■「立党から70年、時は来た」
高市早苗首相(自民党総裁)は4月12日の党大会で、憲法改正について「立党から70年、時は来た」「(国民投票への)発議のメドが立った状態で来年(2027年)の党大会を迎えたい」と述べ、衆参両院の憲法審査会での議論を加速させ、早期に憲法改正原案の国会提出を目指す考えを明らかにした。
憲法改正の発議には、衆参両院でそれぞれ総議員の3分の2以上の賛成が必要になる。
例によって、無双感から、与野党への根回しもなく、落としどころを探ることもせずに、具体的な目標をぶち上げたのだろう。
その首相が総裁として、論議をどうリードしようとしているのかを明かしたのが、5月3日の産経新聞のインタビューだった。
憲法改正実現に向け、野党や国民の理解が得やすいテーマを優先して議論する考えを示し、参院選で隣接県を一つの選挙区にする合区の解消、大規模災害時に国会議員の任期を延長することを柱にした緊急事態条項の創設の2項目を挙げたのである。
自民党は、安倍晋三政権当時の2018年の党大会で、自衛隊明記、緊急事態条項、参院選の合区解消、教育の充実の改憲4項目をまとめている。
高市首相は「4つのテーマの重要性に優劣はない」としつつ、参院選合区解消について「現実問題としてとても急ぐ。再来年(2028年)が参院選の年だ」と述べ、その前に発議を経て国民投票に掛けたいとの意向を示す。
与党は参院で過半数割れし、野党の協力がないと発議にまで行けない。首相は「改憲に前向きな政党・会派の議席数の合計は参院においても3分の2を超えている、と私は認識している」とも述べた。
願望を口にしただけなのか、参院与野党との連携による成案が期待できるのか、判然としないが、無謀なアプローチには違いない。
■28年参院選までに合区解消を実現する
高市首相のインタビューには要点が2つある。憲法改正に向け、本丸ながら政治コストがかかる9条改正・自衛隊明記を後回しにすること、参院選合区解消と緊急事態条項をセットで前に進め、28年参院選までに合区解消を実現する、と期限を切ったことである。
憲法改正への道のりは、国民投票法によれば、衆参両院の憲法審査会などで改正項目を絞り込み、衆院で100人以上、参院で50人以上の賛成を得た改正原案を憲法審に提出するところから始まる。

憲法審の出席議員の過半数の賛成が得られれば、衆参各院本会議に上程される。衆参両院は、本会議でそれぞれ総議員の3分の2の賛成を得た改正案を国民投票に発議する。国民投票の有効投票総数の過半数の賛成を獲得すれば、憲法改正が実現する。
27年春までに「発議のメド」という首相発言を起点にすると、27年秋までに国民投票を実施し、過半数の賛成を得られれば、公職選挙法改正や周知期間を経て、28年7月の参院選から新制度を適用するというスケジュール感を示したことになる。
27年9月には自民党総裁選が予定されている。首相の再選戦略と絡んで、その前後に国民投票を設定するには、政治的にも日程的にもタイトと言える。どこまで政治カレンダーを読み込んでいるのか。「発議のメド」も立っていない現状で、そんな先のことまで考えられないというところかも知れない。
■「条文案を詰める段階に入っている」
首相が9条改正よりも参院選合区解消を優先すると言いだしたのは、日本維新の会との連立合意書(25年10月)に基づいて設置された両党の憲法改正条文起草協議会などで積み上げた議論や現在の状況に、ほとんど関心を示していないことも意味する。
連立合意書には、9条改正や緊急事態条項の具体的な条文案を起草するとあるが、参院選合区解消は書かれていない。自民党の新藤義孝元総務相(憲法改正実現本部事務総長)らと維新の会の馬場伸幸前代表(憲法改正実現本部長)ら実務者による条文起草協議会は、25年11月から9条改正と緊急事態条項の2本立てで議論を積み重ねてきている。
4月9日の衆院憲法審では、新藤氏が「論点が整理されたテーマから順次、改正条文起草の検討作業に入っていくことを提案する」とし、緊急事態条項について「条文案を詰める段階に入っている」との認識を示していた。

維新からは「首相を批判する気はないが、参院選合区解消が優先されるのは受け入れられない」との声も聞こえる。
自民、維新両党の9条改正をめぐる意見の隔たりは確かに大きい。
自民党は、2018年3月の党大会で改憲4項目を採択したが、自衛隊について、9条1項(戦争放棄)、2項(武力不保持・交戦権の否認)を維持したまま「9条の2」を創設し、「首相を最高指揮官とする自衛隊を保持する」と明記する案を打ち出した。安倍氏が当時、連立政権を組んでいた公明党の太田昭宏元代表らの「加憲」という考えに配慮し、2項の維持で折り合った経緯がある。
■「9条のおかげは戯れ言にすぎない」
日本維新の会は、9条改正について、2項を削除し、自衛権と「国防軍」の保持を明記すべきだという立場だ。
馬場氏は、4月9日の衆院憲法審で、9条改正について「憲法上の政府解釈で自衛隊の海外での武力行使を禁じている点も含め、解決しない重大な憲法上の瑕疵があることは明白だ」と述べ、自衛隊明記だけでは不十分だとの意向を示した。中東情勢をめぐって「一部の野党、メディアから憲法9条のおかげで自衛隊派遣を断れる旨の言説が喜々として発信されているが、戯れ言にすぎない」と切り捨ててもいる。
馬場氏は「普通の国においては軍隊の派遣は政治判断の問題だが、日本では法的根拠を巡る神学論争に明け暮れ、国の生存を図る手当ての議論が置き去りにされているのが常で、まさに本末転倒だ」との正論も展開した。
維新の案は、自民党が野党時代の2012年に作成した、2項を削除し、「国防軍」の保持を盛り込んだ憲法改正草案に近い。
首相就任前の高市氏が、25年6月の衆院憲法審査会で「12年4月の自民党憲法草案の策定に私も参加した。それがベストだと思っている」と発言したことも蒸し返されている。
■「緊急事態条項は衆院だけの問題でない」
実は、国会での憲法改正をめぐる議論は、衆参両院でまったく別々のテーマで進められてきている。
しかも、9条改正をめぐる論議でもない。衆院憲法審は、専ら緊急事態条項の創設が議題で、参院憲法審は、参院選合区解消を重点的に取り上げている。そして、相互にそれぞれの議題に関心がない。
こうした状況で、高市首相が参院選合区解消を優先するのは、憲法改正の当面の主戦場が参院だという現実があるのだろう。参院の与党会派は3分の2(166議席)に46議席も不足している。衆院が推進する緊急事態条項を創設するにも、参院の3分の2の賛成がないと、国会発議が適わないのである。
首相の憲法改正についてのブレーンである中曽根弘文自民党憲法改正実現本部長(参院議員)は4月24日、実現本部の会合で「緊急事態条項は衆院だけの問題ではない」と指摘したうえ、参院選合区解消に衆院側の理解が欠かせないとし、「衆参一体の議論が必要だ」との認識を明らかにした。
中曽根氏は、4月22日に発足した参院自民党の憲法改正実現議員連盟の会長でもある。松山政司参院議員会長、石井準一参院幹事長、有村治子総務会長らが発起人となった、この議員連盟は28年参院選までに合区解消との方針を掲げている。中曽根氏が20日に首相官邸で首相に会い、こうした思惑や政治日程を伝え、30日に行われた産経のインタビューに反映させた可能性もささやかれている。
■「緊急集会があるから改憲は必要ない」
衆院憲法審では、緊急事態条項について、自民、維新、国民民主、公明の4党が大災害時に国政選挙が実施できなくなる事態に備え、国会議員の任期延長を可能とすることで合意していたが、公明党は中道改革連合に合流した後、慎重論に転じている。内閣に「緊急政令」制定権を付与することには、自民、維新両党が前向きなのに対し、中道改革、国民両党が強く反対している状況だ。

参院各党は、国会議員の任期延長には概ね冷ややかだ。憲法54条2項に衆院解散時などに有事が発生した場合に、内閣が参院に「緊急集会」を求める規定があるからだ。自らの存在意義に関わるとあって、与野党を通じて「緊急集会があるから、緊急事態条項の改憲は必要ない」との声は少なくない。
これに対し、中曽根氏らは「緊急集会では緊急事態が長期にわたった時に対応できない」と、その限界を指摘する。憲法は衆院解散から衆院選までは40日以内、選挙から国会召集までは30日以内と定めており、緊急集会開催は最大でも70日程度と解されるためである。
だが、参院憲法審会長は、緊急事態条項の創設に反対する立憲民主党の長浜博行前参院副議長が務め、自民、維新の与党は議論の主導権を握ることはできていない。
参院で15議席を擁する参政党は「ひとたび緊急事態と認定されれば、国会審議や選挙が実施されず、国民が政治に参加する機会が奪われ、民主主義の基盤が失われる」として緊急事態条項に反対している。
自民党内には、圧倒的多数を持つ衆院憲法審で緊急事態条項や参院選合区解消の条文案を先行してまとめて国会に提出することで、参院憲法審に圧力を掛ける案も浮上している。
萩生田光一幹事長代行は、3月26日発売の月刊誌Hanadaのインタビューに「参院で3分の2がないと言われるが、たとえ空振りしても衆院は発議の準備をすべきだ」「世論が動けば参院議員も考えるはずだ」と述べ、衆院で手続きを先行させる考えを示している。
■「世論の推進力は、弱いかもしれない」
参院憲法審では、参院選合区解消の手立てが議論されてきた。参院には「1票の格差」是正を目的に、2016年参院選から「鳥取・島根」「徳島・高知」両選挙区で合区が導入されている。このまま都市部への人口流入が続けば、合区がさらに増える可能性も大きい。

自民党は、参院議員を3年の改選ごとに都道府県から1人以上を選出する規定を憲法47条(選挙に関する事項)に追加する案を示している。憲法43条が衆参両院議員を「全国民の代表」としているところを、参院議員を「地方代表」と位置づけるものだ。憲法14条が定めた人口を基準にした投票価値の平等とは一線を画すことにもつながる。
自民党の合区解消案には、維新だけでなく、国民民主党や参政党、保守党が同調し、立憲民主党や公明党は公職選挙法改正で対応すべきだと反論している。
自民、維新、国民民主、参政、保守の5党を合わせた参院の議席は162議席で、発議に必要な3分の2にあと4議席足りないが、首相には無所属議員らの取り込みが計算に入っているのかも知れない。
境家史郎東大教授(政治学)は、5月3日の読売新聞に「参院主導で議論ができるほぼ唯一の論点は、参院選挙区の合区解消だ。ただ、高知県、島根県など該当地域はともかく、全国レベルで有権者の関心があまり高くない。国民投票を乗り越える世論の推進力は、弱いかもしれない」と語っている。
参院選合区解消も一筋縄では行かないことを思い知らされる。
■「退陣することになっても、本望かな」
首相は「憲法改正の主役は国民だ。国民投票こそ国民主権の最大の発露だ」と言う。萩生田氏は4月13日の記者会見で、国民投票への「発議のメド」が何を指すのかを問われ、「条文の整理」や「各党の合意」を挙げた。

衆参両院、各党の賛否や動きから見て、参院選合区解消は、国民投票に掛けられる可能性があるが、緊急事態条項については、参院本会議で3分の2の賛成が得られる公算は大きくない。自民党は1年後の「発議のメド」に向け、多数派工作の戦略を見いだしてもいないのではないか。
こうした疑問を、首相に近い筋は「自民党は『ビジネス保守』だ。首相も本気で憲法改正をやる気はない。日本会議などの支持者向けのポーズだ」と読み解く。
首相はこれまで憲法改正論議に限らず、野党との合意形成に汗を流したことはなく、今後もその気もないだろう。憲法改正ができないといって責任を感じることもないらしい。
安倍氏は、9条改正への思いをこう語っていた。「国民投票で負けて首相を退陣することになっても、それはそれで本望かな」

----------

小田 尚(おだ・たかし)

政治ジャーナリスト

1951年新潟県生まれ。東大法学部卒。読売新聞東京本社政治部長、論説委員長、グループ本社取締役論説主幹などを経て、フリーに。2018~2023年国家公安委員会委員。

----------

(政治ジャーナリスト 小田 尚)
編集部おすすめ