■ロシアと中国の蜜月に異変
ロシア自動車メーカーが苦境に立たされている。
中国勢に押されて販売不振に陥ったことで、一部企業は週4労働に移行。救済策としてプーチン政権は、中国をターゲットにした事実上の関税の導入に踏み切ったほか、タクシーを国産に限定する国内産業の保護策を打ち出した。
「盟友」の中国すら標的にするなりふり構わぬ政策は、プーチン政権が追い詰められている様子をまざまざと物語る。さらには、施策を受けて新車価格が高騰。ロシア国民の生活を直撃している。
導入された制度は、名目上はあくまで「廃車処理」とされている。だが、米独立系調査機関のロジウム・グループは2024年12月の分析で、これを事実上の「隠れ関税」だと指摘している。
ロシアは2012年のWTO加盟時にこの制度を導入し、国内調達基準を満たすメーカーには払い戻しを認めている。実質的に負担を強いられるのは輸入車だけだ。
2024年10月、ロシアはエンジン排気量に応じてこの料金を一気に70~85%引き上げた。2030年まで毎年10~20%ずつ上乗せし続ける方針も打ち出している。
2025年1月以降、中国メーカーには15%の輸入関税に加え、排気量1~2リットルの車両1台あたり7000ドル[約110万円(5月6日現在のレート、1ドル156.5円で換算、以下同)]超、大型車では約2万ドル(約313万円)ものスクラップ税が課される。
中国・奇瑞(チェリー)の人気車種「ティゴ7プロ」は車両価格2万7780ドル(約435万円)だがスクラップ税だけでその4分の1を超える計算だ。
振り返れば2022年2月、ウクライナ侵攻のわずか数日前。ロシアのプーチン大統領と中国の習近平国家主席は「制限なきパートナーシップ」を高らかに宣言した。侵攻後に西側の制裁が実施された後も、中ロ間の揺るぎない信頼関係は、プーチン政権の拠り所となってきた。
EUは2024年10月、中国政府の補助金で安価になった中国製BEV(電気自動車)への不当な競争を是正するため、最大35.3%の相殺関税を課した。スクラップ税はそれを上回る水準だ。
■中国車のシェアが急拡大している背景
ロシアがこれほどの関税障壁を築く背景には、中国車が市場を席巻している現状がある。
侵攻前の2021年、乗用車が年間150万台も売れるロシアは世界有数の市場だった。
侵攻後、制裁と世論の圧力に押された海外メーカーは、相次いでロシアから撤退。収益性の高かった拠点を二束三文で手放した。
取り残されたロシアメーカーは、まるで時代に逆行するかのように、エアバッグやABSすら省いた簡素な車両を相次いで量産し始めた。だが、需要は鈍い。こうして生じた消費者のニーズとのギャップを埋めるようにして、中国勢がなだれ込んだ。
ロジウム・グループによると、中国勢はシェアを2021年の9%から2023年には61%へ伸ばした。わずか2年で約6.8倍の急伸だ。売上高ベースで見ればさらに衝撃は大きく、中国ブランドが販売額の90%を占めていると、ロシア最大手アフトワズ自身が認めている。
勢いに乗り、中国・長城汽車(グレート・ウォール・モーター)のロシア工場は稼働率123%を記録し、拡張を計画するほどだった。
■新車を買いたくても買えないワケ
だが、こうして中国車が席巻した市場で、ロシアの消費者はいま、急速に新車購入の意欲を失いつつある。
原因は価格の高騰だ。
ロシア独立系英字紙のモスクワ・タイムズが昨年11月に伝えたところでは、2025年上半期にロシアで売れた新車は前年比26%減の約53万台に落ち込んでいる。
高金利や融資条件の厳格化も重なり、多くの消費者が自動車ローンの利用を躊躇するようになった。ロシアの全国信用履歴局(NBKI)によると、昨年1~9月期の実行額(金融機関が実際に貸し付けた合計額)にして、前年同期比45.5%減と大きく沈んだ。
保有車両の平均車齢は15.5年で、日本の約9年を大きく上回る。路上を走る車の7割が車齢10年超だ。新車には手の届かない消費者が、ロシアで静かに増えている。
■「ラストチャンス」にロシア人が殺到
価格の急騰傾向を受け、比較的資金に余裕のある消費者たちは、駆け込みでの購入を急ぐ。
グローバル金融情報サイトのインベスティングドットコムが報じたロシアの調査機関オートスタットのデータによると、昨年10月の新車販売台数は前月比35%増の16万5702台に急増した。ただしこれは新車購入意欲が上向いたわけではなく、通称スクラップ税の引き上げを見越した駆け込みだったという。
前年同月比では、依然3.2%減。市場の回復にはほど遠い。
同サイトが取材したデニス氏は、実際に駆け込みで購入した消費者の一人だ。手に入れたのは、西側ブランドの撤退後も並行輸入で流通するインフィニティQX50。日産の高級ブランドが北米を中心に展開するコンパクトSUVだ。
デニス氏はもともと、翌年に買うつもりだった。「スクラップ税こそが今決断した理由だ」と駆け込みの理由を語る。実際、担当ディーラーからは、「購入を先延ばしにしていたら、実際に支払った650万ルーブル(約1360万円)ではなく720万ルーブル(約1500万円)かかっていた」と打ち明けられたという。判断をわずかでも遅らせれば、全く同じモデルでも70万ルーブル(約146万円)の負担増になっていた。
■ロシア当局「中国車排除」の実態
デニス氏は、上昇傾向にある現在の価格は不当だと思う、と率直に認める。
「けれど、状況は悪くなる一方だと分かっているし、これが生涯最後の新車になるかもしれないと思い、まだ買えるうちに決断した」
大手ディーラーの営業マネージャー、セルゲイ氏も、「価格が下がることは二度とないと誰もが分かっている」と口をそろえる。
関税策以外にも、中国車の排除は続く。
昨年7月、ロススタンダルト(ロシア連邦技術規制・度量衡局)が、トラック4ブランドの認証を取り消し、販売を禁じた。対象となったのは、東風、福田、一汽、シトラック。いずれも中国勢で、シトラックのみ中国・ドイツの合弁だ。当局は、ブレーキ性能と騒音レベルが基準を満たしていないことを名目上の理由とした。
だが、ポーランドのシンクタンクの東方研究センター(OSW)は異なる見立てを示す。真の狙いは、国営企業「ロステク」の利益を保護することにある、と。ロステクはトラック大手カマズと、乗用車「ラーダ」を生産するアフトワズを傘下に擁する。
品質や安全を盾に外国製品を締め出すのは、ロシアの常套手段だ。ジョージア産やモルドバ産のワインもかつて、同じ論法で市場から追われた。
■大混乱を招いたタクシー国産化令
盟友である中国を市場から排除するほど追い詰められたロシアだが、施策により国内には逆風が吹き荒れる。
車両価格の高騰とロシア政府の施策により、破壊的な影響を受けている業種の一つが、タクシー業界だ。
今年3月、タクシー車両を国産車とすることを義務づける「ローカライゼーション規制」が施行された。
だがロシアの全国紙のイズベスチヤによると、施行時点でこの要件を満たす車両は市場全体のわずか7%にすぎない。地域によってはさらに深刻で、沿海地方(州都ウラジオストク、ロシア極東南端)では適合車両がわずか0.3%にとどまり、事実上ゼロに等しい。
原因は明らかに価格の壁だ。地方でタクシーの採算が取れる車両価格の上限は、おおむね150万ルーブル(約314万円)とされる。
ところが、国産化要件を満たすモデルのかなりの割合が、250万~400万ルーブル(約523万~836万円)以上の価格帯に集中する。比較的手頃とされるロシア国産乗用車のラーダ・ヴェスタでさえ200万ルーブル(約418万円)に迫り、規制に従おうにも手の届く車両がない。
プーチン大統領がこの法律に署名したのは、昨年5月のことだ。モスクワ・タイムズによれば、政府系の分析センターは、50万人を超えるドライバーが業界を離脱する見込みだと警告している。
■復活した「闇タクシー」
こうした影響から、タクシー料金は高騰。ロシアの国民生活を直撃している。
2025年の配車料金は全国平均でも前年比22%増で、人気路線では最大70%高騰した。全国で13万人超の運転手が足りない。
規制に適応できない運転手たちは、ついにグレーな運行手段に活路を見出し始めた。
モスクワ・タイムズによると、通信アプリ「テレグラム」上では数十のグループを通じて、乗客と運転手が直接乗車交渉をしている。配車サービスアプリとは異なり、プラットフォーム手数料を徴収されることがない。運転手の収益も高まるほか、客が支払う料金も公式サービスより30~50%安い。
こうしたチャットグループを日常的に使うモスクワ在住の女性は、「メッセージを送り、運転手と値段を交渉し、現金で払う。アプリも監視もサージフィー(追加料金)もない。スマホを使って手配する以外は、90年代にボンビラ(非合法タクシー)を拾っていた頃とまったく同じ」と語る。
規制を重ねた結果、ロシアのタクシー事情は、むしろ30年前に逆戻りし始めた。
■国営企業が「月3日の無給休暇」を奨励
当局が中国車を実質的に規制するのは、肝心の国内メーカーの足元が危ういためだ。
モスクワ・タイムズによると、ロシア最大の自動車メーカーであるアフトワズは、生産目標を50万台から約30万台へ引き下げ、さらには労働日数を削減して週4日労働制に移行した。高金利で自動車ローンの負担が膨らんだことで消費者のニーズが減退し、在庫が膨れ上がったためだ。
輸出にも活路は見えない。同紙によると、アフトワズの主力ブランドであるラーダの海外販売台数は2021年の約3万5800台から2024年には約2万1000台と、わずか3年間で4割以上も縮小した。
カザフスタンに至っては9359台からわずか1085台への激減だ。お膝元の旧ソ連圏(CIS)市場ですら、中国車や西側ブランドに取って代わられている。
保護されるはずのカマズ自身も揺らいでいる。従業員約3万人の同社は昨年8月、週4日勤務へ移行したとロイターは伝える。小型商用車大手のGAZも同じく、昨年8月から週4日勤務に移行した。
こうした雇用調整に踏み切ったのは、自動車産業だけではない。ロイターによると、非軍事部門は2025年初めから5.4%収縮し、GDP成長率は0.7~1.0%程度まで鈍化する見通しだ。
賃金の未払いも前年同期比で約3.3倍に膨れ上がっている。約70万人の従業員を擁するロシア鉄道までが、本社職員を対象に、通常の休日・非労働日とは別に月3日間の追加無給休暇を取得するよう求めている有様だ。
■中国はロシア市場が惜しくない
ロシアが外国勢を市場から締め出そうとするなか、中国側は意外なほど冷静だ。
前出のロジウム・グループの分析によれば、中国メーカーがむしろ現地生産を避ける理由が3つあると解説している。
1つ目は、中国は技術の国外流出を警戒しており、国内で休眠中となっている生産ラインをまず優先して稼働させたいから。2つ目は、ロシアに投資すれば戦時経済への加担と見なされ、西側の制裁を招きかねないから。3つ目は、不透明な官僚機構や政治的利権が渦巻き、投資先としてロシアの魅力が乏しいからだという。
実際、国有自動車メーカーの第一汽車(FAW)は2023年、計画していたアフトワズとの協業を、アフトワズが米制裁対象に指定されたことを受けて中止した。
ロシアが挑発に出ても、中国はこの冷淡な姿勢を崩さない。
2024年秋、ロシアが輸入車にかかるスクラップ税を引き上げた際にも、中国は一切動かなかった。
報復関税など対抗手段はいくらでもあったが、あえて沈黙を選んだ。中国が今後どう出るかは依然不明だ、とOSWはみる。
■市場から締め出される中国メーカーの本音
中国の投資家はそもそもロシアを、リスクが高く腐敗にまみれた市場とみなしている。付加価値の高い製造工程を持ち込む気などなく、報復すら割に合わない市場に、本腰を入れるはずもない。
こうした投資回避の姿勢を端的に表す代表例が、モスクビッチ3だ。
西側メーカーの撤退後、モスクワ市政府がソ連時代のブランドを復活させて売り出した新型車だが、モスクワ・タイムズによれば、その実態は中国の国有自動車メーカーJAC(江淮汽車)が設計・製造したモデルのリブランド品にすぎない。
モスクワ近郊の工場では、JACから輸入した部品のほぼすべてを現地で組み立てるCKD(完全ノックダウン)方式が採られている。だが現在、モスクビッチ3製造元のモスクビッチ社はJAC側と、さらに関与を薄めるSKD(セミノックダウン)方式への移行についても交渉中だ。SKDとは、ほぼ完成した車体を中国から輸入し、現地での組み付けを最小限にとどめる方式を指す。
現地の付加価値が薄まるため通常は輸入側に不利だが、利幅を高めたいJAC側の意向が働いているとみられる。実現すれば利益の多くは中国側に移行し、ロシア国内に残る付加価値はわずか5~10%にすぎない。モスクビッチ社側もCKDラインの維持に必要な技術力・資本力を欠いており、抵抗しきれないのが実情だろう。
同紙によると、2025年時点でロシアに自社工場を持つ中国メーカーは長城汽車傘下のハヴァル(Haval)1社のみ。あるビジネスアナリストは、「完全な手詰まりだ」と言う。
■「制限なきパートナーシップ」の成れの果て
2022年に高らかに謳われた「制限なきパートナーシップ」。
その実態は、中ロそれぞれが自国産業の利益を守るため、相手を利用しているにすぎない。ロシア自動車市場の混乱は、その構図を鮮明に表している。
国際的な経済制裁によって自国メーカーが壊滅的な打撃を受けたロシアは、比較的庶民に手の届きやすい価格帯で貴重な供給源となっていた中国車を、隠れ関税と国産化規制で締め出しにかかった。自国産業の保護を狙うが、代わりを担える国産車は、どこにもない。
一方、中国はどうか。「友好国」であるはずのロシアに、本格的な生産拠点を構える気配はない。完成車を送り込んで利益だけ得る方が、リスクを負って現地に根を下ろすよりはるかに割がいいからだ。互いに相手の市場を利用し、不都合が生じれば梯子を外す構図が続く。
それがこの「同盟」の本質でもある。こうして利己主義のツケは、最後にはロシアの一般市民たちへと押しつけられる。車の選択肢を奪われ、割高な価格で購入し、故障しても部品が手に入らない。ロシア車の品質が良好かにも疑問符が付く。
追い打ちをかけるように、消費者に新たな苦難が待ち受ける。インベスティングドットコムによると、ロシアは今年、付加価値税(VAT)を現行の20%から22%へ引き上げる予定だ。日本の消費税の2倍を超える。膨らむ財政赤字の穴埋めと、ウクライナ戦争に充てる軍事費の捻出を迫られてのことだ。
保護すべき産業を持たないまま保護主義を貫くロシア。ねじれた政策の負担は、終わりの見えない戦費と共に、消費者に転嫁され続ける。
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青葉 やまと(あおば・やまと)
フリーライター・翻訳者
1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。
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(フリーライター・翻訳者 青葉 やまと)

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