データは、スポーツ現場の判断をどう変えてきたのか。選手が日々の体調や疲労感、睡眠、食事、トレーニング内容を入力し、監督やコーチ、トレーナー、メディカルスタッフが同じ情報を共有して判断する。
(インタビュー・構成=松原渓[REAL SPORTS編集部]、写真=ロイター/アフロ、本文写真提供=株式会社ユーフォリア)
現場で生きるデータ活用の原点
――「ONE TAP SPORTS」は、スポーツ選手のコンディション管理やケガ予防を支えるサービスとして広がってきたと思います。まず、2008年の創業時、どのような課題意識から事業が始まったのかを教えてください。
宮田:2008年の創業から2012年ごろまでは、スポーツの仕事中心というわけではなく、事業再建や経営コンサルティングを行っていました。自社サービス開発としていろいろな試行錯誤をしていました。ただ、創業時から一貫していたのは、「アスリートを中心に、人のポテンシャルを最大限に生かしたい」というビジョンです。その軸はぶらさずに、現場の役に立つ形を模索してきた、というのが最初の数年間でした。その後、2012年秋にラグビー日本代表との出合いがあり、それがONE TAP SPORTS開発のきっかけとなりました。
――ラグビー日本代表での活用が、一つの原点として語られることも多いと思います。2015年ワールドカップで南アフリカを破るなど結果が出た時に、「データが勝利に貢献できる」という手応えは感じましたか。
宮田:単純に「データによって勝利にコミットできるようになった」という結果重視の考え方は今でもしていません。
――つまり、データによって現場の勘や経験を置き換えるというより、それを補うシステムとして開発されてきたのでしょうか。
宮田:その通りです。そこはかなり意識してきました。特に、さまざまな競技の代表チームに当初から活用していただいていたことは、本当に幸運でした。代表やクラブは、4年周期、あるいはもっと短い周期で監督やコーチングスタッフが入れ替わることがあります。そうすると、それまでのトレーニングの蓄積や育成の経過が途切れてしまいます。10年前は、そうしたデータが十分に残らず、スタッフが変わると継承されないこともありました。だからこそ、チームや協会の資産として、誰が変わっても残る仕組みが必要だと思ったんです。
――保護者とのコミュニケーションでも、データがあることで説得力が増す場面があると思います。チーム側だけでなく、保護者や選手本人にとってのメリットも大きいのではないでしょうか。
宮田:そうですね。現場で起きていることを客観的に共有できるので、チーム内だけでなく、保護者や周囲との共通理解にもつながりやすいと思います。
海外の知見と独自研究で磨いてきた現在地
――スポーツテックの分野は世界的にも日々進化しています。そうした中で、「ONE TAP SPORTS」が国内をリードしていくために意識していることは何でしょうか。
宮田:特に欧米とオーストラリアの3つのエリアは常にベンチマークしています。この10年以上、実際に現地に足を運び、スポーツテック関連のカンファレンスに出席したりもしながら、どういう取り組みが進んでいるのかを見てきました。もう一つ大きいのは、日本に海外の知見が入りやすい競技があることです。ラグビーやサッカーなどは、外国人ヘッドコーチやスタッフがノウハウを日本に持ち込むことが多いので、我々もアンテナを張って、しっかりキャッチアップする。海外の先進事例を研究し、足りないところは追いつき、日本人・アジア人に合う形にして追い越していくことはかなり意識しています。
加えて、2021年に設立した「ユーフォリアスポーツ科学研究所」は、外部の研究者の方々とも連携する横断的な研究組織です。日本人、特にアジア人特有のケガの傾向だけでなく、スポーツチームの現場でデータをどう活用すれば人のパフォーマンスを引き出せるか、さらには企業現場へも応用できる方法論まで、幅広く独自の学術研究を進めています。
――多くの競技、年代の現場を見てこられた中で、データを積極的に活用しているチームに共通する特徴はありますか。
折笠:現場の指導者の方々の積み重ねてこられた経験や勘をサポートするために、客観的な数値も取り入れたいと考えているチームが多い印象です。「指導者の感覚だけではなく、選手の主観的な情報や客観的なパフォーマンス等のデータも使って判断したい」という意識があるチームほど、活用が進みやすいです。
ただ、プロ、代表、学生では少しずつニーズが違います。特に学生チームでは、中学・高校・大学といった年代で、情報リテラシーや新しい手法への感度が高い指導者が積極的に使ってくださるケースが多いです。
――コンディショニングやトレーニング、ケガ予防や食事など、さまざまな情報を扱っていますが、導入前に抱えている課題はさまざまですか。
折笠:そうですね。ある程度はいくつかの類型に分かれますが、実際にはチームの状況やスタッフ数、選手数、専門スタッフの有無などによってかなり異なります。「こう使いたい」という明確なニーズがある場合もあれば、「何となく困っているけれど整理できていない」というケースまで、幅広いです。
入力することで見えてくる、選手のリアル
――選手自身が入力するデータには、具体的にどのようなものがありますか。
折笠:入力項目はチームごとにカスタマイズが可能です。基本的には、日々の身体の状態を主観的に入力してもらう項目が多いです。
そのほか、チームによっては体重や体温を追加で記入してもらったり、練習に対するやる気やモチベーション、練習後の振り返りを記録したりするチームもあります。野球であれば投球数のように、競技特有の項目を入れることもあります。
疲労感、痛み、睡眠時間など、共通する基本項目はありますが、他の項目は細かく取るか、最低限に絞るかは競技特性や現場の目的によって変わります。
――システムのアップデートは、研究チームと連携しながら進めているのでしょうか。
宮田:大きく二つの観点があります。一つは、1700以上のチームから日々集まるユーザーの声です。また、それらの膨大なデータとともに、たくさんの要望が届きます。それらは私たちにとって大切なヒントであり、全てを機能追加することはできませんが、多くの現場から共通して上がるニーズやフィードバックは、システムに反映していきます。
もう一つは、スポーツ科学的に妥当かどうか、本当に現場に有益かどうかという視点です。要望があれば何でも入れるのではなく、科学的に正しいか、使う価値があるかを検討しているわけです。
――1700以上のチームを支える研究・開発体制は、どのぐらいの専門スタッフで支えているのでしょうか?
宮田:開発はエンジニアやデータサイエンティスト、開発メンバーを含めて20人前後の体制です。加えて、折笠のように各チームをサポートする、スポーツ科学や現場の知見を持った人材が、現場との距離を近く保ちながら連携して動いています。
競技特性に寄り添い、広がった活用の幅
――データを共有することで、選手とスタッフ間のコミュニケーションにも変化はありますか?
折笠:あると思います。今まで見えていなかったことが見えるようになるのはきっかけとして大きいですし、選手自身も自分で入力したデータと、ほかの情報を一緒に見られるようになることで、興味を持ちやすくなります。最近はAIフィードバック機能もあり、数字をただ入力するだけでなく、「自分の1週間はこういう傾向だった」「次はここに気をつけよう」といった形で、自分の状態を振り返る材料にしやすくなっています。自分の感覚だけに頼らず、別の視点を持てるようになるのは、コミュニケーションの面でも変化につながっているようです。
――さまざまな競技に対応する中で、特に印象的だった競技はありますか。
宮田:私自身はパラスポーツですね。特にブラインドサッカーは印象的でした。視覚障がいのある選手が入力するので、基本的にはスマホの音声読み上げ機能を使っての入力になります。そうすると、インターフェースも変わりますし、質問の仕方自体も工夫が必要です。
例えば食事一つとっても、健常者の方であれば見た目や色合いで栄養バランスを考えやすいですが、そう簡単ではないケースもあります。一般的な項目をそのまま入れても使えないことがあるので、ユーザーに寄り添いながら、余計なものを削ぎ落として設計していく必要がありますし、これは未だに試行錯誤中です。
――今後はスポーツ業界だけでなく、他分野への展開も考えているのでしょうか。
宮田:はい。今フォーカスしているのは、身体的負荷の高い現場作業員や、365日、さまざまなインフラ設備を支えるエッセンシャルワーカーの方々です。そういう方々には、運動、栄養、睡眠という面でスポーツ科学の知見を応用しやすいので、そうした現場にも役立てていきたいと考えています。
【連載中編】ケガ予防はデータでどこまで可能になるのか? ONE TAP SPORTSが可視化した「休ませる判断」の根拠
【連載後編】女性アスリートの「見えにくい情報」をどう扱うべきか。 月経をめぐる理解と支援の現在地
<了>
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