米国とイスラエルによるイランへの攻撃が始まってから1カ月半が経過した。今後のイラン情勢はどうなるのか。
早稲田大学公共政策研究所の渡瀬裕哉さんは「米中央軍、米国の主要シンクタンク、そして地域の軍事バランスに関する専門的知見を複合的に参照すべきだ。これらの分析を総合すると、ある『共通認識』が浮かび上がる」という――。
■内閣官房参与が高市首相を恫喝?
近年、日本の安全保障政策をめぐる議論は、国際情勢の急速な変化とともに複雑さを増している。とりわけ、中東情勢の緊迫化に伴うホルムズ海峡への艦船派遣問題は、エネルギー供給の大部分を海上輸送に依存する日本にとって極めて重要な政策判断である。
そのため、政府内でどのような議論が行われ、どのような助言が首相に届けられたのかについて国民の関心が高まるのは当然だ。しかし、こうした混迷を深める環境だからこそ、情報の精査と構造的理解が一層重要となる。
今月、月刊誌『選択』が日米首脳会談に関連して「今井尚哉内閣官房参与が高市早苗首相に対し、ホルムズ海峡への艦船派遣に反対し恫喝した」とするエピソードを報じ、話題を集めた。しかし、この話には一次情報が乏しく、事実として扱うには慎重さが求められる。こうした報道に触れる上では、政策決定過程の制度的構造を理解することが不可欠である。
■停戦合意までは自衛隊派遣可能性は低い
安全保障政策は、内閣官房、外務省、防衛省など複数の省庁が関与し、関係閣僚会議や国家安全保障会議(NSC)を通じて決定される。特定の内閣参与が単独で政策を左右するような権限は制度上存在せず、政府の公式発表や国会答弁でも当該エピソードを裏付ける事実は示されていない。
次に、ホルムズ海峡への艦船派遣という判断そのものについて考える必要がある。
同海域では米軍が圧倒的な戦力を展開しており、指揮統制、情報共有、即応能力のいずれをとっても、自衛隊が単独で即戦力として機能する余地は限定的である。むしろ、戦力差の大きさから、現場の作戦運用において米軍の負担を増やす可能性すら指摘されてきた。
こうした軍事バランスを理解していれば、政府中枢が軽々しく派遣を決断するとは考えにくく、単純化された報道には慎重な態度をとる必要がある。安全保障政策を評価する際には、政治的思惑や印象論だけでなく、戦力比較、兵站、指揮系統といった軍事的リテラシーが不可欠である。少なくとも戦時下の状況で自衛隊艦船を派遣する決断が下される可能性は極めて低いとわかる。
■リークを基にした報道には要注意
また、匿名情報に依拠した報道には、政治的意図を帯びたリークの可能性が常に存在する。そのため、こうしたリークは、首相の意に反する人物が解任される際の牽制や、大義名分づくりとして利用される可能性があるという点を踏まえるべきだ。組織論や軍事情報に関する知識があれば鵜呑みにするのは危険だという勘が働くことになる。実際、上述の報道は、首相本人によって否定されたが、このようなリークを基にした情報には注意が必要だ。
では、玉石混交の情報が入り乱れる中で、どのような情報を信じればいいのか。
まず、国際情勢を読み解く場合、米国のオープンソース情報から分析を組み立てる姿勢が重要である。日本の識者はイランや欧州の情報を真に受けて論評する人が少なくない。
だが、最強の軍事力、最大の経済力を持つ米国の情報から分析作業を開始することが世界では当たり前だ。
特に、現場の軍事情報と戦略的分析を統合して理解する必要がある。そのため、米中央軍(CENTCOM)、米国の主要シンクタンク、そして地域の軍事バランスに関する専門的知見を複合的に参照する姿勢が求められる。
■米中央軍と主要シンクタンクの「共通認識」
CENTCOMは現場の作戦を直接指揮する立場にあり、艦艇の展開状況、脅威認識、イランの海上行動に対する評価など、最も即時性の高い情報を提供する。この情報を踏まえない議論は全て眉唾ものだと思って良い。
近年、CENTCOMはイランの無人機・ミサイル能力の向上、革命防衛隊海軍による嫌がらせ行為、商船拿捕のリスクを繰り返し警告しており、海域の緊張が構造的に高まっているとの認識を示している。将来見通しとしては、イランの非対称戦力がさらに強化され、限定的な衝突や商船への威嚇行為が継続する可能性が高いとしている。
ヘリテージ財団は、トランプ政権の判断に極めて強い影響を持つシンクタンクだ。特に中東政策に関しては見識が深い。
彼らは強固な抑止力を重視する立場から、イランの挑発行動に対して米国が明確な軍事的シグナルを発する必要性を強調する。抑止力が弱まればイランは海峡封鎖の示唆や代理勢力の攻撃をエスカレートさせる可能性が高く、米国は海上交通保護のための艦艇増派や同盟国との連携強化を続けるべきだと主張する。将来のシナリオとしては、限定的な衝突の頻発と、それに対する米軍の迅速な対応が不可避だと見ている。

■トランプは「戦争目的」を達成している
ランド研究所は、軍事シミュレーションや定量分析に基づき、米軍の展開能力、海上交通保護作戦の実効性、エスカレーション管理の課題を体系的に評価する。米軍は通常戦力で圧倒的優位にあるものの、イランの機雷・ミサイル・無人機による非対称攻撃は完全には抑止できず、海峡の安全確保には多国間協力とISR(情報・監視・偵察)能力の強化が不可欠だとされる。また、偶発的衝突が大規模戦争に発展するリスクを最も重視している点が特徴である。
上記の分析を総合すると、ホルムズ海峡情勢は「短期的には不安定化が続き、長期的には非対称戦力の増大によって複雑化する」という共通認識が浮かび上がる。
つまり、米国にとって長距離弾道ミサイル阻止やテロ支援停止という戦争目的がほぼ達成されており、これ以上いたずらに状況が長引くことは得策ではない。わずかに残存する核の問題で一定の妥協がなされれば、それで事態は収束に向かうことになる。一方、イラン側については、軍事的・経済的・政治的に非常に厳しい状況が常識的にわかる。そのため、イランも米国によるホルムズ海峡閉鎖が継続することを望まない。
■ホルムズ海峡封鎖は「核問題」の付属品に過ぎない
米国大統領の判断は多様な情報分析の上に成り立つ。その決断がどのようなものになるかは、現実的な制約を踏まえた丁寧な分析を行うことで、ある程度予測できる。
仮に、トランプ大統領が非現実的な命令を下すとすれば、既定路線からの「逸脱の強度」を見定めることが大事だ。その逸脱具合の強度に基づいて事後シナリオをあらかじめ作成することが重要である。
予測が当たった・外れたの問題ではなく、予測通りならそれで良し、逸脱した場合の対応も準備するだけの話である。
ホルムズ海峡の問題は実は些細な問題に過ぎず、交渉の本丸が核に関する残存する交渉であることは明らかだ。そのため、核問題の交渉内容のみが問題の焦点となる。米国にとって好ましくないことはイランに核能力が一部残存していることだ。そして、前述のヘリテージ財団もランド研究所も核能力の完全排除は難しいという見解を示している。
■米・イラン交渉の「行き着く先」
仮にトランプ政権が再攻撃を仕掛ける場合、その標的はやはり残存した核ということになるが、それを潰しきれるくらいなら停戦交渉前に攻撃し終わっているはずだ。米国が本格的に既定路線から逸脱して地上軍を派遣しても結果は変わらないので意味がない。したがって、現実的にはオバマ時代よりも多少踏み込んだ合意内容に帰着する可能性が高い。
また、イランによるホルムズ海峡閉鎖、米国による同海峡の再閉鎖は交渉のための付随的手段であり目的そのものではない。両国がともに何ら利益がない方法を交渉手段として用いているだけの話だ。通行料と海峡封鎖自体は金銭的で解決できる問題でしかない。
最終的に落ち着くところは、第三国から通行料を取るのか、それとも第三国によるイラン復興支援費用負担になるのか、というだけのことだ。
これは第三国が米国・イランと話しあって適切な形が見出されることになる。したがって、遅かれ早かれホルムズ海峡は解放されることになる。
日本では過剰な不安を掻き立てる言動が溢れているが、逸脱が発生したところで本質的な問題は解決しないため、この問題は早々に一定の決着を見る可能性が高いと言えよう。

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渡瀬 裕哉(わたせ・ゆうや)

早稲田大学公共政策研究所 招聘研究員

パシフィック・アライアンス総研所長。1981年東京都生まれ。早稲田大学大学院公共経営研究科修了。機関投資家・ヘッジファンド等のプロフェッショナルな投資家向けの米国政治の講師として活躍。創業メンバーとして立ち上げたIT企業が一部上場企業にM&Aされてグループ会社取締役として従事。著書に『メディアが絶対に知らない2020年の米国と日本』(PHP新書)、『なぜ、成熟した民主主義は分断を生み出すのか アメリカから世界に拡散する格差と分断の構図』(すばる舎)などがある。

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(早稲田大学公共政策研究所 招聘研究員 渡瀬 裕哉)
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