■姉川の戦いは本当に「大合戦」だったのか
義弟の浅井長政(中島歩)に裏切られたせいで窮地に陥った織田信長(小栗旬)は、越前(福井県北東部)の金ヶ崎(福井県敦賀市)からやっとのことで京都に逃げ帰った。殿(しんがり)をつとめた藤吉郎(池松壮亮)や小一郎(仲野大賀)は、文字どおりに命からがら京都にたどり着いた。それだけに、信長の長政への怒りは激しかった。NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」の第14回「絶体絶命!」(4月12日放送)。
そして第14回「姉川大合戦」(4月19日放送)では、金ヶ崎から退却して2カ月余りのちの元亀元年(1570)6月28日に戦われた姉川の戦いが描かれる。サブタイトルでも「大合戦」と謳っているくらいで、「豊臣兄弟!」でも、かなり激しい合戦として描写されるようだ。
織田軍の勝どきが響いて合戦は終わったものの、川は血に赤く染まり、辺りは敵とも味方ともわからない死体で埋まっている。藤吉郎と小一郎が、この世の地獄を目にしているような気持ちに襲われるのも当然だろう。
教科書にも必ず出てくる合戦で、学校では、この戦いに勝ったことで信長は、畿内での権力を固めたと教わる。「1570年、織田信長は姉川の戦いで近江の浅井氏と越前の朝倉氏を破る」というのは、日本史学習者が覚えるべき必須項目だ。しかし、ここで疑問が頭をもたげてくる。
じつのところ、姉川の戦いが「大合戦」だというのは、後世にかなり脚色された話、というのがいまではほぼ通説なのである。
■大河ドラマでも描かれる通説
姉川の戦いは「豊臣兄弟!」では、概ね次のように展開する。
織田方は、藤吉郎の軍師である竹中半兵衛(菅田将暉)の策で、近江(滋賀県)と美濃(岐阜県南部)の国境に位置する浅井方の苅安城(岐阜県瑞浪市)と長比城(滋賀県米原市)を調略し、織田方に寝返らせる。続いて信長は、小谷城(滋賀県長浜市)とは目と鼻の先にある虎御前山に陣を敷き、小谷城下に放火させたのち、姉川を隔てて小谷城の南側に位置する横山城(岐阜県長浜市)を包囲する。そこに遅れて徳川家康(松下洸平)の軍勢が到着し、兵数は2万1000に達した。
一方、浅井長政のもとには、朝倉家の当主、義景の甥の景健が率いる8000の援軍が到着(義景は来なかった)。浅井の軍勢5000に加えて、計1万3000になった。
こうして両軍が姉川をはさんでにらみ合った末、6月28日早朝、ほら貝を合図に両軍は激しく衝突。織田軍の正面には浅井軍が、徳川軍の正面には朝倉軍がいて、最初は、織田軍は陣深くまで攻め込まれ、徳川軍に対しても朝倉軍が優勢だった。
織田軍は苦戦を強いられたが、徳川家康が別動隊に命じて、浅井・朝倉連合軍を側面から奇襲させたところ形勢が逆転。浅井と朝倉の軍はほどなく敗走し、織田軍の勝どきが響く――。
通説をしっかり押さえた展開だが、問題は、はたして通説は史実を語っているのか、というところにある。
■江戸時代の史料に書かれた「家康大活躍」
もっとも疑わしいのは、徳川家康のおかげで形勢が逆転し、織田軍が大勝できた、という話になっているところである。
19世紀前半に編纂された江戸幕府の公式史書『徳川実記』では、姉川の戦いは、のちの三方ヶ原の戦い、長篠の戦いと並ぶ、家康の「三大合戦」と位置づけられている。また、江戸初期に成立した武田氏の軍学書『甲陽軍鑑』には、姉川の戦いでの家康の功について、次のように書かれている。ちなみに、同書では武田の軍法を学び、天下統一に生かした武将とである家康の戦術が称揚されている。
〈信長三万五千の人数、敵の浅井備前守三千にきりてたられ、十五町ほど逃げたるに、家康は五千の三河勢をもつて、浅井備前が同勢壱万五千の越前朝倉義景を斬り崩し候故、備前もくづれ候時、信長たてなをし、勝利を得たるは、悉く皆徳川家康がわざなり。縦い信長・家康両人同前の働也といふ共、信長は三万五千ノ人数、敵の浅井は三千なれば、つよきよはきを沙汰するに、信長衆十一人して、敵浅井衆一人をせむる、家康は五千也、敵の朝倉義景は一万五千也、家康被官一人にて、越前衆三人あてがひにして、しかも勝利をうる、(中略)姉川合戦、信長負なるべき、と美濃・近江の侍ども、書付て越し候〉
信長は3万5000の軍勢を率いながら、敵の浅井長政率いる3000の軍勢に圧倒され、15町(1.6キロ)ほど逃げたのに、家康は三河の軍勢5000で、浅井と組む朝倉義景の軍勢1万5000を崩したので、浅井軍が崩れたとき、信長が態勢を立て直して勝てたのは、みな徳川家康のおかげです。信長と家康が同じ成果を上げたとはいえ、信長は3万5000で敵の浅井は3000でしたから、強弱を判断すると、信長軍は11人で浅井軍の1人を攻めたのに対し、家康軍は5000で朝倉軍は1万5000だったので、家康配下の武士は1人で越前の3人と戦ったことになり、それで勝利しました。(中略)家康なしには態勢を立て直せず、姉川合戦は信長の負けとなったはずだ、と美濃と近江の侍たちは書き送ってきました
■では同時代の資料には…
ところが、信長が姉川の戦いの当日、細川藤孝に宛てた書状(『津田文書』)に書かれているのは、全然違う内容だ。〈越前の者并に浅井備前守、横山後詰として、野村と申す所まで執り出て〉(越前の朝倉および浅井長政が、横山城への援軍として、野村という場所まで出陣してきて)と説明され、勝利した旨が述べられているのに続き、追而書(追伸)に、以下にように記されている。
〈今度岡崎家康出陣、我等手廻の者一番合戦の儀、之を論じるの間、家康申し付けられ候、池田勝三郎、丹羽五郎左衛門相加え、越前衆ニ懸り候て切り崩し候、浅井衆ニハ手回りの者共ニ其の外相い加え、相果たし候〉
このたび岡崎の家康が出陣してきて、私たちの馬廻り衆たちと先陣について言い争った結果、家康には池田恒興と丹羽長秀が加わるように申し付けられ、朝倉軍に当たって切り崩した。浅井軍に対しては私たちの馬廻り衆にほかの軍勢も加わって対処した
要するに、家康軍は信長が池田恒興と丹羽長秀を加勢させたおかげで、なんとか朝倉軍に対応でき、信長軍はほとんど直轄の一団だけで浅井軍と戦った、というのである。
■正面衝突ではなかった可能性
いまの史料の比較で見えるものがある。とにかく、やたらと徳川家康が持ち上げられ、そういう記述は江戸時代のもので、信長の書状などとは内容が異なる、ということだ。つまり、江戸時代になって、政治的な理由で家康中心の歴史が語られるようになり、家康が参加した合戦では、家康が勝利に決定的な影響をおよぼしたように話がつくられた、ということだろう。
つまり、姉川の戦いが重要な戦いだとされるのも、家康を持ち上げるためで、私たちは教科書の記述を含め、いまだに江戸時代に形成された歴史観に支配されていることになる。では、実際には、姉川の戦いとはどんな合戦だったのか。
筆者が妥当だと思うのは、太田浩司氏の説である。太田氏は〈浅井・朝倉軍は奇襲攻撃に出たのだと考える〉と書いている(『浅井長政と姉川合戦』淡海文庫)。それはこういうことだ。〈信長は北に「後詰め」に来た浅井・朝倉軍には当然気づいていたが、『信長公記』にもあるように、突然南下してくることはないだろうと読んでいた。浅井・朝倉軍はこの油断をついた。この段階で、信長軍に突入すれば、その布陣の背後を襲うことができ、信長の本陣を直接襲撃できるのである〉。
そして、奇襲はある程度は成功したが、〈浅井軍と織田軍の戦闘で、浅井軍が押し返されたのを見て、朝倉軍が退却を始め、これを徳川軍が追撃した際に真柄(十郎左衛門)以下の戦死者が出たのではないだろうか〉。
■大合戦にしては戦死者が少ない
というのも、「大合戦」にしては、戦死者が少ない。浅井家臣団のなかで確固たる地位があった戦死者は、信長本陣に奇襲をかけたという遠藤直経くらいだ。
坂田郡飯村の土豪で、浅井氏の家臣であった嶋氏の由緒書『嶋記録』には、坂田郡南部の戦死者や戦傷者のリストが載せられているが、戦死者は土豪の家来を含めて30人で、武士の身分の者は15人。しかし、各家の当主は1人もいない。太田氏は〈戦死者から見ても姉川合戦が浅井・朝倉氏に致命的な打撃を与えていないのは明らかである〉と記す。
戦国大名は自軍の損傷を最小限に食い止めることを優先したので、勢力が伯仲する相手との正面衝突は極力避けた。信長も家康も同様だった。ところが姉川の戦いでは、織田・徳川連合軍が浅井・朝倉連合軍と正面から戦い、雌雄を決したように語られる。だが、そうであったら、浅井と朝倉に、同年9月の志賀の陣に出陣する余裕があったはずがないし、その後、3年も戦えたはずがない。
基本的には、両軍がにらみ合いを続け、一瞬の隙を突いて浅井方が奇襲をかけたが押し返され、退却する際に多少の痛手を負った、というところなのだろう。
しかし、「豊臣兄弟!」もいまなお、江戸時代のプロパガンダの影響を受けている。
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香原 斗志(かはら・とし)
歴史評論家、音楽評論家
神奈川県出身。早稲田大学教育学部社会科地理歴史専修卒業。日本中世史、近世史が中心だが守備範囲は広い。著書に『お城の値打ち』(新潮新書)、 『カラー版 東京で見つける江戸』(平凡社新書)。ヨーロッパの音楽、美術、建築にも精通し、オペラをはじめとするクラシック音楽の評論活動も行っている。関連する著書に『イタリア・オペラを疑え!』、『魅惑のオペラ歌手50 歌声のカタログ』(ともにアルテスパブリッシング)など。
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(歴史評論家、音楽評論家 香原 斗志)

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