『ハイキュー‼』×SVリーグ コラボ連載vol.2(32)

東レアローズ滋賀 青柳京古 前編

【高校時代に出会ったリオ五輪のメダリスト】

「高校生の時は日本代表の試合を見て、その間もVリーグをチェックしていました。もう、アホなくらい見ていましたね」

 東レアローズ滋賀の青柳京古(34歳)は明るい声で言った。日本代表選手としてオリンピックの舞台に立つことに強く憧れていた。

そんな愚直な志があったからこそ、ミドルブロッカーとして代表メンバーに選ばれたのだろう。

【女子バレー】東レ滋賀の青柳京古が目指し続けたオリンピックの...の画像はこちら >>

「大学からVリーグのチームに入った頃に『ハイキュー‼』を読んだんですが、自分のプレースタイルにそっくりな主人公(日向翔陽)が出てきたんです!『これは奇跡だな』って思いました」

 青柳ははしゃぐように言った。日向のごとく、自分の可能性を信じられる才能の持ち主だ。

 長野県上水内郡信濃町で生まれた青柳は、ゆりかごのなかにいた頃から、両親が所属していたバレーチームの練習に連れていかれていた。もちろん記憶はない。しかし、「何度もその話をするうち、景色が見えてきた気がします」とおどけた。

「お母さんもお父さんもいて、男女混合のチームでした。世代も関係なく、小学生から中学生、高校生、大学生もみんなが混ざって、バンバン強いスパイクを打たれましたが、楽しかったし、ボールは怖くなかったです。コートに10人立つ日もあれば、3人しかいない日もあって、ネットの高さも2m30cmの日や2mの日もありました。自分の原点ですね」

 青柳は幸せに満ちた表情で続ける。

「とにかく自由で、やってみたいと思ったことをすぐにできる、縛られない環境でした。サーブも『まずはアンダーから』という感じでもなかったので、最初から木村沙織さんのマネをして片足で踏みきるサーブを打っていました。

ブロード攻撃も、試しにやってみたらできるようになって。今でも、地元の体育館の匂いは、家よりも懐かしいです(笑)」

 中学1年からクラブチームに入ったが、囚われない環境で培われた基礎があったからこそ、アウトサイドヒッター、ミドルブロッカーのどちらでもよさを発揮できるようになった。

 そして高校では、人生を変える出会いがあったという。

「『オーラある子がいるな』と思ったんですが、シンクロナイズドスイミング(現在のアーティスティックスイミング)のジュニア世界選手権で優勝した箱山愛香だったんです。リオデジャネイロ五輪では銅メダルを獲りましたね。

 箱山は、"朝から晩までシンクロのために生きている"という人でした。休み時間も体幹トレーニングをしていて、『絶対に夢は叶う』と言っていましたね。普段の会話から『私はシンクロで金メダルを獲る』と聞いていたから、私も自然と『バレーで代表に入り、オリンピックに行く』と言うようになって。ノートの落書きも、私たちは『夢は叶う。日の丸を背負う夢を掴むぞ!』って感じでした(笑)」

【10年越しで果たした日本代表入り】

 たまにある休みには、ふたりでフルーツジュースを飲みに行った。夕張メロンジュースが定番。それを飲むと勝てるジンクスがあったからだ。

 生活のすべてが、代表、オリンピック出場のためにあった。アウトサイドヒッターとして活躍し、大学4年で本格的にミドルブロッカーに転向。2013年12月にVリーグの上尾メディックス(現・埼玉上尾メディックス)に入団してからも、彼女のイメージは変わらず高いところにあった。

 監督にアリー・セリンジャー(バレー殿堂入りの名監督)の論文を「読んでみろ」と渡され、読み漁ったという。ミドルブロッカーに関しての記述では、「ミドルもブロック完成前に速く低く打つだけじゃなくて、高いところからいいテンポで打ったらいいかもしれない」という発見があり、「私がそういうミドルになれば、日本バレーは新しくなる!」と胸を躍らせた。

 周りがたじろぐような研究心と野心は、まさに日向のようだった。

「たとえばサーブも、フォームをあえて崩しては戻すなど、ずっと悩んできました。自分はひとつのことに打ち込めるタイプらしいです」

 そして2023年、31歳で初めて代表に選出された。苦節10年、彼女は長い時間をかけて夢の一部をつかみ取った。パリ五輪メンバーには入れなかったが、夢の先を信じている。そのために2024年、長く在籍した上尾を退団し、東レに新たな活躍の場を求めた。

「パリ五輪予選メンバーから外れ、環境を変えたいと思いました。

今の目標は、このチームで結果を出すことですね」

 彼女は自らのバレー人生を信じている。

「移籍した時に初めて肩を痛めて、打力が持ち味なのに腕を振りきるのが怖くなってしまって。どうにか乗り越えたんですが、痛みがある間もいろいろ考えたんです。ブロックでどう点を取るか、とか技術的なところを考えたことが、今生きています」

 少女時代、創意工夫を重ねた原点が彼女のバレーを救う。

(後編:青柳京古にとって『ハイキュー‼』はバレーの教科書 「作者の古舘春一先生に監督をやってみてほしい!」>>)

【プロフィール】

青柳京古(あおやぎ・きょうこ)

所属:東レアローズ滋賀

1991年12月16日生まれ、長野県出身。182cm・ミドルブロッカー。中学で頭角を現し、JOCジュニアオリンピックカップの長野県代表に選出された。長野日大高校を経て、愛知学院大学では全日本大学選手権に出場。大学4年時にアウトサイドヒッターからミドルブロッカーに転向した。大学卒業後、上尾メディックス(現・埼玉上尾メディックス)に入団。2023年に日本代表入り。2024年に東レアローズ滋賀に移籍した。

編集部おすすめ