物価が上昇し続けているのに、日本人の賃金は上がっていない。生物学者の池田清彦さんは「日本人がこうした状況に甘んじているのは、『働いてお金を得ることが善、働かないことは悪』という倫理観が深く染み付いているからだ」という――。
(第2回/全2回)
※本稿は、池田清彦『人はなぜ働かなくてもいいのか』(扶桑社新書)の一部を再編集したものです。
■少子化を止めたい政治家の本音
資本主義というのは、基本的に人口が拡大するほど儲かるようにできている。労働者がより豊富に存在すれば人件費(生産コスト)は抑えられ、消費者が増えれば商品はより多く売れるので、利潤はどんどん膨らむ。
つまり、企業にとって理想的なのは、働いてくれる人が増え続けて、商品を買ってくれる人も増え続ける状態なのである。
逆に人口が減れば労働者の数も減って人件費は上昇しやすくなり、消費者も減って市場は縮小する。つまり、資本主義で儲けようとする人にとって「少子化」は深刻なリスクなのだ。
だから、政治家や経済界は「少子化は危機だ」と煽(あお)り続け、出生率の回復に躍起になる。それはすなわち、人口増を暗黙の前提として組み立てられてきた既存の資本主義システムを意地でも守ろうとしていることの表れなのだ。
■「人口3000万人」はむしろいい
日本の人口は100年後には3000万~5000万人程度にまで減少すると予測されている。3000万人規模まで減少したりすれば現在の社会インフラを維持できなくなるのではないかと心配する声もあるが、それは現在のシステムを維持しようとするせいで生じる不安である。人口が減るのであれば、それに合わせてシステムのほうを設計しなおせば別に問題はないだろう。
そもそも生態学的に見れば、少子化は必ずしも悪いことではない。

土地もエネルギーも食料も有限である以上、分け合う人数が少なければ少ないほど一人あたりの取り分は増える。個人の生活のゆとりや幸福度という意味で言えば、できるだけ人口は少ないほうがいいという考え方だってある。
3000万人という数字は江戸時代の人口規模に近い。その規模であれば、近年38%程度で推移しているカロリーベースの食料自給率も、理論上は大幅に改善する。そうすれば、海外からの大量輸入に依存しなくても国内で賄(まかな)える水準に近づく可能性は高いのだから、生存戦略としてはむしろいいことではないかと私は思う。
■「持続可能性」政策が抱える矛盾
近年、SDGs(Sustainable Development Goals/持続可能な開発目標)のキャンペーンが広く展開されているが、「持続可能性」を本気で優先するのであれば、人口は少ないほうがいい。環境への負荷を考えても少子化はむしろ歓迎すべき現象であるはずなので、SDGsのキャンペーンと少子化を食い止めようという政策が両立するとは思えない。
そもそも「持続可能な開発(Sustainable Development)」という言葉自体に矛盾がある。
サステイナブルとは均衡や維持を意味するが、ディベロップメントは拡張や膨張を意味する。成長を前提とした拡大型経済の枠組みのままで、持続可能性を実現するなんてことは、ほとんど不可能な話だと言わざるを得ないだろう。
■先進国で少子化が進むのは当たり前
少子化は日本に限らず、多くの先進国で見られる現象だ。
子どもがまったく死なないと仮定すれば、合計特殊出生率(一生の間に一人の女性が産む子どもの数の平均)が2であれば、理屈の上では人口は増えも減りもしないということになるが、大人になるまで亡くなる子どもの数は0ではないので、一般的には2.1くらいでないと人口は維持できないと言われている。

東アジアの国々の2025年の合計特殊出生率を見てみると日本は1.15、韓国は0.80、台湾も0.87、中国は0.98なので、2.1にははるかに及ばない。アメリカは1.62なので、東アジアの国に比べたら高いけれど、それでも人口を維持できる水準には達していない。
女性があまり子どもを産まなくなったのは、教育水準が上がって社会進出が進み、子育てだけに人生のすべての時間を費やすのはバカバカしいと考えるようになったせいだろう。自己実現や職業的達成を重視する価値観が広がって、出産や育児の優先順位が下がるのは、至極自然な流れだと言える。
さらに日本の場合、住宅費や教育費が高騰し、将来の所得の見通しが立ちにくいという状況もあり、子どもを持つことは大きな経済的決断になる。
それでも少子化を食い止めるべく子ども手当などさまざまな支援策が打ち出されていて、そのおかげで出生率が多少増えた地域もあるようだが、社会全体の流れを反転させるほどになってはいない。
■人口が増えないなら移民を増やすしかない
そもそも出生率が下がった最も大きな理由が社会の成熟による価値観の変化にあるのだとすれば、子育て支援を多少厚くしたところで、出生率が劇的に上がるようなことにはならないだろう。
こうして人口増を前提に設計された既存のシステムを無理やり維持しようとする力と、個々人の合理的な選択とのあいだには、もはや埋めようのない乖離が生まれているのだ。
そんな中でも企業の短期的利益を極大化しようとすれば、日本人より低賃金で働き、また消費者にもなってくれる外国からの移民を増やすほかはない。
資本家の味方をしたい自民党政権は移民労働者の受け入れに熱心だが、単純労働を担う移民が急増すれば、地域社会との摩擦や文化的軋轢(あつれき)も生じかねない。
もはや不可逆的だとも言える人口減少という構造的変化に対し、従来型の拡大モデルを維持しようと躍起になればなるほど、新たな緊張が生まれるのである。
■日本の賃金がなかなか増えない原因
日本では2010年代前半ごろから、労働人口(15~64歳)が本格的に減少しており、今後さらに減少が続くことがほぼ確実視されている。

労働人口が減るということは、労働力という商品の供給が減るということだ。
市場原理に従えば、供給が減れば価格は上昇する。すなわち、本来であれば賃金が上がる方向に働くはずである。
しかし、現実はそう単純ではない。
グローバル化が進んだ現在では、国内の労働者が減っても、その不足分を海外から補うという選択肢がある。
実際、日本は外国人労働者の受け入れを拡大しているので、都市部のコンビニや飲食店、物流現場などでは外国人労働者が多数を占める光景は今や決して珍しくない。
それに加えてAIやロボット技術の劇的な進歩もある。初期投資は必要であっても、長期的に見れば人を雇うよりもコストを抑えられると判断されれば、企業が自動化に舵を切るのは当然の選択だろう。
こうして外部からの補充や技術による代替によって調整されれば、国内人口が減少したとしても労働の供給量はそれなり維持される。その結果、本来であれば生じるはずの賃金上昇圧力は弱まり、国内の労働人口が減っているにもかかわらず賃金が大きく上昇しないという現象が生じているのだ。
■「働けば稼げる時代」はとうに終わった
一方で、介護や運輸、外食といった分野は慢性的な人手不足に陥っていて、中には賃上げや待遇改善を打ち出している企業も確かにある。
しかし、これらの業界はもともと利益率が高くないうえに、価格競争や制度上の制約もあって人件費の上昇分をそのまま価格に転嫁することが難しい。
だから、大幅な賃上げには踏み切れないのだ。
だから社会全体として見れば、賃金の伸びは緩やかであり、少なくとも物価上昇に見合うほどには上昇していない。むしろ実質的な購買力は目減りしている、というのが今の日本の実情だ。
貴重な労働力を提供しているにもかかわらず、十分な賃金を得られないのであれば、暴動が起こったって不思議ではないと思うのだが、日本人はその状況にひたすら甘んじている。
また、「たくさん働けばたくさん稼げる」時代はとうに終わったことを十分わかっていても、ほとんどの人たちはたくさん働くことをやめようとはしない。
税をモノではなく貨幣で納めるようになり、すべての人が「お金を手に入れなければならない存在」になった時点で、「働くこと」は「お金を稼ぐこと」とほぼ同義になったことは第1回で話した通りである。
■それでも「働かない」を選べない理由
その後、資本主義が本格的に拡大するにつれ、かつては地域や共同体の内部で完結していたことも含め、ありとあらゆる機能が次々と商品化され、お金が介在するサービスとして販売されるようになった。
今や教育も医療も住居も老後の生活も、ほぼすべてが貨幣を介してしか確保できない。たとえ自給自足に近い生活をしていたとしても、お金を一切持たずして生きるのは少なくとも日本のような国では不可能だろう。
こうなると、とりわけ資本を持たない人々にとっては、「お金を稼ぐために働く」ことの拘束力はより一層強くなるので、「働かない」という選択肢など選びようがないのだと見ることもできる。
しかし、本当にそれだけが理由だろうか。
むしろそれ以上に、農耕が始まって以来人間の脳に染み付いている「働いてお金を得ることが善であり、働かないことは悪である」という倫理観のほうが大きく影響しているのだと私には思えてならない。

つまり、十分に報われないことがわかっていても人がたくさん働くことをやめないのは、単に経済構造の問題だけではなく、長い歴史の中で内面化された価値観に強く拘束されているからなのかもしれない。

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池田 清彦(いけだ・きよひこ)

生物学者、理学博士

1947年、東京都生まれ。生物学者、評論家、理学博士。東京教育大学理学部生物学科卒業、東京都立大学大学院理学研究科博士課程生物学専攻単位取得満期退学。山梨大学教育人間科学部教授、早稲田大学国際教養学部教授を経て、山梨大学名誉教授、早稲田大学名誉教授、TAKAO 599 MUSEUM名誉館長。『構造主義科学論の冒険』(講談社学術文庫)、『環境問題のウソ』(ちくまプリマー新書)、『「現代優生学」の脅威』(インターナショナル新書)、『本当のことを言ってはいけない』(角川新書)、『孤独という病』(宝島社新書)、『自己家畜化する日本人』(祥伝社新書)など著書多数。メルマガ「池田清彦のやせ我慢日記」、VoicyとYouTubeで「池田清彦の森羅万象」を配信中。

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(生物学者、理学博士 池田 清彦)
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