フジテレビ系で放送されていたテレビドラマ「古畑任三郎」は、なぜ今も根強い人気を誇るのか。社会学者の太田省一さんは「それまでの刑事ドラマとは異なり、中心となるのは会話劇だったことが大きい。
それゆえに、日本のドラマ史に残る名台詞が生まれた」という――。
■第1シリーズはイマイチだった「古畑任三郎」
いま、ドラマ『古畑任三郎』が再び話題になっている。6月1日からNetflixでの配信が始まったからだ。新作が放送されるわけではない。それなのにこの人気ぶりは、いかにこの作品が長く愛されてきたかという証拠だろう。その理由はどのあたりにあるのか? 田村正和という俳優の魅力、そして古畑の名セリフという2つの点から探ってみたい。
『古畑任三郎』(フジテレビ系)は、1994年4月にスタート。いうまでもなく主演は田村正和、そして脚本は三谷幸喜である。レギュラーとしては第3シリーズまでつくられ、いずれも夜9時台の放送だった。
ただ最初から人気が沸騰したわけではない。第1シリーズの平均視聴率は14.2%(関東地区世帯視聴率。ビデオリサーチ調べ。
以下同様)。現在の基準で言えば十分高いが、当時はゴールデンタイムであれば20%を超えることがヒットの基準になっていた。
ところが、1996年1月から始まった第2シリーズで、初回からいきなり25.4%という高視聴率を叩き出す。その後も視聴率は20%を割ることなく、平均視聴率も25.3%に達した。ここに至って、押しも押されもせぬ人気ドラマとしての地位が確立された。
■犯人役で登場したメジャーリーガー
第1シリーズと第2シリーズのあいだになにがあったのか?
カギは再放送で、それを通じて「面白い」という口コミ的な評判が広がったのである。
浸透に時間がかかった理由としては、最初に犯人がわかる「倒叙ミステリー」の形式だったこともあるだろう。
同じ倒叙ミステリーの海外ドラマ『刑事コロンボ』で日本でもなじみはあったが、刑事ドラマでは犯人当てが楽しみというひとは多い。その価値観を変えるのに相応の時間がかかったということがあったはずだ。
倒叙形式の面白さが伝わるうえで、犯人役の豪華さや意外な犯人役も一役買った。
第1シリーズの初回が中森明菜、第4回が笑福亭鶴瓶といったように俳優がメインではないスターたちも犯人役で登場。さらに第2シリーズ第4話では大人気のアイドル・木村拓哉がやはり犯人役で出演。
さらにファイナルでは、あのイチローが犯人役という意外性の極みのような配役もあった。
■「古畑」の大きな特徴
『古畑任三郎』には、倒叙ミステリー以外の特徴もある。刑事ドラマなのに会話劇という点だ。このあたりは、シチュエーションコメディ『やっぱり猫が好き』(フジテレビ系、1988年放送開始)で頭角を現わした三谷幸喜の本領である。
推理力に秀でた古畑は、早々に怪しいと目星をつけた犯人を言葉だけでじわじわ追い込んでいく。普通の刑事ドラマのような取調室の場面やアクションシーンはない。刑事ドラマとしては異色だ。
捜査とは一見関係なさそうな何気ない会話をにこやかに交わしながら、ちょっとした言葉の矛盾などを突いて犯人をじりじり追い詰め、最後は観念させる。むろん犯人の側も、そうはさせまいと口八丁手八丁で古畑に対抗する。そんな犯人との虚々実々の駆け引き、心理戦が『古畑任三郎』の面白さのエッセンスだった。
そして、ひとしきり話が進んだところで、古畑がひとり暗闇にピンスポットで登場し、「私がいつわかったか、皆さんも考えてみてください」などとカメラ目線で語りかける。そしてニヤリと笑みを浮かべながら、「古畑任三郎でした」と締めて暗転。
解決篇に入る。
■刑事役を演じたことがなかった田村正和
ほかにも毎回冒頭に古畑がその回の内容と関係した例え話などをする一人語りの場面もあり、『古畑任三郎』は田村正和のワンマンショーの趣があった。
1943年生まれの田村は、『古畑任三郎』が放送開始した年にちょうど50歳になった。1970年代、時代劇『眠狂四郎』(フジテレビ系)で演じたニヒルでミステリアスな剣豪役で女性から熱い支持を受ける。恋愛ドラマなどにも度々出演し、二枚目俳優の代表として名を馳せた。
役柄に劇的な変化が起こったのが1980年代である。
『うちの子にかぎって…』(TBSテレビ系、1984年放送開始)ではませた子どもたちに振り回される優しい小学校の先生、『パパはニュースキャスター』(TBSテレビ系、1987年放送)では突然現れた3人の隠し子に翻弄されるニュースキャスターと、これまでとは百八十度違うコミカルな役を演じ、世間を驚かせた。ドラマはいずれも大ヒット。演じる役の幅もぐんと広がった。
そんな長いキャリアのなかで、田村正和が演じたことがなかったのが刑事役だった。
■「普通の刑事ドラマならば引き受けなかった」
田村は、「普通の刑事ドラマならば引き受けなかった」とオファーが届いたときのことを振り返る。その気持ちを変えさせたのは、三谷幸喜の脚本だった。
「台本を読んだとたん、これはと思いました。まずなぞ解きが面白い。構成が綿密で余分なものがないから、ぐーっと引きつけられるんです」(『読売新聞』1994年4月15日付け記事)。
一方、田村正和の「生活感のなさ」(同記事)は、三谷幸喜が古畑任三郎というキャラクターに求めていたものにぴったりだった。クールななかにもどこかユーモラスなところのある、どこか浮世離れした古畑の魅力は、デビューから1980年代を経て役柄を広げてきた田村正和にしか出せない味だった。
こうして、田村にとって初の刑事役であり、いまも多くの人たちに愛され、テレビドラマ史に残るキャラクターとなった「古畑任三郎」は生まれた。
■「しゃべりすぎた男」の名台詞
当然ながら、田村正和が感嘆した三谷幸喜脚本による『古畑任三郎』には名セリフも多い。
第2シリーズ初回「しゃべりすぎた男」の犯人役となったのが、明石家さんまである。先ほどふれたように、高視聴率をとって『古畑任三郎』を軌道に乗せた回である。
さんまが演じるのは、敏腕弁護士として名高い小清水潔。法廷では立て板に水の弁舌で巧みに相手をやり込める。
証人の女性に自分のことを「いい男でしょ?」と話しかけたりするところなどは、芸人・明石家さんまとも重なって見える。
慣れない関西弁を使う古畑に「中途半端な関西弁、使いなはんな」とツッコみ、古畑が「ああ、すんまへん」と答えるところなどはコントさながらだ。
事件は、小清水が大物弁護士の娘との結婚話で邪魔になった別の交際女性を殺してしまうというもの。
運悪く被害者に恋愛感情を抱いていた今泉(西村雅彦[現・西村まさ彦])が小清水に陥れられ、逮捕されてしまう。そんな裏があることなどまったく知らない今泉は、よりによって小清水に弁護を依頼。だが古畑は小清水に疑念を抱き……、という展開である。
古畑がいつもの邪険な扱いとは打って変わって今泉を「友人」と呼び、窮地から救うという熱い回でもある。
■明石家さんまと「相棒」の奇縁
さんま演じる小清水と田村演じる古畑のテンポの良いやり取りはまさに丁々発止。それだけでも見応えがある。だが最後は法廷の場で、古畑が小清水の小さな勘違いを突破口に追い詰め、とうとう罪を認めさせる。
連行される小清水。その際のやり取りが面白い。
小清水「あんた、ええ弁護士になるな」
古畑「どうもありがとうございます」
小清水「今すぐ、司法試験受けなはれ」
古畑「いやあ、自信ないです」
小清水「できるだけ、早くでっせ」
古畑「どうしてですか?」
小清水「決まってまっしゃろ、僕の弁護するんです。
(含み笑いだけで返事をしない古畑に)頼んまっせ」

もちろん現実味はない。だが弁護士も刑事(特に古畑)も、理詰めで相手を説得するという点では似ている。この弁護依頼は、小清水が古畑に対して示した最大限の敬意と受け取れる。
ちなみに明石家さんまは、この回の出演以外にも思わぬところで刑事ドラマの歴史に多大な貢献をしている。
さんまが主演する別のラブコメドラマをたまたま見たテレビ朝日のプロデューサーが脚本の見事さに感動してオファーし、新しい刑事ドラマを立ち上げた。その脚本家が輿水泰弘、そしてドラマが『相棒』である。
■古畑の内に秘めた信念
もうひとつ、古畑任三郎の刑事としての矜持が見えた名セリフにもふれておこう。
第1シリーズ最終話となる「最後のあいさつ」。犯人役は菅原文太である。『仁義なき戦い』シリーズなどヤクザ映画のイメージが強いが、テレビドラマ初主演は『警視庁殺人課』(テレビ朝日系、1981年放送)という刑事ドラマだった。
ここでも菅原は、小暮音次郎という警視庁の刑事役で出演している。階級は警視で、古畑の上司にあたる。
小暮の孫娘は2年半前に殺されていた。だが、逮捕された男は証拠不十分で無罪に。とうてい納得がいかない小暮は、入念にアリバイの偽装工作をしてその男を拳銃で撃ち殺す。
被害者家族の復讐劇である。もちろん法的には許されていない。だが感情として理解できなくはない。古畑にアリバイを崩された小暮も、「わかってくれ。俺が法に代わって……」と訴える。
すると古畑は、いつになくきっぱりとした口調でこう返す。「小暮さん、それは違います。人を裁く権利は我々にはありません。我々の仕事はただ事実を導き出すだけです」。
実はこのやり取りの前に、古畑がどんな場面にも拳銃を携行しないことを知って小暮が呆れる場面がある。法を犯しただけでなく、拳銃を使って復讐を果たした小暮に対し、古畑は組織の上下関係を超えて反論したわけである。普段はどこか飄々とした古畑の内に秘めた信念を吐露したセリフとして印象深い。
ほかにも視聴者それぞれの心に残るセリフがあるに違いない。『古畑任三郎』は、紛れもなく名セリフの宝庫だ。

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太田 省一(おおた・しょういち)

社会学者

1960年生まれ。東京大学大学院社会学研究科博士課程単位取得満期退学。テレビと戦後日本、お笑い、アイドルなど、メディアと社会・文化の関係をテーマに執筆活動を展開。著書に『社会は笑う』『ニッポン男性アイドル史』(以上、青弓社ライブラリー)、『紅白歌合戦と日本人』(筑摩選書)、『SMAPと平成ニッポン』(光文社新書)、『芸人最強社会ニッポン』(朝日新書)、『攻めてるテレ東、愛されるテレ東』(東京大学出版会)、『すべてはタモリ、たけし、さんまから始まった』(ちくま新書)、『21世紀 テレ東番組 ベスト100』(星海社新書)などがある。

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(社会学者 太田 省一)
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