…といったような大幅な違いはないものの、やはりそれぞれにカラーが出ていて面白い。ことメロディー、サウンド面では誤解を恐れずに言えば、A面がオーソドックス、B面が変則的という印象がある。逆ではない。新進気鋭作家によるA面がオーソドックス、大御所によるB面が変則的なのである。

具体的に見ていこう。B面からのほうが分かりがいいように思うので、B面からいこう。M6「東京ららばい」から始まって、M7「ディスコ・レディー」に続き、1曲挟んで3rdシングルカップリングのM9「SENTIMENTAL HOTEL」、そして、『KILLING ME』と同日発売だった4thシングルのM10「マギーへの手紙」で締め括られている。ベストヒット的な内容である。ただ、今、聴くと、さすがに“よくぞ、これをシングルで…”とまでは思わないまでも、いい意味でその個性に驚く。

シングルヒット曲、M6「東京ららばい」からしてそうだ。イントロはスパニッシュなギターから始まって、エレキギターの流麗なフレーズが奏でられている。その旋律がThe Animalsの「Don't Let Me Be Misunderstood」(尾藤イサオ「悲しき願い」でもいい)に似た雰囲気なのはさておき、イントロでもかなり印象的なメロディーを持ってきているのは何とも筒美京平的だ。歌が始まると、ベースラインの跳ねた感じにも耳を惹かれる。ひと口でファンキーと言うのも憚られる感じの癖になるフレーズだ。Bメロからはカスタネットが聴こえてくる。一瞬“The Ronettesオマージュか?”と思わせるが、背後のギターのストロークや、のちに入ってくるブラスで、それがスパニッシュな演出であることが分かる。そこからサビに突入するのだが、そこまでバックで薄く鳴っていたストリングスがサビ前にここぞとばかりに配されている。サビ前までにあらゆる楽器が個性を発揮し、歌を凌駕せんばかりに前に出ているのである。それはサビでも続く。低音のストリングス(コントラバスだろうか)が歌に重なる。サイケデリックロックを思わせるアレンジだ。1番だけでも、こちらの想像を超えてくるアレンジであって、とても面白く聴いた。もちろん歌の主旋律も余すところなくキャッチーで、《ねんねんころり寝ころんで眠りましょうか》のリズミカルなところとか、《ないものねだりの子守歌》のキメとか、ヒットポテンシャルの高さは今もって感じるところだ。

M7「ディスコ・レディー」は如何にもM6のヒット後の楽曲という感じで、楽器の構成もM6同様。スパニッシュかつファンキーな雰囲気も踏襲している。歌に主旋律は、《しらけ顔で話しといて》辺りはのちの中森明菜を彷彿させ、中原理恵のヴォーカリストとしての表現力の確かさを感じるところではある。また、《DISCO LADY DISCO LADY……》のコーラスのインパクトが強く、この辺は、M7のカップリングだったM9「SENTIMENTAL HOTEL」と併せて、ディスコミュージック寄りになっていたことをうかがわせる。ミドルテンポのM10「マギーへの手紙」はブラックミュージック風味がより濃くなっている。はっきりとソウル、ブルースの要素が聴き取れるが、それでいて、これも筒美京平らしさと言うべきか、曲の展開がかなり面白い。前半(イントロ~Aメロ)が3拍子、後半(Bメロ~サビ)が4拍子と転調するところがそもそもユニークだし、ギターやピアノでのブラック要素と当時の歌謡曲らしいブラスやストリングスとのクロスオーバーというか、ハイブリッドな感じが随所で見られる。まさに過渡期を彷彿させる。

最も興味深いのはM8「抱きしめたい」だろう。タイトルからしてThe Beatleオマージュだろうと思ったら、何ならクレジットに“Lennon-McCartney”と入れてもいいのではないかと思うほどのオマージュにあふれている。どこに何が配されているかは実際に聴いてみてもらうのがいいかと思うが、何が面白いって、大陸風のイントロに始まってフォーキーに展開していく、筒美京平らしいと言えばらしい歌メロに、その“「I Want To Hold Your Hand」要素”をまさにハイブリッドしている≒組み合わせているところが最高だ。臆面もなくやっちゃってる辺りに(言い方がキツかったら謝ります)フリーダムを感じるし、まさに歌謡曲とロックの融合はシーンの端境期を体現しているようにも感じる。

歌詞にも“世代間の隔たり”が…

B面が奔放な楽曲が多い一方、A面はちゃんとしていると言ったら変だが、いわゆるAORとして聴ける。シティポップと言っても良かろう。アーバンな雰囲気なインストM1「Killing Me」からシームレスにつながるM2「溶けよ夢」は、ストリングスも配されているものの、なかなかのギターとエレピを生真面目な印象のリズム隊が支えており、しっかりとしたバンドサウンドで構成されている。ギターは誰が弾いているのか分からないけれど、エレピは坂本龍一ではないかと思われる。

M3「個室」とM4「ドリーミング・ラブ」は前述の通り、若き日の山下達郎が手掛けた逸品。M3はラテンフレイバーのアップチューンで、キビキビとしたブラスアレンジはB面とは明らかに思想が異なる印象がある。こちらもギターが秀逸で、バックでのカッティングもさることながら、間奏で聴かせるソロがやたらと聴かせる。とてもカッコ良い。タイトル通り、キラキラとしたサウンドのM4は、フィラデルフィアソウルを意識したと思われる都会的なミドルテンポのナンバー。抑制の効いたサウンドで、何かが突出しているわけではないけれど、それゆえに全体に上品な雰囲気が漂う。歌メロは若干歌謡曲を感じさせるところがなくはないけれど、サビのコーラスワークは達郎節といった印象すらある。

M5「By Myself(わたし…)」もキラキラサウンドで、これもAOR、シティポップと言えるだろうが、他とは異なる小林泉美カラーが出ているように思う。随所随所で細かくさまざまな楽器が配されているところや、全体に横たわるストリングスが楽曲をドラマチックに展開させていく様子も興味深い。この辺は映画やドラマの劇伴も制作していた小林氏ならではなのかもしれない。こんなふうにA面は(そういう言い方をしていいかどうか分からないけれど)“正統派”ばかりである。

歌詞の話をしてこなかったけれど、歌詞は凡そラブソングで、男女の機微を女性目線で描いたものがほとんど。しかも、悲恋が多いようにも思う。A面、B面とで内容が分かれているようなところもなく、その辺は中原理恵のクールな見た目に合わせて一本筋を通したのかもしれない。注目したのはM8「抱きしめたい」。メロディー面、サウンド面では新進気鋭と大御所がA面、B面で分かれていることをここまでで説明してきたが、このM8の歌詞には、そうした“世代”が描かれている。もっと言えば、“世代間の隔たり”みたいなものである。

《髪をのばせば自由になれた時代もあった/壁のGuitarを横眼でさしてあなたが微笑う/ちょっと旧いわ 今の流行りはリーゼントなの/わざといじめてみたくなるほど淋しい瞳》《あなたはおもいで世代/私は夢追う世代/時の流れは激しいけれど/あなたは淋しさを抱きしめたい》(M8「抱きしめたい」)。

松本隆がこの歌詞にどんな想いを込めたのか分からないけれど、この歌詞の楽曲が収められているところもまた、本作『KILLING ME』が邦楽シーンの過渡期、端境期に作られた作品であることを強調、裏打ちしているように感じられないだろうか。

TEXT:帆苅智之

アルバム『KILLING ME』

1978年発表作品

<収録曲>
1.Killing Me
2.溶けよ夢
3.個室
4.ドリーミング・ラブ
5.By Myself(わたし…)
6.東京ららばい
7.ディスコ・レディー
8.抱きしめたい
9.SENTIMENTAL HOTEL
10.マギーへの手紙