■世界一「エヌビディア」が頼る日本企業
世界的AIチップ製造のエヌビディア(NVIDIA)の最新の四半期利益が、前年比ほぼ倍増の430億ドル[約6兆8300億円(16日現在のレート、1ドル158.9円で換算、以下同)]に達した。同社として初めて、アップル、マイクロソフト、グーグル親会社のアルファベットのいずれをも上回った。
米全国紙のニューヨーク・タイムズによると、2月発表の決算でエヌビディアの過去12カ月の純利益は1200億ドル(約19兆1000億円)だった。
年間利益が1000億ドル(約15兆9000億円)を超えた企業は歴史上ごく一握りだが、その中でも3年前の利益がわずか44億ドル(約7000億円)に過ぎないエヌビディアの伸び方は尋常ではない。
グーグル、アマゾン、マイクロソフト、メタなど大手テック各社が、データセンター建設に今年だけで5000億ドル(約79兆5000億円)超を投じ、半導体の需要を爆発的に伸ばしている。これを受け、サーバーに欠かせないエヌビディアの収益は大きく押し上げられた形だ。同社は今、AIチップ市場の約90%を握る半導体の巨大企業だ。
日本経済新聞による米国時価総額上位ランキングでも、約4兆7500億ドル(約754兆円)でアップルを上回り、世界1位に君臨する。
さて、そのチップを物理的に作る装置を製造し、事業展開に不可欠な素材を供給しているのは誰か。答えのひとつは、意外にも日本の食品メーカーにある。
■食品メーカーの異例人事の背景
食品大手の味の素が開発した「ABF(味の素ビルドアップフィルム®)」は、高性能半導体のパッケージ基板に使われる絶縁材で、ほぼすべての先端チップ(演算の中核を担うCPUおよび並列処理に秀でるGPU)に採用されている。
このフィルムを世に送り出したのが、味の素の研究者で現社長の中村茂雄氏だ。同社によると、中村氏は1996年、半導体パッケージ基板向けの絶縁材の研究に着手した。その成果がABFとして結実し、やがて世界の先端チップ製造に欠かせない素材へと育った。2011年には日本化学会の化学技術賞を、翌年にはビジネス戦略面の革新性を評価するポーター賞を受賞している。
昨年、中村氏はCEOに抜擢された。元々は技術畑出身でありながらCEOに登用されたのは、味の素グループとして異例の人事だった。研究開発からグローバル事業まで、30年超にわたるキャリアで培った知見が買われた形だ。
就任後には早くも250億円を投じてABFの生産能力を2030年までに50%増強する計画を打ち出しており、半導体素材メーカーとしての味の素の存在感はさらに高まる見通しだ。
■半導体製造の鍵を握る日本企業
ABFはAIブームより少し前、コロナ禍をきっかけとして、その重要性が世界に知られることとなった。米AIリスク研究機関のコンバージェンス・アナリシスによると、パンデミック期のPC需要急増でABFの供給が逼迫し、米半導体大手ブロードコムのルーター部品のリードタイムは63週から70週に延びた。インテル、AMD、エヌビディアもこぞって、基板不足による出荷の遅延に陥った。
世界の高性能CPUやGPUが依存する素材の98%超を、少数の東アジアのパートナー企業へのライセンスを通じ、味の素グループが実質的に支配している。その重要性に世界が気づいた出来事となった。
AI産業の屋台骨を日本企業が担う実例は、ほかにもある。
JSR、東京応化工業、信越化学工業、SUMCOと聞いて、ピンと来る人はむしろ少数派かもしれない。いずれも半導体製造に不可欠な素材あるいは装置の開発・供給を担い、いわゆる世界のAI産業の「チョークポイント(代替のきかない供給の急所)」を握る日本企業だ。
■世界シェアの9割を支配
米商務省・国際貿易局(ITA)が2024年にまとめたデータが、その重要性を物語る。例えば、回路パターンをウェーハ(半導体の材料である円盤状の素材。ウエハーとも。)に転写する感光材料である、フォトレジスト。これがなければ、いかなるチップも形にならない。その世界シェアの約90%を、日本企業が担っている。
フォトレジストをウェーハに塗布・現像するコーター/デベロッパー装置で約88%、熱処理装置で90%超。
米大手総合金融機関のバンク・オブ・アメリカは、製造の自動化装置でも日本企業のシェアが64%に達すると指摘する。スマートフォンやSSD(ソリッドステートドライブ)の記憶媒体に使われる「NAND型フラッシュメモリ」、個別半導体(集積回路と異なり基本的に1つの素子で単一の機能を提供するトランジスタやダイオードなど)、そしてアナログ半導体など、各種ウェーハの製造でも日本メーカーが世界市場をリードするとの分析だ。
■AI需要の恩恵を享受する2社
こうした要所を握る企業群のなかでも、AIブームの恩恵をことさら大きく受けている日本企業に、ディスコとアドバンテストがある。
半導体切削・研磨装置大手のディスコが手がけるのは、ウェーハの薄化やダイシングと呼ばれる精密切断の領域だ。華やかさとは無縁の工程だが、この分野で世界首位に立ち、AIチップ製造に欠かせない加工工程を一手に担う。
半導体市場調査アグリゲーターのセミコンダクターインサイトが日経アジアの報道として伝えたところでは、AI関連需要の急増を追い風に、同社は2024年度の受注で過去最高を記録した。
同メディアによる分析では、AIサーバーのラック(複数のサーバーを格納する棚)が世界のどこかに1台増えるたびに、ウェーハ薄化のサプライチェーン全体に需要が波及するという。韓国のサムスン電子など、HBM(高帯域幅メモリ)メーカー各社が増産に走っていることから、ウェーハ研削装置で世界首位のディスコへの発注は急増している。
■国内半導体市場で20年ぶりに首位交代
一方、半導体検査装置大手のアドバンテストも快進撃を繰り広げている。
米金融情報サービスのブルームバーグによると、アドバンテストは時価総額で10兆円の大台を突破し、2006年以来初めて東京エレクトロンを上回った。
昨年9月時点で、アドバンテスト株の年初来上昇率は約43%。東証株価指数(TOPIX)の上昇率13%に対し、3倍以上の差をつけた。AIチップが高性能化するほど、テスト工程は否応なく複雑さも重要性も増す。同社は今、AIブームのメリットを真っ正面から受けている。
■「9割を中国依存」がもたらした悪夢
供給網のチョークポイントを握ることは、強力な外交カードになる。
その威力を、日本はまず影響を及ぼされる側として思い知った。米シンクタンクの欧州政策分析センター(CEPA)などが振り返るように、2010年、中国は外交摩擦を背景に日本へのレアアース(希土類)輸出を禁じた。当時の依存度は最大90%。半導体から電子機器、自動車まで、製造業の土台が大きく揺さぶられた。
これを機にトヨタやソニーをはじめとするメーカーと政府が一体となり、「脱リスク化」に舵を切った。中国以外では世界最大のレアアース生産企業であるオーストラリアのライナス・レアアースとの提携を軸に調達先を多角化し、2025年までに依存度を約60%にまで引き下げた。
こうして、かつて依存の危うさを身をもって知った日本。半導体分野では自ら、供給網の急所であるチョークポイントを握る側に回った。
■中国はまだ“日本の水準”に追い付けない
CEPAによると、日本企業は最先端の回路描画に用いるEUV(極端紫外線)リソグラフィ用化学品やシリコンウェーハ、世界シェアの約30%を占める製造装置など、サプライチェーンの要所を広く押さえている。日本企業はいまや、半導体材料の供給を外交カードとしても活用しつつある。
実際、日本はこの外交カードをすでに切っている。2019年、前年12月に発生した韓国海軍による海上自衛隊哨戒機へのレーダー照射事案や徴用工問題で深刻化する日韓対立を背景に、日本は半導体製造に欠かせない化学品の韓国向け輸出規制に踏み切った。
対中国でも、日本は同じカードをさらに明確な形で切っている。セミコンダクターインサイトが報じるように、日本は2023年から2024年にかけて半導体製造装置の輸出規制を強化し、ディスコや東京精密の中国向け供給を制限した。
現在、日本企業は供給先の軸足を、アメリカ・台湾・韓国といった同盟国・同志国へと移しつつある。中国は国内で、半導体基板となるウェーハの薄化技術の自主開発を急ぐが、日本勢が磨いてきた精密工学の水準に追い付くには、相当の時間がかかるとみられる。
素材と装置の支配力を維持しながら、日本は「失われた領土」の奪還にも動き出している。半導体チップの製造能力を再び高めようとする試みだ。
かつては半導体の世界シェアで過半を占めたが、設計でアメリカに、製造で台湾に首位を譲った。バンク・オブ・アメリカは、日本政府がこの巻き返しに向け、総額10兆円に上る補助金・優遇措置を打ち出したと伝えている。
この壮大な計画を担う旗手の一人が、日本の半導体メーカーのラピダスだ。
■日本政府が賭ける「1兆円事業」
ラピダスは2022年に政府主導で設立され、IBMと共同で2ナノメートル(nm、ナノは10億分の1)半導体の開発を進めている。国際貿易局(ITA)によると、政府はこれまでに61億ドル超(約9690億円)を投じてきた。nmは元々回路線幅を示していた指標だ。現在では線幅そのものを表すわけではないが、いずれにせよ数字が小さいほど一般に、より高性能な新しい世代の製造技術を表す。日本国内で日系メーカーが現在製造できる最先端の世代(プロセスノード)は40nmだが、そこから一気に2nmへの飛躍を目指す。
量産開始の目標は2027年度。100人以上のエンジニアがIBMのニューヨーク研究開発センターに渡り、技術の習得と移転に挑んでいる。
技術を持ち帰る現場は、どのようなものだったか。ラピダスの専務執行役員でエンジニアリングセンター副センター長の藤野重弘氏が、同社の公式インタビューで振り返る。使命は2つあったという。
1つ目に、IBMが開発したGAA(ゲート・オール・アラウンド)構造のトランジスタ技術を習得し、ラピダス向けの対応製造プロセスを確立すること。そして2つ目に、その製造プロセスを北海道千歳市に開設した半導体開発製造拠点「IIM-1」に移植すること。組織の壁を壊すため、プロジェクト名は映画にちなみ「タイタンズ」と命名された。ラピダスとIBMで役割を分けず、日本企業で一般的な島型デスク配置を採り入れ、一つのチームとして開発に臨んだという。
■人口4万人の町に訪れた「黒船」
派遣エンジニアたちは急速に成長し、藤野氏を驚かせた。あるエンジニアは、IBMメンバーが1週間不在の間に試作ラインの運用責任を一身に担い、限られた時間で成果を出したという。リソグラフィ(回路転写)を統括するマネージャーは千歳に戻ると「チームは仕上がっている。4月1日に予定通りやる」と宣言。日本初となるEUVリソグラフィ露光を、宣言通りに実現してみせた。
国産チップの開発と並行して、日本は海外大手の誘致にも動いている。半導体受託製造で世界最大手のTSMCは2024年、熊本県菊陽町に日本初の工場を開設した。バンク・オブ・アメリカは、同社がさらなる工場建設を計画していると伝え、地政学リスクの低さとインフラの安定性から大手半導体各社の間で日本への関心が高まっていると分析する。だが、巨大投資は地方の暮らしに思わぬ波紋を広げていた。
菊陽町の人々は、この激変を端的に「TSMCショック」と表現する。
英経済紙のフィナンシャル・タイムズが報じたところでは、トウモロコシ畑に囲まれた人口約4万4000人のこの町は、TSMCの進出で一変した。吉本町長は同紙の取材に「TSMCの到来は青天の霹靂だった。菊陽は一夜にして、赤ん坊から大人になったようなものだ」と語った。
同紙は国土交通省のデータを引用し、TSMC進出決定後、菊陽町の商業地価は1年で26%跳ね上がったと報じる。工場に向かう唯一の幹線道路はソニーの半導体工場にも近く、ピーク時には車とトラックであふれ、町は各企業に時差通勤を呼びかけざるをえなくなった。
■うまい話ばかりではない半導体誘致
半導体工場が消費する大量の水も懸念材料だ。ソニーが20年前に開発の一端を担った手法、すなわち作付け期以外に水田に水を張り地下に浸透させる方法(地下水の涵養)が検討されているが、農家の高齢化などの事情により、水田の確保自体が年々難しくなっている。
地元企業は人材の争奪戦に巻き込まれた。フィナンシャル・タイムズによると、TSMCは地元製造業の大卒初任給より約3割高い月給でエンジニアを募った。熊本の最低賃金は全国でも最低水準で、高卒者の約4割が県外に職を求める土地柄だ。
突如、高い賃金を気前よく払う雇用主が出現したことで、若い人材が好待遇を求めてTSMCなど半導体関連企業へ転職する動きが加速した。
一方で、変化の波に乗れない企業もある。
台湾のハイテク市場調査会社のトレンドフォースがNHKの報道として伝えるところでは、TSMCの存在が地域経済を押し上げるとの期待に反し、2024年の熊本県の企業倒産(負債1000万円以上)は80件に到達。12年ぶりの高水準を記録した。半数近くが創業20年超の企業であり、TSMCの誘致成功に沸いた地元は思わぬ衝撃を受けた。
インフラへの負荷は、TSMC自身にも影を落としている。台湾の英字日刊紙のタイペイ・タイムズによると、TSMCの魏哲家(C.C.ウェイ)会長兼CEOは2025年6月の株主総会で、熊本第2工場の着工延期を認めた。理由は交通渋滞だ。
「以前なら10~15分で着いた場所に、今は1時間近くかかる。自分自身で体験した」と語り、着工前に日本政府と交通環境の改善について協議中だと説明していた。現在では着工したとの情報があるものの、このように現場では、道路1本を取っても課題が山積している。
■世界のAIブームを日本企業が支えている
AIブームの主役はアメリカのソフトウエア企業であり、量産を支えるのは台湾の製造技術だ。だが、本稿で見てきたように、その両方が動くために不可欠な素材・装置・検査工程の多くは、日本の企業群が担っている。
味の素のABFからアドバンテストの検査装置まで、いずれも華やかなAI産業の表舞台に立つことこそないが、これらが止まれば世界のAI開発も文字通り止まってしまう重要な存在だ。
チップの設計思想が変わっても、ソフトウエアの覇者が入れ替わっても、物理的に「作る」工程は消えない。技術の流行が移り変わるたびにゼロから競争が始まるプラットフォームの世界とは異なり、素材や精密加工の領域では、数十年かけて蓄積した知見と製造ノウハウそのものが参入障壁になる。日本企業の強みは、まさにそこにある。
「どこが安いか」ではなく「どこなら信頼できるモノを造れるか」がサプライチェーンに求められる時代に、日本は誰にも代替できないポジションを確立しつつある。目立たない場所で、替えのきかない仕事を黙々と続ける工場の強さが、いま世界の舞台裏で静かな期待を背負っている。
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青葉 やまと(あおば・やまと)
フリーライター・翻訳者
1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。
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(フリーライター・翻訳者 青葉 やまと)

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