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いま、世界はさまざまな社会課題に直面している。代表的なものに気候変動が挙げられるが、そのほかにも人口増加・減少の問題や貧困、インフラの維持管理など、多岐にわたっている。

そのなかで注目され始めているのが「フューチャー・デザイン」だ。

前編では、「フューチャー・デザイン」の研究・実践を進めている大阪大学大学院工学研究科の原圭史郎教授に、研究が始まった経緯や「フューチャー・デザイン」を実践する方法について伺った。

後編となる今回は、「フューチャー・デザイン」を実際に取り入れている自治体や企業の事例とともに、導入した際の効果について聞いていく。

「将来世代視点」から見えてきた地域資源を活かす政策

「フューチャー・デザイン」が初めて政策立案に応用されたのは、2015年の岩手県矢巾町で実施された「2060年の未来を想定した地方創生プラン」の検討。

住民参加型の取り組みで、現世代グループと、2060年の未来人になりきった「仮想将来世代」グループに分かれ、約6カ月にわたって議論が重ねられた。さらに、そのなかで出てきた施策を互いに提案し、合意形成を行っていくという内容だった。

導入事例からひもとく「フューチャー・デザイン」の効果
画像提供/大阪大学 原圭史郎教授
矢巾町職員による都市計画マスタープラン評価の実践の様子。

「各グループが別々の部屋に分かれ、今後10年間の政策を検討し、最後に両グループがペアとなってそれぞれ10個の政策を提案し、交渉・合意形成するというものでした。当初の見立てでは、現世代グループは近視眼的な思考で現在の課題に着目するだろうと考えられたのですが、将来世代グループがどのような発想をするかわかりませんでした。仮に将来世代グループが長期的な思考で考えられるのであれば、両グループの世代間合意形成によって、双方の異なるアイデアを取り込んだ政策をつくれるのではないかという仮説を立てていたのです」(原教授・以下同)

実際に議論を進めると、現世代グループでは「老人ホームや介護施設が足りない」といった現在の課題をもとに政策が検討された。

一方、将来世代グループは持続可能性の観点から「水害などで荒れてしまっている山や自然などの地域資源を整備し、活かしていこう」といった議論が進んだ。矢巾町の公共交通機関の課題を踏まえ、宮沢賢治の作品『銀河鉄道の夜』の舞台となった南昌山を起点としたモノレールをつくるというアイデアにつながったのだ。

「現世代グループと将来世代グループでは、まったく違う着眼点から議論が進んでいきました。

将来世代グループの議論や発想のパターンを『長所伸長型』と名付けたのですが、地域資源などの長所を活かす形で施策を検討し、町を盛り上げていこうという発想で、長期的かつ独創的なアイデアが生まれていきました」

議論を通じて、もうひとつ将来世代グループの特徴が見えてきたという。人間には複雑で時間がかかりそうな問題を先送りしてしまう傾向があるが、将来世代グループには逆の傾向が見られたそう。

「将来世代グループは、『時間がかかりそうな問題こそ優先してやろう』というインセンティブが高かったのです。『仮想将来世代』の視点に立って考えると、『複雑な問題こそ先に手を付けたほうが得策だし、後々さまざまなイノベーションにつながる』といった見方ができるのだと考えられます」

最終的に各グループの政策案を持ち寄ると、現世代グループが将来世代グループのアイデアの効果を理解し、世代間合意形成によって採用された最終的な政策提案の半分以上が将来世代グループから出されたアイデアという結果になった。

「2017年には『公共施設管理と町営住宅の施策提案』というテーマでも『フューチャー・デザイン』が実践され、矢巾町の取り組みは海外からも注目されています。町長もその効果を実感されて、2019年には町役場に『未来戦略室』が設置され、現在は『未来戦略課』に格上げされています。『フューチャー・デザイン』を行うことがミッションのひとつとなっている機構で、非常に先進的な事例です」

未来から現在を眺めると、研究開発の方向性も変わる

「フューチャー・デザイン」は自治体だけでなく、企業での導入も始まっている。その先陣を切ったのが、総合水エンジニアリング会社のオルガノ。2019年からの3年間にわたって原研究室と共同研究を行い、『仮想将来世代』の視点からR&D(研究開発)戦略が検討された。

導入事例からひもとく「フューチャー・デザイン」の効果
画像提供/大阪大学 原圭史郎教授
オルガノ社員によるR&D戦略検討の実践の様子。

「この実践では、参加者員の全員が、現世代の視点での議論と『仮想将来世代』の視点での議論の両方を行いました。その結果として、各世代の視点で出てくるアイデアが異なっただけでなく、R&D戦略の可否などを判断する基準も変わってきたのです」

参加者へ実施したアンケート調査の結果に基づくと、現世代視点のときは「コスト」「他社との差別化」といった項目の重要度が高かったが、『仮想将来世代』の視点になるとそれらの重要度が下がったのだ。

「『仮想将来世代』視点では、現世代の人が直接影響を受けるような基準よりも、気候変動などの環境問題をはじめ、長期的に取り組むべき社会課題への貢献といった観点の重要度が高まったのかもしれません。

結果的に、出てくるアイデアも、これまでは会社として検討されていなかったイノベーティブなものにシフトしていったのです。一般的に『環境問題などの社会的考慮とイノベーションにつながる独創的発想の両立』はあまり想定されていないと思いますが、将来世代の視点を取り入れることで自ずと社会課題に対する貢献度が重視されるとともに、独創性の高まりが起きるのだと考えられます」

その後も、オルガノでは継続的に「フューチャー・デザイン」が実践され、R&D戦略だけでなく社員研修などにも応用されているそう。

「現在から未来を眺めているだけだと新たな視点で発想することは難しいのですが、『仮想将来世代』の視点に立てるような仕組みを取り入れることで、将来世代に対する共感を高め、意思決定の基準やアイデアが変わって独創性も高まるようです。未来に対する責任意識のようなものも高まり、未来のことを自分たちが考えていくんだというモチベーションも強くなるといえそうです。公共政策の分野だけでなく、産業界のイノベーションの新たな方向性もデザインできる可能性があるのではないかと考えています」



「フューチャー・デザイン」普及のポイントは“教育”

社会の持続可能性を高めると考えられている「フューチャー・デザイン」だが、導入している自治体や政府機関、企業はまだ限られている。仕組みを普及させていくには、ひとつのポイントがあるという。

「『コンセプトはわかるけれど、どのようなステップを踏めば仮想将来世代の視点を取得できるのかわからない』という声をいただくことがあります。導入を検討されている方々には、我々が議論の進め方や条件、理論的な観点を学術研究に基づいて説明していくため、緊密に連携を行っています。今後もサイエンスに基づく実践を進めるため、産学官連携が必要になると考えています。研究を進めている我々がきちんと『フューチャー・デザイン』の効果や仕組みを伝え、導入事例が増えていき、社会全体として『フューチャー・デザイン』の実践が広がればいいなと考えています」

教育の場でも「フューチャー・デザイン」の考え方や仕組みを伝えていくことで、社会全体が変わっていくのではないかと考えているそう。

「大阪大学の大学院工学研究科では『フューチャー・デザイン』に関する講義を設けているのですが、学生のうちから『仮想将来世代』の視点に触れ、長期的な思考を実践する人が増えていくと、持続可能性の観点から未来のことを考えられる人材がさまざまな組織や部門で活躍することになります。いずれは矢巾町のように、多くの自治体や企業で『未来戦略課』が設置されるかもしれません。

そうなると将来世代の視点で考えることが当たり前になり、社会の持続可能性が高まるでしょう。そのためにも、『フューチャー・デザイン』の教育は大切だと考えています」

「フューチャー・デザイン」は政策立案や事業開発に限らず、投資においても応用できる仕組みだという。

「非財務情報である環境・社会・ガバナンスの取り組みを考慮する『ESG投資』にも関連する部分といえますが、『仮想将来世代』の視点でいまを眺める仕組みを取り入れることで、投資判断の基準が変わるでしょう。また、企業や業界における将来のリスクや事業の可能性といったものがよりクリアに、そして多元的に見えてくるといったことも考えられるので、中長期的な投資に示唆を持つのではないかと感じています」

これからの社会に変革をもたらすかもしれない「フューチャー・デザイン」。自治体や企業の取り組みを見ていくうえでも、投資判断をするうえでも、重要な指標のひとつとなりそうだ。

(取材・文/有竹亮介)

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