少子化の中で活路を見いだし、お産件数が年々増えている産院がある。千葉を拠点に展開する「ファミール産院」だ。
分娩数は2020年から2025年で3.3倍、売り上げも4倍に伸びた。全国各地で産婦人科が消えていく中、なぜこんなに成長できるのか。ノンフィクションライターの三宅玲子さんが取材した――。
■「出産できる病院ゼロ」の大ピンチ
2025年の出生数は70万人、国の少子化予想を17年も前倒しする数字だった。いま、出生数の減少は爆速の一途、産婦人科の存続をも揺さぶるが、それだけではない。
2025年1月には、伊豆半島南部の一軒しかない産婦人科が分娩対応を終了し、妊産婦は車で1時間をかけて、静岡や伊東市の総合病院まで行かなくてはならなくなった。このように、人口減と出生数の減少は、女性が安心して出産できる町の数まで減らしている。
ところが、分娩病院ゼロ化の危機を乗り越え、出生数がV字回復している自治体がある。
人口2万5230人、和歌山県有田市。みかんで知られるこの町も、人口は10年で5000人減。2024年は、出生数97人に対し、死亡数445人。生まれる赤ちゃんの4倍以上の人が亡くなった。

※総務省「住民基本台帳に基づく人口、人口動態及び世帯数
そして2024年3月、有田市立病院が分娩の受け入れを完全に中止し、分娩病院ゼロ地域の危機に直面する。しかし危機をまぬがれた。同年4月、市長が民間産婦人科クリニックの誘致に成功したのだ。
■公立病院ですら厳しい地域だけど…
要請に応えたのは千葉県の医療法人、ファミール産院グループ。当初、代表の杉本雅樹さんに、1000キロも離れた和歌山県でクリニックを経営する計画はなかった。
「偶然知り合った当時の市長(望月良男・現参議院議員)が、自治体から産婦人科がなくなるのを避けたいと強く望んでおられた。地域から出産できる医療機関が消えてしまうということは、地域の将来に関わる問題だという考えは産婦人科医としてよくわかりました。だからできる限り協力したいと」
有田市の事情はこうだ。有田市では常勤医師の退職に伴い、2019年から分娩の受け入れを休止。2024年3月で完全に分娩受け入れを終えた。
だが、市立病院でさえ産婦人科の運営が厳しいような出生数の少ない地域で、民間クリニックが開業を決断できたのはなぜなのか。
■1院だけで10年前の市の出生数に肉薄
「ひとつは補助金です。

10年間は運営することを約束するから、運営費用の一部を公費で補助してほしいと提案し、市議会が条例案を可決しました。ふるさと納税を財源に毎年1億5000万円の補助金を受給しています。それから、医療者を確保できたのが大きかった。閉鎖する市立病院産婦人科の勤務医が、私たちのクリニックで働いてくれることになったのです」(杉本代表)
2024年4月に開院したファミール産院ありだは、ベッド数12床。2025年はここで188人の赤ちゃんが生まれた。有田市の出生数と比較すると、ここ1院だけで2024年の約2倍となり、2014~15年の水準に近い。
「私たちの開業がここまで明白な結果を出すとは予想外でした。女性が安心して出産できる場所があって、安心して産むという経験をすると、『また産みたい』という動機を喚起します。その結果、出生数の向上にもつながる可能性を、有田で実感しました」
■経営に不安がある医師でも問題なし
ファミール産院は、千葉県を中心に経営する11施設を共通の事務システムで運営している。有田市での事例からは、このバックヤード機能が人口減少地域での産婦人科クリニックの経営に役立っていることがわかる。
採用や退職対応、給与管理、出退勤管理などの人事業務から、光熱費をはじめとする運営経費などにいたるまで、共通の業務フォーマットを使い、ひとつひとつの業務の「見える化」「効率化」を行っているのだ。
ファミール産院ありだには、前述のように市立病院の産婦人科医がスライドする形で着任したのだが、このとき、産婦人科医は「病院経営は専門外だ」と経営に責任を持つことに不安を見せた。
その点、人事、経理など、医療業務以外の運営業務を本部が管理・指導するファミール産院の手法が、医師のニーズと合致した。
経営経験のない市立病院の勤務医が、事務や経理には関与せず、医療業務に注力することができる仕組みということだ。
■事業計画書なしの「行き当たりばったり」
全国の分娩を取り扱う病院・診療所の総数は、1996年の3991施設から2023年には1766施設へと、半数以下に減少した。もともと人口が少ない地域にとって、産婦人科ゼロ地域になることは将来的に地域存続の死活問題となりうる。若いカップルが定住する選択肢から外れるからだ。
ファミール産院の産科は千葉県内に8カ所、東京都江戸川区に1カ所、そして有田市にある。グループ全体で助産師、看護師、事務職など約470人のスタッフが勤務し、2025年は計4282件の出産を引き受けた。
千葉県の8施設を見ると、館山市、君津市、千葉市(2)、市川市、習志野市、船橋市、流山市。配置は広範におよぶ。まるでアメーバのように面展開してきた開院を支える運営システムはどのように編み出されたのか。杉本代表はこう答えた。
「産科医療は、『幸せなお産』を探求するサービス業だと私は考えています。
このことを探求した結果、たまたま、今のような運営業態に行き着きました。計画的に進めてきたように受け取られるかもしれませんが、私たちは事業計画書を立てません。ほぼ行き当たりばったりです」
■食事も清掃も外注せず、無痛分娩を完備
「幸せなお産」とは、「ごはん」「クリンネス」「無痛分娩」の3要素を指す。
各施設の調理室でつくったできたての食事を提供する。清掃業務は外注せず法人で職員を雇用し、クリンネスのレベル管理を徹底する。医師には無痛分娩の麻酔注射の技術を取得してもらう。
ファミール産院えどがわでは、2025年秋に東京都が無痛分娩の費用を補助すると発表してから出産件数が1.5倍に伸びた。少し前まで無痛分娩の選択にはためらいがあったものだったが、もはや抵抗感は薄らぎ、産院選びの重要なポイントとなりつつあるということだ。
そして地域で一番信頼されるクリニックになるために、時流に適応しながら、分相応の経営を心がけることだと杉本代表は言う。
その経営観はたとえば産後の入院室で垣間見ることができる。相部屋だけでなく、個室や家族が宿泊できる部屋もあるが、民間産婦人科病院のトレンドだったホテルライクな内装ではなく、若い女性の一人暮らしの部屋のようなカジュアルなインテリアでコーディネートしてある。
出産年齢の中心となる10代から30代の女性にとってくつろぐことのできる空間を、過剰に投資せずに(分相応)に実現していることになる。

だが、なんといっても特徴は各産院で共通のフォーマットで運営している点だ。どのようにして「幸せなお産」の質を保っているのか。
■産院の利益をスタッフに還元すると…
執行役員の北里淳さんが答えた。
「共通のフォーマットで運営し、各施設の売り上げ、経費、利益を透明化して、ほかの産院の数値も見られるようにしています。また、産院ごとに利益をスタッフの人件費に還元する仕組みです。そうすると、本部では順位をつけての表彰など行っていないにもかかわらず、自然と、競争心理が芽生えるようで、電気をこまめに消したりといったコストを意識した行動が生まれました。職員が経営意識を持って産院をよくしていく方向に進んでいっているのです」
もともと船井総研で医療分野の管理職だった北里さんは、ファミール産院の経営に加わり、ほかの病院のコンサルティングも行っている。非医業のコンサルタントを経営に迎えた判断は、杉本代表の経営強化の意志をうかがわせる。
「医療と経営の両方を見ることのできるドクターはあまりいません。開業医でも経営はやりたくないという方は多くいらっしゃいます。ですが、杉本代表は若い頃から経営感覚を持った医師でした」(北里さん)
■事業承継を終えた医院の妻は涙した
杉本代表は筑波大学医学群を卒業し、筑波大学病院勤務を経て、2005年、千葉県館山市を開業の場所に選んだ。館山で兄が小児科クリニックを経営していたからだったという。
房総半島の南端に位置し、保養地として人気だった時期もある、海と山に囲まれた自然豊かな土地だ。
だが、1980年をピークに人口減少が続き、杉本代表も経営危機を経験した。危機から脱したころ、館山から北へ50キロ、東京湾に面する君津市で2つめの産院を開業する。以後、数年ごとに千葉県内の異なる自治体で開業してきた。地元で産婦人科医院を経営してきた医師から事業承継した医院も2施設ある。
そのひとつは、まずグループに参画し、4年をかけて事業承継を完了する手法をとった。医院で事務を担当していた院長の妻は、ファミール産院の運営システムに切り替わったとき、人事や経理などの負担から解放され、安堵に涙を流した。
ファミール産院の年ごとのお産件数を追っていくと、まず2020年から2021年にかけて、数字が大きく伸びている。
これは、妊婦とそのパートナーに対し、他の産婦人科では受けられないサービスを実施した成果だという。
■夫の立ち合い出産にGOサイン
「コロナ禍でしたが、うちは希望するカップルには立ち会い出産を受け入れました。大病院だとほかの科の患者さんの感染症リスクを考慮する必要がありますが、産院ではその必要はありません。カップルの人生にとってかけがえのない大切な出産という出来事で、なるべく希望を叶えて差し上げたいと考えました。『幸せなお産』を実現するための方法だと考えれば、全く難しいことではありません」(杉本代表)
この判断はファミール産院の前進を後押しする成功体験となり、コロナ後も出産件数は増え続けている。2020年には13.8億円だった売り上げも、2025年に56.3億円にまで成長した。
ファミール産院はグループ全体で「年間1万分娩」という大きな目標に向け、着実に実績を伸ばしているが、日本全体を見渡すと少子化が止まらない。その理由は、こどもを産むことでワクワクする絵が見えていないからだと杉本代表は断言する。
「未来に対してネガティブな考えが支配しているのがいまの世の中ですが、仕事も人生もとらえ方がすべて。私は未来がわからなくても、明るいことしか考えていません」
■産院を「また戻ってきたい場所」に
各地域でいちばんの人気産院になれるよう、運営するスタッフがワクワクしながらやっていくことが大事だと、自身が企画したイベントを話した。
「産院の駐車場でプロレスのイベントをやりました。地域の人たちはもちろん、うちで出産してくれた人にまた戻ってきて喜んでもらえたらと思ったからです。別の産院では夏祭りや餅つき大会をしました。出産した女性やパートナーにとって、また戻ってきたい場所になれば、またこどもを授かりたいという思いの背中を押すことにもつながるかもしれませんし」
エステをはじめ医療以外のサービスとの組み合わせにも乗り出した。今後はフランチャイズ化による展開の拡大をめざすという。
ひとつの場所で大きな病院を運営し続けることは難しい。そんななか、コンパクトな箱(施設)と仕組みを、ニーズのある場所に分散して展開するファミール産院の手法は、先行き不透明な世の中の空気感にもマッチした、軽やかな経営手法の好サンプルのように見える。
医師の高齢化と出産件数の減少により、事業承継を望む個人経営の産婦人科医院は全国にある。特に産婦人科ゼロ地域の瀬戸際に立たされた自治体にとって、ファミール産院の運営手法から得られるヒントは少なからずありそうだ。

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三宅 玲子(みやけ・れいこ)

ノンフィクションライター

熊本県生まれ。「ひとと世の中」をテーマに取材。2024年3月、北海道から九州まで11の独立書店の物語『本屋のない人生なんて』(光文社)を出版。他に『真夜中の陽だまり ルポ・夜間保育園』(文芸春秋)。

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(ノンフィクションライター 三宅 玲子)
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