円安は悪影響ばかりが強調されがちだが、本当にそうなのか。エコノミストで日本成長戦略会議の有識者メンバーの会田卓司さんは「拙速な利上げは投資を冷やし、かえって長期的な円安を招く可能性がある。
まずは内需拡大こそが円高への道だ」という――。(第3回)
※本稿は、会田卓司『サナエノミクス 高市成長戦略』(ワック)の一部を再編集したものです。
■「円安」が日本経済を支えているのか
――トランプ関税が日本経済にも影響を与えないはずはありませんが、やはり円安だから日本経済はもっているのですか?
日本にかけられているトランプ関税ですが、1ドル150円という円安なら、ほぼゼロと同じくらいです。実はバブルの時代は1ドル150円前後でした。バブルが崩壊し、日本経済は急速に弱体化したのですから、為替は円安に行くはずだったのです。ところが、円高に振れてしまいました。その理由は、企業が多額の負債を抱えてしまったからです。
バブルが崩壊して、負債の処理に困った企業が、バブル期にものすごい高値で取得した海外資産を投げ売り、一気にお金を還流させました。これがレパトリエーション(海外で保有する資金や資産を本国へ引き揚げる“資金還流”の動き)になり、強い円高圧力となってしまいました。当時の日銀に「量的金融緩和」という理論はありませんでした。
「日銀が国債を買うとハイパーインフレになる」といった理屈が罷(まか)り通っていたからです。ですから、金利を緩やかに下げるという方策しかとれなかったのです。
一気に下げるとまたバブル再燃になりかねないので、大きく下げられず、結果として円高に向かい、バブル崩壊後に110円を上下に行ったり来たりの状態となりました。
■「150円」で進む企業と投資の国内回帰
ただ、110円でも日本経済が正常に機能していれば問題はなかったのですが、オーバーシュート(設定された目標値や適正な水準を一時的に大きく超えてしまう現象)した円高だったため、企業は苦しくてたまらず、大幅なリストラをし、それでも耐えられなかった企業は海外に出ていってしまったわけです。
でも今は150円程度です。企業は円安メリットで楽になり、国内で物を製造できるようになりました。「中国のサプライチェーンから脱却しよう」という経済安全保障の考え方も追い風になっています。つまり現状は、トランプ関税があっても利益を出せる。150円程度はスイートスポットなのです。
1ドル150円程度の円安状態だと国内生産のコスト競争力が上がるため、国内投資を後押しする要因となります。結論からいえば、しばらくは今の円安水準で安定させることが望ましいでしょう。ここ20~30年、私たちは1ドル110円前後の水準に慣れてしまいました。1ドル150円と聞けば、とんでもない日本円売りが起きているのではないかと錯覚しやすいのかもしれません。
しかし、1ドル110円の円高水準で、果たして日本経済は本当に正常だったのでしょうか。
答えは否です。1ドル110円という円高で、日本は長年にわたり賃金抑制を含むコストカットを続け、国民は耐え忍んできました。しびれを切らした企業は海外へ流出してしまいました。
■誤解が招く過剰な「利上げ論」に警鐘
それを考えると、1ドル150円程度は経済安全保障の観点からも、国内投資を行いやすい環境をもたらしています。円安がインフレに与える影響も指摘されますが、ここにも誤解が多いのです。為替について、私たちは「150円」という“水準”で表現します。
他方、インフレは水準ではなく、前年から何%上下したかという“変化率”で語られる指標なのです。この両者を混同してしまうので、1ドル150円の水準が続くと、インフレ率も3%のまま永遠に続いてしまうかのように錯覚する人が多いのです。
水準と変化率は分けて考えなければなりません。すでに日本経済は150円前後の水準を軸に動いており、その状態で安定すれば前年との変化は小さくなり、為替要因によるインフレ率押し上げ効果は次第に弱まっていくはずです。
にもかかわらず「円安=永遠に高インフレが続く」という誤解が、過剰な利上げ論を招いています。ただし、160円を大きく超える円安だと家計の負担を大きくしてしまうため、財務省は積極的な為替介入で円安を止めることになりそうです。

■円安脱却の鍵は「国内消費や投資」の拡大
――なかなか円安が止まりません。止めるために、日銀が利上げに動くことはないのでしょうか?
金利の面では、やはり内需が拡大して、日銀が政策金利を物価水準の2%ぐらいまで上げられるという期待が生まれれば、「実質金利」がマイナスを脱する動きで為替に円高の影響を与えるはずです。実質金利とは「表面的な金利(名目金利)」から「予想物価上昇率(期待インフレ率)」を差し引いたもの、つまり、物価変動の影響を考慮した実質の金利のことです。
インフレ下ではお金の価値が目減りするため、物価上昇率が金利を上回ると実質金利はマイナスになります。ですが、この実質金利がマイナスの状況を抜け出せるという期待があれば、円の価値の増加への期待から、円が買われて円高になります。
ただし今は、そこまで内需は強くありません。実質金利がマイナスを脱する期待はまだ弱い状況です。それでは、なかなか円安が止まりません。やはり内需を拡大して経済効果を実感させないと、円高には振れないのです。
■今利上げすることの危険性
では逆に、今の円安を止めようと日銀が大幅に利上げをしたら、確かに140円ぐらいの円高になるかもしれません。しかし、それで国内の投資が腰折れをしてしまったら、それこそ“日本失望”の円安に後戻りしてしまいます。したがって日銀が今の円安を許容して利上げせずにいてくれれば、国内の投資が拡大し、結果として実質マイナス金利から脱出することができます。

目先の円安を恐れて、日銀が利上げを急げば、長期的な円売りを招いてしまいます。目先の円安に耐えて、国内の投資を拡大すると、実質マイナス金利を脱する期待で円高への転換が見えてきます。短期と長期のアプローチが捻じれていることが難しいところです。円ドル相場は、バブル時までが150円前後でした。
バブルが崩壊して日本経済が弱体化し、本来は円安に向かうはずだったのに、企業は巨額の負債を抱え、負債を返済するため、せっかく手に入れた海外資産を投げ売って資金を国内に還流させました。しかし当時の日銀は「金利を一気に下げると、またバブル再燃になるのが怖い」と、ゆっくり金利を下げていった結果、110円平均という円高をもたらしてしまったのです。
■本当に適正な円の価値は「150円」
これはオーバーシュートした結果の円高であり、企業はつらさに耐えきれず、リストラとコストカットに走った。これが日本経済の低迷につながったのです。日本経済にとって、現状のような円安の水準が、内需が弱い現状では安定的状態と言えましょう。
ここから160円、170円と円安が加速するのは問題ですが、現在の150円くらいの一定水準で経済がロックイン(固定化)し動けば、インフレ率への影響も薄れるでしょう。したがって、内需が本当に強くなるまで150円程度の水準で安定してくれて、内需が強くなった時点から緩やかに円高に振れるのがベストだと考えています。
極度の通貨の売りは、供給能力の棄損(きそん)のリスクが引き金となります。
投資のサイクルが上向き続け、将来の供給能力の拡大の期待があれば、極度の円売りは起きません。日銀が拙速な利上げをし、投資サイクルが腰折れてしまうと、円安のリスクは逆に大きくなってしまうでしょう。

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会田 卓司(あいだ・たくじ)

エコノミスト、「日本成長戦略会議」有識者メンバー

1975年生まれ。埼玉県立浦和高等学校卒業後、米国スワースモア大学経済学部・数学部卒業(Honors)。ジョンズ・ホプキンス大学経済学博士課程単位取得退学。メリルリンチ日本証券、バークレイズ・キャピタル証券、ブレバンハワード・ジャパン、UBS証券、ソシエテ・ジェネラル証券、岡三証券などでエコノミストを歴任。現在、クレディ・アグリコル証券チーフエコノミスト。文化放送『おはよう寺ちゃん』レギュラーコメンテーター。照夫(父)はヤクルト、有志(弟)は巨人の元プロ野球選手で、有志は現在、巨人軍三軍監督。従弟は元関脇隆乃若。2025年11月より、高市政権が設置した日本成長戦略会議の構成員に就任。主著に『日本経済の新しい見方』(金融財政事情研究会)、『日本経済の勝算』(経営科学出版)、『日本経済 成長の道筋が見えた』(ビジネス社)がある。


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(エコノミスト、「日本成長戦略会議」有識者メンバー 会田 卓司)
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