■国民が「愛子天皇」を望む本当の理由
「愛子天皇待望論」が高まっているという。
皇室典範の改正議論が進む中、高市早苗首相は一貫して女性天皇に否定的な姿勢を崩していない。だが、報道各社の世論調査を見れば、女性天皇への賛成は70~90%と極めて高い。愛子内親王個人への国民的敬愛と好感度がその数字を支えていることは明らかであろう。「聡明で、国民に寄り添う愛子さまに次の天皇になっていただきたい」という、純粋かつ素朴な待望論はごく自然だ。
しかし、この熱狂を俯瞰したとき、有史以来、長い歴史を誇る皇室制度の永続性においては、極めて危うい未来が透けて見える。
“愛子天皇”への支持は果たして、少なくとも1500年以上続くとされる皇室制度の形を大きく変えうるという自覚を伴うものなのか。それとも単に「愛子内親王」という個人のキャラクターに対する人気投票なのか。この区別を曖昧にしたまま、現代世俗の基準で皇位継承ルールを変えることは、結果として有史以来の天皇の権威の源泉を自ら否定するような、取り返しのつかない事態につながりかねない。
■天皇の「定義」が崩壊する深刻なリスク
「一見、前時代的とも思われる男系継承が、皇室の歴史上なぜ重要視されてきたのか。この疑問に対し、正しく答えられる人は、多くないのではないでしょうか」
こう語るのは、皇室制度に詳しい九州大学の施光恒(せ・てるひさ)教授だ。
「その時の世論が後押しすれば、父方が皇統ではない『女系』となる愛子天皇の子へ皇位継承の道が開かれる可能性はあるでしょう。そして日本国民がその後に直面するのは、想定したくない皇室制度存立の『危険シナリオ』です」(施教授、以下同)
「女系」天皇につながる「女性」天皇の最も深刻な問題は、天皇という存在の“定義”そのものが崩壊するリスクを孕んでいる点だ。政府に提出された説明資料(憲法学者・百地章氏による)では「女系天皇は、2000年近い『皇室の伝統』を破壊するだけでなく、(天皇の世襲を規定した)憲法違反の疑いさえある」との指摘がある。
そもそも、天皇とは神武天皇から続く男系子孫にその継承資格がある「祭祀継承者」であり、その歴史と伝統に権威が宿っていると考えられる。
「この権威に対し、古来より時の政権や権力者は取って代わろうとするより、寄り添い、自身の権力の背景としてきた。現在では『国民統合の象徴』とされるように、時代に則して日本社会が求める役割を担ってきたのが天皇の歴史です」
■「疑念」が生まれた時点で致命傷となる
そして、もし女系天皇が誕生すれば、「神武天皇の男系子孫ではない人物」が、天皇を名乗ることを意味する。見方によっては、歴史的な文脈における「天皇」ではない別の何かが、「便宜的に同じ名前を名乗っているに過ぎない」という論考すら可能になってしまう。
「今の天皇は本当の天皇といえるのか――。こういう疑念が、国民の間に1ミリでも生まれてしまうこと自体、皇室制度にとっては致命傷です。国民に対して正統性の完璧な説明が少しでも揺らいだ瞬間、皇室制度の存立根拠を危うくしてしまう恐れがあるのです。
もし将来、『愛子天皇』の子から“女系天皇”となり、その子や直系子孫が不人気であったり、資質に欠けると見なされたりすれば、『そもそも正統性のない家系なのに、天皇と言えるのか』という議論が巻き起こることが考えられる。これが、天皇の姓名が変わったという見方が出てきてしまう“易姓革命”と捉えられかねないリスクです。
例えば、女系天皇が認められ、女性天皇が山田さんと結婚したとすると『日本の大昔から続いてきた神武王朝ではなく、今の天皇は山田さん王朝ではないのか』と。これは正しいか間違いかの問題ではありません。そのような『疑義』や『解釈』が広まること自体が、世論を二分し、皇室制度の根幹を揺るがす甚大なリスクとなりうるのです」(施教授)
■「アクロバティックな即位」の背景
そもそも、皇位継承における「男系継承」という根本は、天皇の絶対的な権威を保つための、極めて高度で非代替的なシステムだ。皇室典範第1条に記された「皇位は、皇統に属する男系の男子が、これを継承する」という文言は、それが伝承であったとしても初代神武天皇から連綿と続くとされる父方の血筋を、唯一無二の天皇の正統性の根拠とする現代の公式の宣言といえる。
男系継承ルールは明治期成立の皇室典範で規定されるまで存在しなかったという言説もあるが、「明文化されていなかった=ルールは存在しなかった」との解釈は到底、通らない。先代の天皇から10親等(約200年)離れた継体天皇や、8親等離れた光仁天皇(約130年)の例など、そのアクロバティックな系譜を見れば、それは明白だ。
「確かに、歴史上、10代8人の女性天皇が存在したのは事実です。しかし女性天皇は例外なく男系で、即位後は独身であり、出産もありませんでした。この事実は、女性天皇は次の代にも男系の皇位を持続するための『中継ぎ』の役割として理解されていたと解釈するのが自然です」
■女系容認派の「解釈」は無理筋すぎる
女性天皇が母娘で2代続いた奈良時代の元明天皇(夫は天武天皇の子・草壁皇子=男系)と元正天皇の例をもって「女系天皇は認められていた」という意見があるが、父方を根拠とする皇統において、母方の視点は元からない。
奈良時代に成立した養老令における「継嗣令」において女帝の子の即位が認められていたという解釈も、当時以前の女性天皇の即位前の配偶者は、例外なく男系の皇族であり、男系継承は維持されているという考えが前提にあったと解釈するのが自然だ。
江戸時代中期、学者・幕臣の新井白石は朝廷の財政難の中、男系による皇統断絶の危機を避けるため、新たな宮家「閑院宮(かんいんのみや)」家の創設に尽力した。その結果、先代から7親等離れた光格天皇を輩出しており、現天皇家もこの家系だ。
近世にあっても、遠縁でわざわざ男系男子が継承した例を見れば、そこには男系絶対の“不文律”が存在していたことは明白だ。系譜上の男系継承の事実より、女系天皇を正当化する一部解釈のほうを優先すべきという主張はやはり厳しいだろう。
■皇室典範の起草者が語ったこと
大日本帝国憲法の起草者の一人であり、皇室典範を起草した井上毅は「継体天皇の時のようなことがあれば、100世にまでさかのぼってでも御裔孫に皇族となっていただく」と語ったという。
井上は古事記や日本書紀などの古文書を研究し、皇位継承においては男系という“物理的な制約”こそが、天皇個人の資質という固有性、ならびに流動的な時代の権力や世論による、影響や関与を防ぐための「唯一の防壁」であるという確信を持っていたのだ。施教授も「男系継承のシステムは、時の権力や世論による恣意性を排除するための『参入障壁』として機能しうるのです」という。
もし一般人から配偶者を迎える現代の皇室で女性天皇が認められれば、その子が即位する「女系天皇」移行の議論や国民感情の高まりは論理的な必然となる。しかし、一度でも女系を容認すれば、それは仮に物語であったとしても、広く公式な歴史として共有されている「万世一系」の終焉を意味する。
ここで「愛子内親王を天皇にする理由」を問い直す必要がある。それは「人気があるから」か、それとも「長子(直系)のほうが安定的だから」か、その両方か。もし世襲前提で、「人気」や「ふさわしさ」を即位の根拠に加えるならば、前述の通り次の世代が国民の期待に沿わなければ、その瞬間に皇室の存在意義そのものが問われることになる。
■直系の長子優先に潜む「致命的な問題点」
「直系の長子」という理由にルールを変更した場合はどうなるか。もちろん、直系の長子優先の相続は、継承が安定的となり、皇族に子が生まれる限り後継者不足の問題は解消される。しかし「安定」の裏には致命的なリスクがそのトレードオフとして潜んでいる。
「長子相続、特に女系を容認するシステムとなれば、近世以前では、天皇の『配偶者の家系(外戚)』が絶大な権力を持つことになる危惧がありました。実際、藤原氏や平清盛など、外戚が権勢をふるった例はあります。しかし、男系の血筋が天皇の根拠であったため、いずれも権力者の影響力は娘が天皇家に嫁いだ代に留まりました。男系を守るということは、天皇を、権力者など『特定の誰かの身内にしておくこと』を維持させないための知恵でもあったのです」(施教授)
「外戚」に似た問題は、権力と切り離された現代の皇室においても形を変えてリスクとなりうる。施教授が続ける。
「男系継承を天皇の根拠として維持する限り、結婚相手は『男系を残すための手段』という位置付けですが、天皇に男系という絶対の根拠がなくなれば、天皇の結婚相手の特徴、属性、背景が『次の世代の天皇そのもの』を形成する決定的な因子の一つとなります。女系や直系の容認となれば、結婚相手こそが『天皇の血筋を供給する主体』へと格上げされることになるからです」
■「小室夫妻バッシング」と同じ轍を踏むのか
もし配偶者の家族にスキャンダルや問題があれば、それは即座に「天皇の正統性」への疑念に直結する。眞子元内親王と小室圭さんの結婚をめぐる国民的な混乱を見れば、このリスクがいかに現実的であるかは想像に難くない。男系という絶対的な天皇の成立根拠を失った皇室制度は、国民の気まぐれな品定めという荒波に常に晒され続けることになってしまうのだ。
「しかも、愛子さまが将来的に天皇になる可能性が生まれると、結婚、懐妊、子供が生まれた時、国民的議論に巻き込まれる。結婚相手は誰にすべきか。懐妊の時に皇室に残すべきか。常に国民が割れる環境を作り出してしまいます。これは皇室の安定性という点では大いに疑問であり、愛子さま自身のご心痛という点に鑑みても望ましくないでしょう。
また、杞憂かもしれませんが、もし、女系や直系継承が認められた後、お相手候補に外国や宗教勢力などと関係がある人物が接近したらどうなるかという問題もあります。配偶者の存在感や重要性が増す女系や直系継承の環境下では、外交や安全保障上の問題に発展しかねません。
例えば、その国の君主の権威を低下させることで、国民的な一体感を弱体化させたいなど、国際社会に不適切な動機やリスクが存在しないとは言い切れないのです」
■「側室不在だから不可能」というウソ
男系継承という「世俗の論理を超越したルール」は、結果として皇室に政治的責任ができるだけ及ばないような構造をもたらしてきた。南北朝時代に配流された後醍醐天皇のように、個別の事案で天皇が責任を問われることはあっても、皇室自体は否定されなかった。これは皇室制度自体に、代替不可能で唯一無二の「権威」があったからに他ならない。
天皇の根拠が物理的な血筋のルール、すなわち男系継承であることの最大の政治的メリットは、あえて「無色透明」な存在に留め置くことで、世俗や権力から分離できる点だ。この仕組みが長い時間をかけて、天皇が権威として共有される要因となったのである。
一方で、側室制度がなくなったから男系継承は不可能だという主張も、必ずしも正確とは言えない。そもそも明治の前半以前は、乳幼児の死亡率が極端に高く、成人に達するのは2~3人に1人とされ、この割合は皇室や上流階級であった武家でも例外ではなかった。しかし明治末期から栄養環境や医療が発達したことで乳幼児死亡率は急減。大正期に日本の人口は急拡大し、当時の皇族の人数も拡大した。
■合理性がもたらす「世俗の王室」への転落
皇室において近年、男子の誕生が少なかったのは、側室不在が原因ではなく、統計学的な「偏り」と解釈するほうが妥当だ。なにせ、この50年で生まれた皇族は9人中8人が女性だ。あと2人でも男子が多ければ、今のような状況には至らなかったはずだ。
加えて、現代の医療技術を用いれば、性別の産み分けの可能性を高めるなど、生物学的な男系維持の難易度は過去に比べれば格段に下がっている。問題は環境や技術的な側面ではなく、守り抜くという意志の有無にある。
歴史の先人たちは、側室制度の時代であっても、なぜ、何度も危機に見舞われるような「不安定さ」を承知の上で男系継承に固執したのか――。
長年の皇室の歴史は、時の政権や朝廷の判断、また国民感情が「天皇を選択した」結果ではなく、男系継承ルールによって「運ばれて」きた結果だ。それを「ふさわしいから」「長子のほうが安定するから」という理由でルール変更してしまうことは、天皇を単なる「日本で一番有名な世襲一家」に格下げすることに等しい。
「確かに、安定した長子相続は、国民感情が寄せやすく、一見すると現代的で合理的に見えます。しかし、その合理性ゆえに『代替可能な世俗の王室』へと転落するリスクを孕んでいるのです」と施教授も指摘する。
■なぜ秋篠宮家を執拗に叩くのか
男系ルールで今日まで皇室が続いてきた事実は、時代に合わせて「変化しなかった」結果でもある。逆説的だが、論理的、物理的に継承が困難で“不安定な継承ルール”であったからこそ、その非代替性や希少性に権威が宿り、安定した持続性をもたらした。その権威を前提に、天皇や皇族が固有に持つ道徳心や人柄が重なり、国民から敬愛の念が湧く、というものだろう。
「一度、時代の要請に合わせてルールを改変してしまえば、次に時代が変わった際、またルールを変えて、そしてその次……。皇室を伝統や権威とする根拠は徐々に弱くなっていくでしょう。そうなった時、国民はもちろん、国際社会を含めた皇室制度を見る目が、126代の歴史とされる男系継承で続いたこれまでの天皇と比べて、同様の価値を持った存在として扱われる保証はどこにもないのです」
さらに、「愛子天皇待望論」の背後にある政治的な影についても触れたい。愛子天皇待望論の一方で、秋篠宮家への同時進行的な批判の論調には妙な“違和感”がつきまとう。施教授がいう。
「芸能人や政治家と違い、代替が効かない次の天皇一家を国民の立場でなぜそこまで批判するのか。私は常々、疑問に感じていました。振り返れば平成時代は、現天皇家が東宮家時代に執拗な批判にさらされ、逆に秋篠宮が持ち上げられていた。次世代の皇位継承者に対する不自然な批判は過去にもあったのです」
■愛子天皇を推進する「左派」の意図
皇室は、菊のカーテンに包まれたその特質上、例え理不尽な批判であっても、内外から証拠を持って反論するのは難しく、無防備に等しい。それだけに、皇室に対する願望や批判の裏側に、なんらかの別の目的のための「偏った論調」の可能性に対しては、別の角度から仮説を持って反論を提示しておくことは重要だ。
男系ルールを持ち出すまでもなく、少なくとも皇室典範において正当な皇位継承者である悠仁親王を否定し、伝統的な継承ルールを変更してまで「愛子天皇」を推進する論調はやはり不自然だ。
愛子内親王を支持する国民の声は純粋な敬愛の情がほとんどだろう。しかし、「愛子天皇」の旗を積極的に振っている人間の一部には不穏な背景も見え隠れする。
「愛子天皇」を主張する識者の中には、そもそも皇室制度自体に否定的な左派色が強い人も散見される。SNS上で執拗に「愛子天皇」や女性・女系天皇を推進するアカウントも同様だ。筆者が数十のアカウントをサンプリングして確認したところ、かつて皇室制度自体を否定していた政党や、左派色が強い政治家に好意的な投稿が多く見られた。
■「国民の人気」が皇室を破壊する
もし、彼らにとって「愛子天皇」が、皇室の持続性を担保するため、というより、皇室を制度的に変質させ、最終的には形骸化させて廃止へと導くための「手段」として利用しようとする“意図”を併せ持っていればどうか。万が一でもこのような可能性を帯びていれば、これは大きなリスクとなり得る。
「男系という『絶対に揺るがない正統性の根拠』を否定し、天皇の資格要件を『国民の人気』という不安定な土俵に引きずり下ろし、次の天皇の子供を批判したり、今度は『女系は正当ではない』と手のひらを返せば、将来的に皇室制度の廃止世論を騒ぎ立てることが容易になります。
そもそも、適齢で正当な継承権のある悠仁親王の継承を否定して、ルール変更を議論すること自体が、本来は不要であり、不敬にもつながるのではないでしょうか」
真に将来的な皇位継承者不足に備えるのであれば、ルールの変更ではなく、男系皇族の確保という実務的な解決策を講じるべきだろう。現在、政府内では戦後に皇籍を離脱した旧宮家の男系男子を養子として皇族に迎え入れる案が有力視されており、先方の“感触”を得ているという報道もある(参照:週刊新潮 2023年3月16日号)。
■男系皇族を確保するための「現実的な解決策」を
一方で、候補に挙がる旧宮家はいずれも室町時代の崇光天皇の子、栄仁親王を祖としており、600年前に分岐した男系子孫で、やはり遠い。歴代天皇家と違い、大昔の宮家の確実性の高い裏付けに関しては疑問視する識者もいる。そこで浮上するのが「皇別摂家(こうべつせっけ)」と言われる男系子孫の選択肢だ。これは、江戸時代の後陽成天皇や東山天皇の子孫が、五摂家(近衛家、一条家など)に養子入りした家系だ。
河野太郎衆院議員もブログで言及しているこの男系子孫は、旧宮家より数百年程度ではあるが現在の皇室に血筋が近く、必然的に系譜的資料が新しい。こうした歴史の中にある「皇統の守り手」に光を当てる議論こそ重要ではないか。
合理性や安定性を超えた皇位継承の積み重ね、薄氷を渡るような不安定な継承ルールで再現性が困難で過酷な血の継承。これを守り抜いてきた天皇家であるからこそ国民は畏怖を感じ、その人柄に敬愛を見出してきた。愛子内親王は確かにすばらしい資質を持ち、国民に馴染みの深い天皇陛下の長子である。しかし、激動の時代を潜り抜けて、今の形の皇室をもたらしてきた継承ルールを覆すような選択は、拙速であり賢明とは言えない。
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九戸山 昌信(くどやま・まさのぶ)
フリーライター
大学卒業後、新聞社で勤務。社会やスポーツ面を担当。そののち出版社勤務を経て独立。現在は雑誌、ウェブ記事等に寄稿。取材範囲は経済、マネー、社会問題、実用、医療等。
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(フリーライター 九戸山 昌信)

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