企業は環境変化に適応できなければ淘汰される。経営コンサルタントの森生明さんは「同じ総合電機メーカーでありながら、ソニーグループと日立製作所が評価を高めた一方、東芝は非上場化へと追い込まれた。
3社の明暗を分けた決定的な要因がある」という――。(第1回)
※本稿は、森生明『会社の値段[新版]』(ちくま新書)の一部を再編集したものです。
■ソニーが勝ち取った信頼の価値
2013年にサード・ポイントはソニー株を保有していることを発表し、映画などのエンターテインメント事業を分離して株式上場するように迫りました。
その後、同社はいったんソニー株を売却したものの、2019年6月に再びソニー株を15億ドル保有していると発表し、ソニーに対して上場子会社であるソニーフィナンシャルホールディングス、医療情報サービスのエムスリー、オリンパスなどの株式売却と、画像センサーなど半導体事業の分離・独立(スピンオフ)を迫りました。
いずれのケースでもソニーは分離上場案を拒否、逆に上場子会社だったソニーの金融事業を完全子会社化しコングロマリット化を強化しました。しかし同時にソニーはVAIOパソコン事業の売却、トリニトロン技術で一世を風靡したテレビ事業の縮小を行い、投資家に対する情報開示を増やします。事業間シナジーや長期的な価値創造ストーリーを丁寧に説明したのです。
結果的に株価は上昇し、コングロマリット「ディスカウント」ではなく「プレミアム」状況を生み出し、サード・ポイントを黙らせました。これはアクティビストの経営関与(エンゲージメント)を会社経営陣が真摯に受け止め、逃げずに対話を重ね、経営戦略そのものをブラッシュアップし企業価値向上につなげた好例です。
当時の経営トップ吉田氏は「ソニーは資本市場に育てられた」と述懐しています。
■日本市場を活性化する戦略
ちなみに、2020年に親子上場を廃止して完全子会社化した金融事業は、2025年にソニーフィナンシャルグループとして再上場しますが、これはGE(コングロマリットGE)と同じスピンオフの形をとりました。なぜ二度手間なことをしたのかと疑問に思う読者もいるでしょう。

ファイナンス実務のテクニカルな部分に深入りしない方針なので読み飛ばしていただいて構いませんが、以下の2つの理由からだと思われます。
スピンオフ取引が米国同様に非課税取引(新株を受け取った株主がキャピタルゲインに課税されない)になり税務上の障害が取り除かれた。→これも資本取引の活性化を通じて日本の株式市場を米国的な流動性の高いダイナミックなものにする、「資産運用立国日本」政策のひとつです。
② 事業会社と金融会社の企業価値評価方法が異なるため投資家が評価しにくくなって不評だった。

→本記事の企業価値評価は事業会社用のもので金融機関用ではありません。金融機関の企業価値・株価評価は国の金融規制・金利政策や外部ショックの影響を受けやすい難しいものです。
事業会社の企業価値評価の際には、EV/EBITDA倍率、つまり株式時価総額にネット有利子負債を足した企業価値を、金融収支を含まないEBITDAで割り算したもの、で他社比較しますが、この計算だと有利子負債を使って金融資産運用で儲ける金融事業の価値が含まれなくなったり、有利子負債が多くレバレッジがかかりすぎという歪んだ形で反映されてしまったりして、同業他社との比較がしにくくなってしまうのです。

■東芝の苦闘と終わらない迷走
ソニーとは異なる展開で最終的に日本産業パートナーズという日系ファンドに買収され上場廃止となったのが東芝でした。東芝は他の総合電機メーカーがグローバル競争で苦戦し守りに入っていた2000年代前半に、積極果敢な西田社長リーダーシップの下躍進していた会社です。
米国の原子力発電会社ウェスチングハウス社を54億ドル(約6600億円)で買収した2006年には時価総額が4兆円に迫り日立製作所に肉薄していました(ちなみに、ウェスチングハウス社自身もかつては、発電、送電機器、家電、ラジオ・テレビ放送機器など広範な製品を展開するコングロマリット企業でした)。
当時は化石燃料による地球温暖化が問題視され原子力発電が見直されていた時期で、買収そのものは戦略的に間違いでなかったのですが、ウェスチングハウスの原発建設プロジェクトの遅延・予算オーバーに、福島第一原発事故による世界的な原発事業見直しが重なり、2017年にウェスチングハウスは破産、東芝は約1兆円の特別損失を計上し債務超過に陥ります。
決算期末までに債務超過を解消せねば上場廃止、それをなんとか阻止するためにゴールドマン・サックスが60ほどのファンドから6000億円の増資資金調達を行いました。
東芝は収益源の半導体メモリ事業を売却し財務体質は劇的に改善したものの、架空取引の発覚等ガバナンス問題が株価の回復を妨げます。
■4兆円以上の価値が海外資本に流出した
業を煮やしたファンド株主により会社全体が入札にかけられ、2023年に売却されました。東芝は上場維持のためにアクティビスト・ファンドを株主に招き入れ、結局は彼らに退出いただくために日本産業パートナーズへの売却・上場廃止という方法を選ばざるを得なくなりました。
ウェスチングハウス買収から15年、ファンドの増資資金受け入れから5年をかけて結局何が起こったのでしょう? ウェスチングハウス関連で1兆円の富が米国に流れ、株価2600円で増資を引き受けた外資ファンド等は4600円で日本産業パートナーズに売り抜けて約5000億円儲けた計算になります。
さらに、2018年にベイン・キャピタルが主導する日米韓連合に2兆円で売却された東芝メモリは、キオクシアに社名変更して2024年12月に上場しました。2025年のAIブームに乗り、キオクシアの時価総額は10兆円に上昇していますから、4兆円以上の価値が(瞬間風速的な含み益という形かもしれませんが)、約半分を保有するベイン・キャピタル、韓国SKハイニックス連合に流れたことになります。会社の値段という切り口でシンプルに総括すると、買収会社の値段を正しくつけられず上場にこだわり会社のガバナンスが効かない東芝経営陣により、多額の日本の富が海外に持っていかれた、ということです。
■メーカーからインフラ企業に転身した日立
東芝と同じ総合電機・重電機メーカーの日立製作所は良い意味でも悪い意味でも「日の丸モノづくり産業」の代表的存在でした。日立は2000年代半ばのどん底から、川村・中西体制下での事業構造改革を推し進め、10年をかけて重電メーカーからデジタル社会インフラ企業へと変貌を遂げました。
その変化を、企業価値、その算定の重要指標であるEBITDA倍率とPBRを通じて、日立がグローバル市場でのライバルとしてベンチマークしてきたドイツの雄シーメンスの数値と対比して読み解くことができます。(図表1)
中西宏明氏が社長に就任した2010年、日立はリーマン・ショックの影響から立ち直る時期ですが、日立のEBITDA倍率は4.8倍、とかなり低位にありました。私自身の企業価値算定の物差し的相場感覚で、5倍というのは成長性の無い業界でさほど競争優位性のない企業の倍率です。

そこから2010年代後半まで、日立のEBITDA倍率は6~7倍というモノづくりメーカーの標準的水準で推移しますが、この時期は火力発電事業を三菱重工と統合(後に売却撤退)し、非中核事業(日立工機、日立物流、日立キャピタル、日立マクセル等)を整理していた時期です。
■低成長事業を見切り、成長を買う
問題は、同じ時期にシーメンスのEBITDA倍率が10倍以上で推移している点と、企業価値については、日立が2010年の5兆円程度のまま2019年までほぼ横ばいだったのに対し、シーメンスは2010年同水準の6兆円から15兆円と倍以上に成長している、という点です。
のれん価値、無形資産価値の創造力を表すPBRにおいて日立が日本のモノづくり企業に「あるある」な1倍程度をうろついているのに対し、シーメンスはこの間2倍程度で推移していました。
2020年、シーメンスは長期的企業価値向上ビジョンを発表し、再生可能エネルギー事業と医療機器事業を分社化し独立させるグループ再編を行いました。これによりEBITDA倍率を15倍、PBRを3倍の水準に引き上げています。これは成長性の高い、無形資産で価値を創造する会社の典型的な数値です。それに対抗するかのように、日立は大胆な事業ポートフォリオ転換を実施しました。
■時価総額22兆円、日本企業5位へ躍進
日立グループ御三家の日立金属、日立化成はそれぞれベイン・キャピタルと日本産業パートナーズのグループ、昭和電工に売却され、日立建機は伊藤忠商事と日本産業パートナーズのグループに売却されました。
それと同時に半導体・精密機器事業の日立ハイテクノロジーズは完全子会社化し、スイスABBの電力システム事業、米国のデジタルエンジニアリング企業グローバルロジック社を買収しました。
会社の値段の観点から総括すると、日立は成熟事業をEBITDA倍率6倍程度の値段で売却し、それで得た資金を使いEBITDA倍率10倍以上の買収を行うことにより、シーメンス同様デジタルインフラのグローバル企業としての市場評価を得ました。
2021年のグローバルロジックの買収金額は約1兆円、EBITDA倍率30倍以上という高い値段でしたが、「高すぎる買収」として日立の株価がこれにより下がることはありませんでした。日立の2025年現在の企業価値評価はEBITDA倍率15.1倍、PBR3.3倍で、株式時価総額22兆円は日本企業ランキングでソニーに次ぐ5位となっています。


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森生 明(もりお・あきら)

経営コンサルタント

1959年大阪府生まれ。京都大学法学部、ハーバード・ロースクール卒。日本興業銀行(現みずほフィナンシャルグループ)、ゴールドマン・サックス証券にてM&A(企業買収)アドバイザー業務に従事。その後、米国上場メーカーのアジア事業開発担当副社長、日本企業の経営企画・IR担当を経て、1999年独立。現在はグロービス経営大学院や法人研修で講師を務める。著書に『MBAバリュエーション』(日経BP社)『バリュエーションの教科書』(東洋経済新報社)『会社の値段[新版]』(ちくま新書)がある。NHKドラマおよび映画「ハゲタカ」の監修を担当。

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(経営コンサルタント 森生 明)
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