■歓迎されなかった25年前の横浜銘菓
「御社は一度倒産されてますよね?」
「もう、ちゃんと取引できる状態になったんですか?」
今から25年前の2001年。当時、営業担当だった現社長の藤木隆宏さんは、提案先の取引先でじっとこの言葉を受け止めていた。相手の顔には不安げな表情が浮かび、歓迎ムードではないことがわかる。「倒産で姿を消した商品を取り扱うのは、縁起が悪い」――小売店の間で、そうしたムードが漂っていたのは小耳に挟んでいた。横浜銘菓「横濱ハーバー」の復活販売は、前途多難な幕開けを迎えていた。
「横濱ハーバー」(旧「ありあけハーバー」)は、1954年に旧有明製菓株式会社が発売した商品だ。しかし、1999年に不動産投資などの失敗により倒産。工場および本社・直営店など70店舗が閉鎖され、突如販売中止に追い込まれた。当時は170人の従業員ですら、当日に倒産を知った有り様だったと言う。
■マイナスイメージからスタート
すると、洋菓子の製造・卸売を行うプレシア創業者の藤木久三氏(現・ありあけ会長)が、翌2000年に商標権を買い取ることに。自身が商品のファンだったことから、元有明製菓の従業員や地元の有志らを集めて、ハーバー復活実行委員会を組織した。そこで営業を任されたのが、会長の娘の婚約者だった藤木さんだ。
「元々は雑貨関係の商売を父と準備していたんですが、『ゆくゆく娘と結婚するなら、ハーバーを復活させるプロジェクトを手伝ってくれ』と会長に言われて、プレシアに入ったんです。
菓子屋に入る以上はお菓子を作れないとダメだろうと、最初は工場で製造を担当しました。何もわからないまま制服だけ渡されて、パートさんと一緒に箱詰めしたり、仕込みをしたり。でも、最終的にはシュークリームとか焼き菓子とか、自分で作れるようになりましたね」
その後、営業を任されたわけだが、「製造元の倒産」というマイナスイメージからスタートする商談は、なかなか思うようには進まなかった。
■「ハーバー復活イベント」で変化した潮目
潮目が変わったのは、2001年に1週間実施した「ハーバー復活イベント」だ。横浜中華街・横浜マリンタワー・横浜高島屋・旧横浜松坂屋前の4カ所で開催すると、松坂屋前には復活を待ち望んでいた客が溢れ、長蛇の列ができた。
「待っていた」と拍手で迎えられ、「亡き母との思い出が詰まったお菓子が復活してうれしい」と、涙するお客さんもいたそうだ。
当日は、全会期分として見込んでいた数が瞬く間に売れ、初日だけで100万円の売上を記録。
「僕が横浜マリンタワーのイベント会場にいたら、『ハーバー復活したの?』とものすごい喜ばれてね。『“ハーバー復活”って書かれた新聞見たよ!』とわざわざ買いに来てくれる人もいました」
その後、復活イベントの盛況ぶりを見た、旧「ダイヤモンド地下街」(現在は「相鉄ジョイナス」)の担当者から、「うちの通路で販売しませんか?」と声がかかる。そこで、半年間毎日、朝9時から夜9時まで、ワゴン販売を行った。
「『ハーバー復活』っていう襷(たすき)をつけて、毎日地下街に立って声を張り上げてました。そしたら、いろんな企業さんが視察に来たんです。『そんなにがんばってるなら、うちでも取り扱いさせてくださいよ』って、横浜ランドマークタワーや横浜ワールドポーターズなどのお土産専門店の担当者さんから、声をかけてもらえて。
……僕ら、がんばってる感をめちゃくちゃ出してましたからね(笑)」
■地元スーパー、駅売店が起爆剤に
これを皮切りに、地元スーパーや駅の売店など、少しずつ取り扱い先が広がっていった。すると、大手スーパーのイオンやイトーヨーカドーから、「銘店コーナーへ出店しないか」とオファーが舞い込んだ。いざ取り扱いが始まると――これが起爆剤になった。
「大手スーパーには、他社のバイヤーさんがよく視察に行くわけです。だから、『イオンやイトーヨーカドーでハーバーの取り扱いを始めたんなら、うちでもやるか』と、一気に電鉄系スーパーや量販店へと広がっていきました」
あまりに注文が殺到したため、当時は営業担当が深夜まで工場に待機し、できあがった製品を直接運送会社に持ち込んだこともあった。
こうして百貨店や大手スーパーの後ろ盾もあり、一気に信用を取り戻した「ハーバー」は、その後順調に業績を拡大。現在は年間2200万個以上を製造・販売し、2022年度以降は毎年4~8億円の売上増を実現するなど、まさに破竹の勢いである。
一度は消えた商品が、これほどまで大々的な復活を遂げられたのには、理由がある。
それは、ありあけが「旧有明製菓とは正反対の戦略」を取ったことが始まりだった。歴史ある商品を、新たな作り手として再び製造・販売する過程で、ありあけは何を守り、何を変えてきたのだろうか。
■「あえて販路を横浜近郊に絞りこむ」戦略
ハーバー復活に際して、実行委員会を組織した藤木会長には、一つの志があった。それは、「横浜ブランドを復活させること」だった。
「当時、横浜土産と言えば『崎陽軒のシウマイ』か『ハーバー』くらいしか、認識がなかったですね。僕も厚木に住んでいた母から、『ハーバー買ってきてね』とよく頼まれてましたから」
そこで、ありあけが最初の戦略として打ち立てたのは、「あえて販路を横浜近郊に絞りこむこと」だった。
倒産前、旧有明製菓は「ハーバー」を横浜銘菓としながらも、東京や埼玉に直営店を出店していた。だが、ありあけは「どこでも売れればいい」ではなく、「横浜ブランドとして売る」ことを目的に、商圏を横浜・神奈川県内に狭める方針を示した。
現在、横浜を中心に直営店24店舗を構え、神奈川県内の百貨店や量販店、高速道路のパーキングエリア、駅のキオスクなど、取扱店舗は400カ所以上に上る。
■デザインで打ち出した「横浜感」
さらに、2009年には横浜開港150周年を記念して、商品名を「ありあけハーバー」から「横濱ハーバー」へと変更。パッケージも、横浜にゆかりのある柳原良平氏のデザインへと一新した。
「会長が柳原先生へ手紙を書いたんです。そしたら、『私の絵でよろしければ、ぜひお使いください。ハーバーのために新しくオリジナルデザインを書きますよ』とすぐに返事が来ました」
そのとき出来上がったのが、「横濱ハーバー」「ミルクハーバー」「黒船ハーバー」「横濱ベイブリッジサブレ」の4種類のパッケージだ。
デザインが刷新されると、これまで以上に「横浜感」が強まり、観光客の評判を呼んだ。すると、既存の売り場が広がるのと同時に、売上は前年の1.3倍以上に伸長。度々催事出店していた横浜の三大百貨店、横浜高島屋・そごう横浜店・京急百貨店からも声がかかり、常設店をオープンする運びとなった。
あえて販路を狭め、パッケージデザインの変更で消費者へのコミュニケーションを刷新する。こうした取り組みが「横浜ブランド」というコンセプトを際立たせ、「ハーバー」のブランディングを強化していった。
■ただ「再現」したわけじゃない
「ハーバー」復活後、積極的に改革を進める一方で、ありあけが「大切に守ってきたもの」もある。それは、「既存のファンを裏切らないこと」だ。
「ハーバー」を再び販売するにあたり、藤木会長は既存のレシピをそのまま再現することを許さなかった。その理由は、時代に合った「これぞハーバー」という味を開発するためだ。
「以前は白餡ベースだったので、もう少しほろほろした食感だったんです。皮もぺろっとめくれやすくて……。今みたいにしっとりした食感にするために、配合を調整しました。
でも、薄皮部分の改善が、なかなかうまくいかなかったんですよね。『もう手の施しようがない』と思っていたとき、一日寝かせた生地を使ってみたら、うまくいきました」
結局、完成までに半年以上もの時間を費やした。さらに、かつて「ロイヤルハーバー」として販売されていたワンランク上の商品を、スタンダードの「ハーバー」として、据え置き価格で提供することにした。
「もとの味で復活した方がいい、という声はなかったのか」と伺うと、「多少ありましたけど、会長の『この味で行くぞ!』の一声に、みんなついていった感じでしたね」と苦笑する。
■「前と味が違う」という声もあったが…
迎えた復活イベントでは、その場で「ハーバー」を食べたお客さんから「前と味が違う」という声が上がったそうだ。
また、2024年には手頃なサイズ感の「横濱ハーバーミニ ダブルマロン」を発売。食が細くなった高齢ファンの要望や、ミニサイズを求める声に応えるため、開発した商品だった。けれど、公式キャラクター「ハーバーくん」がデザインされたパッケージや、試し買いしやすい大きさであることから、今では若年層の開拓にも一役買う商品となっている。
顧客の期待を上回りつつも、決して置き去りにはしない――。こうした誠実さが往年のファンに伝わり、製造元が変わっても「横浜土産」として認知され続けているのだろう。
■「お菓子だけを売る」をやめた
さて、2000年代に入り、ありあけが「変えたもの」がもう一つある。それは、「モノ売り」から「コト・トキ売り」へとシフトしたことだ。
2009年以降、「ハーバー」は横浜市の観光政策と連動し、数々のコラボ商品を開発してきた。横浜開港150周年記念イベント「開国・開港Y150」や、横浜みなとみらいエリアで開催されていた「ピカチュウ大量発生チュウ!」イベント、毎年開催される「横浜マラソン」など、都度オリジナルパッケージの商品を企画・販売している。
さらに、2013年からは「横浜DeNAベイスターズ」とのコラボレーションを開始。26年ぶりにチームが日本一に輝いた際は、優勝の6日後に号外新聞を彷彿とさせる限定商品を発売している。熱気冷めやらぬベイスターズファンにとって、これは大いに喜ばれたサプライズだっただろう。
「正直、こうしたスピード対応を行うのは、従業員も大変です。チームの優勝に備えて、専用折衝をしなきゃいけませんからね。でも、目的を明確にしておくと、喜んで取り組んでくれるんです。取引先の方も、『それだったらやりましょう! うちもなんとか徹夜でやります(笑)』と言ってくださいます」
■モノではなく、コト・トキを売る
2019年、山下ふ頭に「GUNDAM FACTORY YOKOHAMA(ガンダムファクトリーヨコハマ)」が期間限定営業することが決まると、ガンダムの大ファンだった藤木さんは、自ら提案書を作成した。
「分厚い資料を持って行ってプレゼンしたら、途中で担当者の方に遮られたんです。『もう説明はいいです。詳しいレギュレーションを説明しますので(笑)』って」
コラボレーションしたガンダム「ハーバー」は、店舗・会場・ECサイトの合計で、約3億個が売れたそうだ。
「コラボ商品は、企画から1カ月ほどで売り場に並ぶこともあります。社内からは『急な変更が多い』『現場が混乱する』って意見をもらうこともあるんですけど……計画通りにお菓子を作るだけなら、大手と変わりません。
うちがやらなきゃいけないのは、『モノ売り』じゃなくて『コト・トキ売り』です。横浜ではいろんなコトが起こるし、イベントもたくさんあります。『ハーバー』で何ができるのかを考えて、お客様に『なんかいいな』っていう風に思っていただくことが、ものすごく大事だと思うんです」
■コラボで躍進と思ったが…
ときには横浜エリアだけでなく、神奈川県内の文化・歴史に関連するイベントとコラボレーションすることもある。過去に反響が大きかったのは、NHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』とコラボレーションした「侍ハーバー」だ。
2022年、コロナ禍で売上半減の大打撃を受けていた頃に発売したところ、30万箱の大ヒットとなった。「完全に売上を挽回できたわけではないが、『こうすればお客様が買ってくれるのか』と従業員が理解する一つのきっかけになった」らしい。
こうした成功体験を経て、これまでにコラボレーションした相手は数知れない。横浜ゆかりのアーティストである「ゆず」や、近年横浜スタジアムでライブを開催している「日向坂46」。ほかにも、神奈川大学や江ノ島ヨットハーバーなど、コラボ先は多岐にわたる。
近年の躍進は、これらのコラボ商品によるものなのかと思いきや、実はそうではないらしい。基本的にコラボ商品は1~2万個限定で販売するのみで、「新たな価値を提供すること」と「認知拡大」が目的なのだと言う。
「あくまでも、横浜・神奈川を訪れた人たちに喜んでほしいという想いで、製造・販売しています。コラボをきっかけに、『ハーバー』のファンになってくれたらうれしいな、と。結果として、数字は後からついてきましたね」
■「我々は菓子屋ではなく、感動創造業だ」
ありあけのミッションには、「我々は、当社の事業を菓子創造業ではなく感動創造業と定義し、人生のあらゆるコトに寄り添い、幸せなトキを創ります」という一文がある。ハーバー復活イベントで喜ぶお客さんを目にした藤木会長が、「我々は菓子屋ではなく、感動創造業なのだ」という想いを強くしたことから、制定されたものだ。
「うちは別に、『でかい感動を常に生み出そう』と思ってるわけじゃないんです。日頃のささやかな感動でも、全然いいわけですよ。ただ、そうした小さな感動の積み重ねは、大きな感動につながる。だから、人間本来の感情にミートしない限りは、お菓子屋の使命ってのは果たせないと思います」
2025年、藤木さんは社長に就任する際、新たにパーパスを掲げた。それは、「なるほど!感動カンパニー」という標語だ。
「『このお菓子を発売しました』っていうだけだと、『モノ売り』で終わっちゃうんです。こちら側の気持ちだけでは、お客様に感動は伝わらない」
なぜ今、この商品を発売したのか。タイミングを逃さず、背景にあるストーリーまで届けることで、お客さんの心に「なるほど!」と感動が生まれる。この納得感があるかないかで、「ハーバー」が「ただのお菓子」として認知されるのか、それ以上の存在に格上げされるのかが変わるのだろう。
■「神奈川のお土産」第1位に
2025年8月、神奈川新聞の読者アンケートで、「横濱ハーバー」が「神奈川のお土産」第1位に選ばれた。総回答数2190票のうち、半数以上の1143票を獲得した結果だった。藤木会長が復活時に掲げた、「横浜ブランドを守りたい」という志は、現実のものとなった。
一度は消えた「ハーバー」を復活させ、リブランディングし、「モノ売り」から「コト・トキ売り」へと変えたありあけ。復活販売から25周年を迎える今期、旧有明製菓の最高売上高60億円を超え、完全なるV字回復を果たす見込みだと言う。
近年、ありあけはデコレーションされた「ハーバー」が購入できる旗艦店や、世界に一つだけの「ハーバー」が作れる、「ありあけ ハーバースタジオ 横浜ハンマーヘッド店」をオープンした。これまで行ってきた他社とのコラボレーション以外に、「コト・トキ消費」を意識した自社コンテンツの開発・店舗展開にも力を入れている。
「感動を創造」するためには、毎年同じことをしているわけにはいかないだろう。となると、次はどんな「なるほど!」を生み出そうとしているのだろうか。目先の売上を追わず、お客さんに感動を与え続けるプレゼンターは、今日も横浜のどこかで、新しい「コト」を探し続けている。
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弓橋 紗耶(ゆみはし・さや)
フリーライター
1987年、神奈川県生まれ。2010年からインフラ企業で営業・営業企画を経験し、2022年に独立。現在は、ストーリーライティングを軸とした取材・記事執筆などを手がける。企業の広報から経営者インタビューまで、営業現場で培った人との対話力を活かし、企業の持つ本当の価値や想いを言葉にして伝えている。
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(フリーライター 弓橋 紗耶)

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