■被害総額は6000億円? 9000億円?
総額3257億円――。2025年、1年間の特殊詐欺、SNS投資詐欺、ロマンス詐欺の総被害額である。つまり毎日毎日、9億円の被害が出ているということだ。この被害額は、2年前の2023年には約900億円だった。それが翌年には約2000億円、そして25年に3000億円超へ。警視庁のある捜査関係者は言う。
「実際には、この2倍はある。定かではないが、3倍かもしれない」
なぜか。それは、SNS投資詐欺、特にロマンス詐欺に至っては、被害の申告をためらうケースが少なくないからだ。数十万円の被害なら高い勉強代だと思って、悔しいが黙る。
そして、少なからずあるのは、警察署に申し出ても、窓口の警察官になだめすかされて、帰らされてしまうケースだ。
50万円のオレオレ詐欺被害に遭った神奈川県内の70代男性は言う。
■警察官「それでも被害届を出すんですか」
「警察署に3回も行った。でも、警察官が言うんですよ。『お金はほぼ間違いなく戻ってこない。被害届を出すと、捜査が始まって、調書を何度も取るし、大変なことになる。お宅へ調べにもお邪魔することになる。裁判になれば証人として出廷することにもなる。そういう大変なことになるんですよ。それでも被害届を出すんですか』って。もうその時点で疲れてしまって……」
警察官の言葉は、半分事実であり、半分は大きな誇張を含む。
結局、被害届は出さず、泣き寝入りである。男性は悔しいと言いながらも、ひたすら肩を落とすばかりだ。
被害総額の統計に出てくる数値は、被害届が出されたケースを各都道府県警が集計し、警察庁に報告したものが毎月発表される。冒頭の数値もそれを積み上げたものだ。したがって、この男性が被害を受けた50万円は入ってない。
2倍だとして、年間被害額6000億円。これでも過小評価しているかもしれない。まるで、企業が利益を過少申告し法人税の支払いを免れるかのように……。そして、この巨額は新たな犯罪を生み出す資金源となり、犯罪者グループの中へと還流し続けている。
■口座が空になるまで何度もATMへ
「支払いは、びっくりするほどちゃんとしているんですよ。
わずか2カ月の間に出し子や運びで4000万円の被害を出した20代の男が嬉々として話す。
ここで、詐欺の世界の専門用語について、確認しておく。「受け子」は被害者から現金やキャッシュカードなどを受け取りに行く末端の犯人。「出し子」は、だまし取られたキャッシュカードを使ってATMなどから出金する。「かけ子」は騙す電話をかける。
「運び」(ライダー)は、それぞれの被害金などを運搬する。互いに兼務することも少なくない。受け子を「1番」、出し子を「2番」、運びを「3番」などと通称しているトクリュウグループもある。
この男は出し子と運び専業の末端犯人だった。指示役の男から言われたコインロッカーへ行く。
日付が変わる前に1度現金を引き出す。まず20万円。次に10万円……。設定で1日に出金できる上限額が決まっているため、その上限ギリギリを探りながら引き出す。日付が変わった未明に、もう一度同じことを繰り返す。口座が空になるまで続ける。
これと同時に、他人名義の「飛ばしの口座」への送金も繰り返す。出金上限額と、送金金額の上限額が別で設定されている口座があるからだ。預金額が空っぽになるか、詐欺がバレて口座が凍結されるまで同じ作業を繰り返す。
■マニュアルの末尾に「安心してください」
こうした具体的な手口、手法について、詳細に記載されたマニュアルが存在する。実物を見たことがあるが、実に分かりやすい。文字も大きく、イラストも多用されている。マニュアルの末尾には、「あなたは、人を騙したり、盗んだりしていません。安心してください。堂々としていることがとても重要です」などと、ポップな文字で書かれていた。
こうした詐欺を運営している上層部は、事業が継続していくことを何よりも重視している。働きに対してしっかり支払う。働きやすさを追求し、「仕事の内容」を丁寧に説明して失敗しないようにしている。この両輪によって、末端犯人が「またやろう」と思ってもらえるようにしているのだった。
脅すのは最終手段だが、指示役が、末端の実行役に「ぶっ殺すぞ!」と脅しても、実際には殺しに来ることはない。なぜなら金のために行っている“事業”だからだ。
■詐欺拠点から押収された「債務者名簿」
「トクリュウ」とは、「匿名・流動型犯罪グループ」の略称で、2023年8月に警察庁が定義付けした。「離合集散を繰り返し、流動的で、匿名性の高い通信手段等を活用しながら役割を細分化。資金獲得活動によって蓄えた資金を基に、更なる違法活動や風俗営業等の事業活動に進出しているグループ」。警察庁は、準暴力団を含むこうした集団を「匿名・流動型犯罪グループ」と位置付け、実態解明を進めている。
警察庁によると、被害金は、さまざまなところへ還流している。トクリュウたちは、いくつもの資金投入先を作り出しているのだった。
衝撃的だったのは、特殊詐欺事件の摘発でかけ子の拠点に強制捜査が行われた際、その事務所から多重債務者のリストが押収されたことだ。捜査関係者によると、そのリストは、別の貸金業法違反で強制捜査された“闇金業者”の名簿と一致したという。
■違法カジノ、ホストクラブ、キャバクラへ
捜査関係者はこう説明する。
「このかけ子の拠点では、騙す電話に加えて、出し子や受け子をリクルートする電話をかけていた。つまり、返しきれない借金がある人を誘い込んでいたわけです」
違法貸金業と、特殊詐欺グループが、実は裏でつながっていたということだ。
ここ1、2年で明らかになっている「違法カジノ」もその関連が疑われている。違法カジノで使い込み、高利貸しで借金し、返せなくなり特殊詐欺に手を染める。ホストクラブや、キャバクラ、さらに性風俗産業も、同じ構図の中にあると捜査関係者は指摘する。
こうした違法性を帯びたビジネスを拡大させるには潤沢な資金源が欠かせない。特殊詐欺などの被害金は、こうした違法産業の拡大のために投資資金として投入され、投資回収として利益が吸い上げられている。
稼ぎ出し、現金を得て、投資に回す。フリーキャッシュフローを重視した事業運営が高速回転し続けているのである。
■トクリュウには「部長」も「課長」もいる
トクリュウたちは、投資した事業を個別に分割し、それぞれに「部長」や「課長」などと名付け、責任者を置き、事業目的と権限を明確化、責任の所在を明らかにすることで、そこから生まれる利益(プロフィット)を見える化していた。
こうした手法を磨き上げて取り入れていることが明らかになったのが、国内最大の違法スカウト集団「ナチュラル」事件である。
その実態は、およそスカウトという言葉からはかけ離れた、冷徹で機能的な「犯罪企業」であった。最高幹部の男を頂点に、数千人のスカウトを統率するだけではなかった。
警察の捜査を阻む「ウイルス対策課」や、違法利益を確実に吸い上げる「集金課」、さらには独自の暗号通信を保守する「アプリ課」まで。驚くほど細分化された組織構造を構築していた。年間45億円もの巨額の紹介料を叩き出し、暴力団の懐を潤す一大資金源として機能していた。
■ナチュラルが消えても別組織が出てくるだけ
この巨大な闇が白日の下にさらされた発端は、あまりにも泥臭い内紛劇だったという。
2020年、東京・歌舞伎町のど真ん中で、暴力団組員らによる大規模な「スカウト狩り」の乱闘騒ぎが起きた。白昼堂々の凄惨な抗争劇に激怒した警察当局が本腰を入れ、一斉摘発の火蓋が切られたのだ。裏切り者への集団リンチや、警視庁の元警部補に捜査情報を流させるスパイ工作など、異常な実態が次々と暴かれていった。
事件は今まさにクライマックスを迎えている。強制捜査の手を逃れ、約1年間にわたり潜伏していたトップの男が、2026年1月に鹿児島県・奄美大島で逮捕された。5月に東京地裁で開かれた初公判で、法廷に現れた男は「争いません」と起訴内容を認めた。ただ、警視庁の捜査関係者は言う。
「実態の解明とは程遠い。似たような組織はいくらでもある」
ナチュラルが抜けた穴にうまく収まろうとする別のトクリュウたちも暗躍する。もぐら叩きに、いたちごっこ、賽の河原である。
■一流企業のような徹底した合理主義
現代のトクリュウが主導する特殊詐欺や投資・ロマンス詐欺は、もはや単なる犯罪の域を超え、卓越した「違法企業経営」そのものである。彼らが最も重視するのは、一時的な暴利ではなく、「事業継続性」(ゴーイング・コンサーン)の担保だ。
失敗や摘発というリスクを織り込み、組織を機能ごとに細分化させ、豊富な資金源をR&D(研究開発)や新たなインフラ構築へ再投資するサイクルを確立している。
マニュアルが日々磨かれている点や、違法インターネットカジノのサイト構成、あるいはSNS投資詐欺に使われる投資画面などは、まさに「研究開発」のなせる業である。その徹底した合理主義は、企業の経営戦略と酷似している。
さらに恐ろしいことに、この犯罪ビジネスの「グローバル企業化」は、すでに止まらない領域に達している。
■「日本人」「カンボジア」はもう古い
かつて拠点として注目されたフィリピンやカンボジアだけでなく、今やマレーシアや中国へと拠点は分散・多国籍化している。さらに、ターゲットの拡大も著しい。近年カンボジアで摘発された拠点では、現地で働く韓国人の若者が「かけ子」として発見された。これは、言語の壁を越えて新たな「市場」を開拓する、彼らの驚異的な海外展開力と人材調達力を如実に物語っている。
法令遵守の精神を完全に欠いたトクリュウたちが、ビジネスとしての「サステナビリティ」(持続可能性)を究極的に追求している点こそが、最大の脅威だ。
時代や技術の変化に即応し、組織の代謝を繰り返すこのシステムは、一つの拠点を潰しても、形を変えて増殖を続ける。「犯罪の力」がある限り、トクリュウたちのビジネスが今後も世界を巻き込みながら進化し続けてしまう可能性は、絶望的なほど高い。その震源はこの日本にある。
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伊咲 智太(いさき・ともた)
ジャーナリスト
1978年、神奈川県生まれ。元新聞記者。社会部や経済部、司法担当を経て独立。
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(ジャーナリスト 伊咲 智太)

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