優れたリーダーに必要な要素は何か。独立研究者の山口周さんは「社会的文脈を読み取り、新しい価値観を提示する力だ。
無印良品の成功にはそうした力を持ったリーダーの存在なしには語れない」という――。(第1回)

※本稿は、山口周『コンテキスト・リーダーシップ』(光文社新書)の一部を再編集したものです。

※原稿内の売り上げ、店舗数等は執筆当時のものです。
■価値観の変化に敏感だったココ・シャネル
社会的文脈とは、社会の価値観、文化、規範、倫理観などのダイナミズムによって形成される文脈のことです。
例えば、環境問題やジェンダー多様性の意識はここ30年で大きく変わり、多くの人は「30年前の感覚と同様に振る舞うことは不適切だ」と感じているでしょう。社会における価値観や規範のコンテキストに鈍感でいることは、時には命取りになりかねません。
20世紀初頭、ヨーロッパ社会は急速に変化していました。第一次世界大戦によって多くの男性が戦場に赴き、女性が工場や事務所に進出し、公共空間で行動することが日常になっていきました。女性の存在が「家庭の装飾」から「社会を支える主体」へと変わりつつある歴史的転換点に敏感に反応したのが、ガブリエル・ココ・シャネルでした。
シャネルは、女性を男性の従属物として扱い、愛玩物として着飾らせるためのコスチュームが大嫌いでした。きらびやかな装飾、身体を締めつけるコルセット、歩行や仕事を妨げるドレス――それらは男性の歪んだ支配欲求を満たすための一種の折檻用具のようなものでした。
シャネルはそれを解体し、女性が自由に動き、考え、行動するための服を提案しました。

それまで、女性用の衣服の素材とは考えられていなかった伸縮性のあるジャージー素材、直線的でミニマルなシルエット、機能性を重視したデザイン――それでいて、この上なくエレガントでラグジュアリーに見えるモードをシャネルは生み出したのです。
これらは単なる美意識ではなく、女性に「自分自身である」ことを許可する社会的宣言でもあったのです。
■時代の変化に迎合したのではない
象徴的なのがリトル・ブラック・ドレスやツイード・スーツです。前者は喪の色とされていた黒を日常のエレガンスへと転換し、女性が自らのライフスタイルを主体的に演出できるようにしました。後者は社交界だけでなく職場や政治の場にもふさわしい“戦闘服”として、働く女性の新しいユニフォームとなりました。
シャネルは香水No.5やアクセサリーといった要素も統合し、ライフスタイル全体で「自立した女性像」という物語を体現させました。
重要なのは、シャネルが時代の変化に“迎合した”のではなく、むしろその方向性を先取りし、「女性は誇り高く、自立した存在であるべきだ」という価値観を提示した点です。
彼女の服は、女性がただ経済的に社会に出るだけでなく、精神的にも対等な存在として立ち、堂々と自分の生を生きるためのツールでした。つまりシャネルは、社会・文化的コンテキストを読むだけでなく、それを方向づける役割を果たしたのです。
■無印良品が巨大ブランドになったワケ
無印良品は1980年、セゾングループの流通企業、西友のプライベートブランドとしてスタートしています。ブランドのコンセプトを考案したのは、当時、セゾングループの総帥だった堤清二氏と、堤のブレーンとして数多くのセゾンのキャンペーンを手がけたデザイナーの田中一光氏でした。
導入当初は、いわゆる「わけあり商品」を安く売るというコンセプトを全面的に打ち出していましたが、2000年前後を境に、徐々にブランドのコンセプトを「品質のよいものをシンプルに提供する」という方向へずらし、今日に至っています。

現在、無印良品は国内で532店舗、海外で604店舗を数えるまでになり、連結売上高は4500億円を超えます。
では無印良品は、どのような社会的コンテキストを捉えたのでしょうか?
それまでのマーケティングでは、商品の内実に大きな変化がないにもかかわらず、ブランドやパッケージやコミュニケーションの操作によって価格を上昇させるという手法が頻繁に用いられていました。
この風潮に対して否定的な疑問を持っていた堤氏は、フランスの哲学者、ジャン・ボードリヤールの『消費社会の神話と構造』を読んで「消費と記号」の関係について考えをめぐらせ、記号性をむしろ削ぎ落としていくことによって、ブランドを生み出すことができないか、というアイデアに想い至ります。
最終的に、堤氏と田中氏の二人は、無印良品を「アンチブランドとしてのブランド、反体制としてのブランド」として位置づけた、と語っています。
■削ぎ落として価値を高めた
無印良品は、パッケージのロゴや模様や製品のデザインや機能に関して、それまで「何かを加えることによって価値を高める」ことしかやってこなかった世界において、「何かを削ぎ落とすことによって価値を高める」ということをやった、おそらく最初期の事例の一つだと言えるでしょう。
無印良品は、それまで主流となっていた社会におけるビジネスのやり方に対して、クリティカル(批判的)なアンチテーゼを唱えることで、「ミニマルでシンプルであることの豊かさ」という新しい価値観を人々に示した、という点で、クリティカル・ビジネスの一つの典型と考えることができます。
一方で、社会的コンテキストを読み誤ることは、大きなブランド破壊にもつながりかねません。
2018年、イギリスの高級服飾ブランド、バーバリーが年次レポートを発表すると、すぐさま批判が巻き起こり、最終的に全世界的な不買運動にまで発展しました。いったい何が起きたのでしょう。
バーバリーが、当シーズンにおける売れ残りの服やアクセサリーなど3700万ドル(約42億円)相当を、新品のままに焼却処分したと発表したのに対して、環境意識の高いセレブリティや消費者がこれを激しく非難したのです。結果として、同社のブランド価値は著しく毀損されてしまいました。
■時代が移れば社会の倫理規範も移る
おそらく、同社の経営者たちは大いに戸惑ったことと思います。
というのも、売れ残った在庫を一括して焼却処分することは、アファーマティブ・ビジネス(顧客を含むステークホルダーの価値観や欲望を全肯定するビジネスのこと)のパラダイムにおいてはこれまでもずっと習慣として行われており、不本意ではあるものの、社会的にも容認されていたからです。
しかし、時代が移れば社会の倫理規範も移ります。それまで許されていたことが、ある日を境に許されなくなる。だからこそ、過去の延長線上に物事の是非を考えるアファーマティブ・ビジネスのパラダイムでは、大きく判断を誤る可能性があるのです。
この事例は、現在の私たちが「ビジネスの持つ原罪性に厳しい眼差しが注がれる時代」を生きていることを示しています。バーバリーがあれほどまでに厳しいバッシングを受けたのも、その背後に「アパレルは製造段階で巨大な汚染を発生させる」という事実があったからです。しかしこれは、何もアパレルに限ったことではありません。
あらゆるビジネスには「自然資源を利用する」「環境に負荷をかける」「ゴミを排出する」「組織の中に格差を作る」など、何らかヒューマニティの毀損につながる要素、つまり原罪性を有しています。そして今、この原罪性に対して厳しい眼差しが注がれるようになっているのです。

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山口 周(やまぐち・しゅう)

独立研究者・著述家/パブリックスピーカー

1970年、東京都生まれ。慶應義塾大学文学部哲学科、同大学院文学研究科修了。電通、ボストン・コンサルティング・グループ等を経て現在は独立研究者・著述家・パブリックスピーカーとして活動。
神奈川県葉山町在住。著書に『ニュータイプの時代』など多数。

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(独立研究者・著述家/パブリックスピーカー 山口 周)
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