中国人は日本で何をしているのか。中国事情に詳しいジャーナリストの中島恵さんは「中国人富裕層の間で密かに珍重されている『日本でしか食べられない高級食材』をご存じだろうか。
価格は時価でサイズにもよるが、上等なものは1つあたり40万円になることもある」という――。
※本稿は、中島恵『中国人は日本で何をしているのか』(日経BP)の一部を再編集したものです。
■日本では珍しい江西省料理店の「狙い」
江西省は中国南東部にあるが、その位置をすぐに思い浮かべられる日本人はほとんどいないだろう。珍しい江西省料理を出す「金喜悦(ジンシーユエ)」池袋北口店は、JR池袋駅から徒歩5分ほどの熊猫美食城(パンダグルメ城)という飲食ビルの三階にある。
経営者は「大成通商」社長の鐘志成さんだ。鐘さんはコロナ禍の直前、19年に来日した。国民が法律をしっかり守るところ、まじめなところに惹かれて、家族とともに日本への移住を決めた。
鐘さんは江西省の大学を卒業後、深圳でリサイクル関係の仕事をしていた。来日後も同様の仕事をしているが、「日本にはたくさんの中華料理店があるけれど、(自分の)故郷の料理を出す店はわずかしかない」ことから、24年に店を開いた。
江西料理は中国醤油や豆鼓(トウチ)といった調味料と唐辛子などを組み合わせた濃い味付けが特徴で、隣接する湖南省、安徽省の料理にも少し似ている。「辣椒炒肉(青唐辛子と豚肉の辛い炒め物)」や、「仔姜鴨肉(新生姜と鴨肉の煮込み)」などが有名だ。
オープンから1年以上経ち、徐々に日本人客も増え始めたが、顧客は圧倒的に中国人が多い。
いわゆる「ガチ中華」の王道だろう。故郷の料理店をオープンさせたのには、在日中国人同士の商談やコミュニケーションの場として活用したいという理由もある。
■夜は商談が飛び交う「サロン」に一変
ランチで訪れたときにはごく普通の中華料理店という感じだったが、夜は多くの中国人が商売の話をしており、思わず聞き耳を立てたくなるほど。私自身、この店で偶然出会った中国人とSNSでつながるなど、人脈が広がった。まさにそうしたサロンのような利用の仕方をしてもらうことが鐘さんの狙いでもあるようだ。
私の中国人の友人、陸さんがこの店を訪れたときは、鐘さんとの商談を望む人が列をなし、「自分が店内にいたわずかな間に十数人の中国人が鐘さんと話をしようと店を訪れていた」という。中国ではレストランの奥のVIPルームでこっそり仕事の打ち合わせをすることがよくあるが、日本でも同じことを実践しているようだ。
同じビルの1階には、25年の流行語大賞にノミネートされた麻辣湯(マーラータン)を提供する「一番 麻辣烫」、2階には中華風串焼きを提供する「一焼」がある。いずれも鐘さんの経営なので、2階に3階の料理を運んでもらうことも可能だ。
■1つ40万円もする「究極の中華料理」
鐘さんに、在日中国人のSNSでよく見かける「熊の手」について聞いてみた。
日本では北海道や東北など一部の地方で熊肉を食べるが、中国では「熊肉」よりも「熊の手=熊掌(ションジャン)」の料理が有名だ。以前は満漢全席のような豪華コースの一品や祝い事の特別料理として食べることがあった。
一説には「左手が最上級」とされ、儒学思想家の孟子も好物だったというが、鐘さんによると、現在中国で熊掌を食べることは禁止されている。
そのため、わざわざ「合法的に熊の手が食べられる」日本に来て食べてみたいという中国人や、「特別な日」のメイン料理として在日中国人から予約が入る。調理法は主に醤油や香辛料などを使った煮込み料理だ。よく洗って十分に下処理を施して臭みを取り、鋭い爪がやわらかくなるまで長時間煮込むため、手間暇がかかる。
同じ池袋にある広東料理店「江記(ジアンジー) 香港打邊爐(シアンガンダービエンルー)」も店のSNSに熊の手料理の写真や動画をよく投稿している。問い合わせてみると「数日前の予約が必要ですが、入荷の保証はできません。価格は時価でサイズにもよります。1つ27万~28万円くらい。サイズが大きく、上等なものは40万円になることもあります」との回答だった。
■秋田の猟師が語った「幻の珍味」の実情
都内の地下鉄銀座線・末広町駅に程近い「創作アジアン 琥珀(こはく)」は上海料理や広東料理が人気の中華だ。同店の経営者、祁倩(きせん)さんも「熊の手料理を提供しています。予約が必要で、だいたい20万円くらい」という。
予約が入るのは1年に数回と多くはないが、見栄えがよく、祝い事などのメイン料理として中国人富裕層の間で需要があるそうだ。同店では同じく高級食材のアワビと一緒に煮込んだ特別料理(=写真)として提供している。
鐘さんによると、熊の手は知人を介して北海道や東北地方の猟師から購入する。具体的な入手ルートを聞けなかったが、熊が出没することが増えている秋田県に住む日本人の友人に聞いてみたところ、秋田県のJR田沢湖駅近くにある物産館「田沢湖 市(いち)」(仙北市)には熊肉の自動販売機があるという。そこでは熊肉が250グラム、2200円で販売されている。地元の猟友会のメンバーが市内で捕獲し、食肉処理施設で加工したもので、よく売れているようだという。
物産館からの紹介で、仙北市の猟友会に所属する猟師に電話で話を聞いてみた。
熊肉については「東京ほか全国の食品会社から多くの問い合わせがあります。レストランには直接販売せず、ある程度の量がたまったら(卸)業者に送っていますが、全然足りない状態です。(モモやロース以外に)熊の手の注文もあって、おそらく中国人からだと思いますが、詳しいことはわかりませんね」という。
ネットで「熊の手」や「熊肉」と検索すると、多数の販売サイトや調理法、熊肉が食べられる飲食店の情報がヒットする。SNSの評判を読むと、熊の手は煮込み料理が多いので、ゼラチン質でこってりしているそうだ。
東京のガチ中華料理店で提供される「熊掌」はかなり高価だが、在日中国人の富裕層の間では「日本でしか食べられない高級食材」として密かに珍重されている。

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中島 恵(なかじま・けい)

フリージャーナリスト

山梨県生まれ。主に中国、東アジアの社会事情、経済事情などを雑誌・ネット等に執筆。著書は『なぜ中国人は財布を持たないのか』(日経プレミアシリーズ)、『爆買い後、彼らはどこに向かうのか』(プレジデント社)、『なぜ中国人は日本のトイレの虜になるのか』(中央公論新社)、『中国人は見ている。』『日本の「中国人」社会』(ともに、日経プレミアシリーズ)など多数。新著に『中国人のお金の使い道 彼らはどれほどお金持ちになったのか』(PHP新書)、『いま中国人は中国をこう見る』『中国人が日本を買う理由』『日本のなかの中国』(日経プレミアシリーズ)などがある。

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(フリージャーナリスト 中島 恵)
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