女性アスリートの「見えにくい情報」を、現場はどう扱うべきか。株式会社ユーフォリアの「ONE TAP SPORTS」では、月経の開始・終了、体重、体温などを記録し、選手自身と指導者、スタッフが状態を把握できる仕組みを整えてきた。
(インタビュー・構成=松原渓[REAL SPORTS編集部]、写真=アフロスポーツ)
月経情報を記録する意味
――「ONE TAP SPORTS」では、女性アスリートのコンディション管理について、どのような情報を扱っているのですか?
折笠:月経の開始・終了時期を選手側から入力できるようにしていますし、体重や体温も追加項目として設定できます。そうしたデータをもとに、今が周期のどのあたりなのかを確認したり、3カ月以上月経がきていない場合には無月経が疑われるので、その傾向がないかを確認したりできます。
――女性アスリート向けのこうした機能は、いつごろから必要性を感じていたのでしょうか。
宮田:2016年のリオ五輪で女子7人制ラグビーが競技として正式採用されたのですが、それより前、2013年、2014年ごろから、7人制ラグビー女子チームには「ONE TAP SPORTS」を使っていただいていました。もともと現場から、月経の状態や体重変化、主観的コンディションを重ねて見たいという要望がありましたし、女子ラグビーや女子サッカーでは、膝の前十字靭帯損傷のリスクに関する海外論文も比較的早い段階から出ていました。そうしたことから、トップスポーツでは現場のニーズが先にあった、というのが実態です。
研究知見を現場に生かす
――女性アスリート300人を約1年間追跡した研究の結果として、月経周期のうち排卵期にケガ発生リスクが最も高まり、外傷・障害発生リスクは1.6~2.0倍高いと2025年3月に公表しています。こうした知見を得たことで、現場に変化はありましたか。
折笠:そうですね。研究に参加いただいたあるチームでは、排卵期付近に膝のテーピングを少し強めに巻くとか、痛みがなくても気をつけるようにする、といった介入をしていて、他のチームよりケガが少なかったという結果がありました。
もちろん、一つの事例なので科学的に正しい方法として全チームに当てはめることはできませんが、意識することで防げる場面があるのではないか、という手応えはあります。
――2025年には、三菱重工浦和レッズレディースの育成年代の選手たち向けに月経の基礎知識や女性アスリートの三主徴(エネルギー不足、無月経、骨粗鬆症)、食事などに関するセミナーを実施されています。成長期の選手たちへの働きかけも積極的にされているのですか?
折笠:はい。「ONE TAP SPORTS」を使っていただいている女子チームの中で要望があれば、女性アスリートとケガの関係をクラブと一緒に説明させていただく機会を持つことがありますし、さいたま市ではトップアスリートだけでなく、公立中学校の部活動の子どもたち向けに話したこともあります。月経は、一人ひとり症状が違うことを前提のもと、最低限知っておいたほうがいい知識は本来もっと広く共有されるべきだと思いますが、機会は多くありません。私は保健体育の教員免許を持っていますが、その教職課程でも十分に学ぶ機会があったとはいえません。だからこそ、啓蒙・啓発していくことは重要だと感じています。
“聞きにくさ”を、共有の仕組みで補う
――現場では、男性指導者が月経についてどこまで聞いていいか迷うことも多いと思います。データ化することで変化はありますか?
折笠:すごくあると思います。選手によっては、監督やコーチに直接は言いづらいこともありますし、全部を言葉で伝える必要があるとも思いません。でも、例えば月経のデータを見て「今日はこういう状態なんだ」と把握した上で接するだけでも、選手の受け止め方は違うと思います。スタッフ側も、聞くだけでハラスメントになってしまうかもしれない、と躊躇する指導者の方もいます。データを介せば毎回個別に踏み込んで聞かなくて済むので、その点で役立っているという声はあります。
――センシティブな情報だけに、共有範囲や見え方について設計上の配慮はありますか。
折笠:チームによって運用は異なりますが、私自身は、知っておくべき人が適切に把握しておくことは大事だと考えています。その上で、どこまで踏み込んで聞くかは関係性次第だと思います。ただ、隠すべき情報として扱うより、適切に理解し、適切にコミュニケーションを取ることのほうが大切だと思っています。
一方で、月経情報は非常にデリケートなものでもあります。チームとして入力欄を設けた場合は、全員が入力できる形になりますが、入力した場合選手は自分のデータしか見ることはできませんし、実際に入力するかどうかは、チームの方針や選手本人の意思に委ねられています。そこを無理に強制するものではありません。
――選手自身が自分の状態を把握しやすくなるという意味で、良い影響もありますか。
折笠:特に女子サッカーの現場は、そうした情報への感度が高いと感じています。現場からも、選手が気にするようになったとか、情報発信に反応してくれるという話を聞きます。オンラインセミナーのような場でも、関心は高い印象があります。
選手が自分の身体を理解するために
――今後、女子スポーツの現場におけるコンディション管理は、どう変わっていくべきだと思いますか?
折笠:私自身、もともとバレーボールを大学生までは選手として続け、大学院生以降は大学で指導者をしていたこともあるので、いろいろと思うところはありますが、一つ挙げるなら、選手自身がもっと自分の身体や状態に興味を持てるようになることだと思います。
そこにデータを活用することで、自分の身体への関心が高まり「自分はこう感じている」「自分はこうしたい」と言えるようになる。スポーツ界でそういう力を育てていくことが、結果的にパフォーマンス向上にもつながると思います。
――月経を含む「見えにくい情報」を扱う上で、最後に一番大切だと感じていることを教えてください。
宮田:私たちのデータや「ONE TAP SPORTS」は、入れた瞬間にすべてが良くなるというシステムではなく、大切なことはデータから読み取れることを「どう使うか」です。ケガの話も、月経の話も、まずは現状をきちんと認識することが重要です。
その上で、有効活用できているチームには共通点があります。それは、データが「共通言語」になっていることです。特に、異なる役割を担うスタッフの人数も多いプロや実業団、代表チームでは、時にアクセルとブレーキを同時に踏む、ということも起こりがちです。複雑な課題の場合でも、同じ絵を見て語り認識を合わせ、よりよい選択のためにデータを「共通言語」として有効活用していただいています。
――データを活用することは、選手と指導者の関係をどのように変えていくと思いますか。
宮田:データの導入前と導入後で、朝のミーティングの質が明らかに変わるチームもあります。勝敗そのものは多くの要素で決まりますが、少なくともコンディションを整えた状態で試合に臨める確率が上がる傾向があります。部活動のように、一人の先生が多くを見なければいけない現場でも、契約トレーナーが遠隔でサポートすることもできます。使い方は現場によって違いますが、今は選手たちも多くの情報を自分で取りに行ける時代なので、選手と指導者をつなぐインフラとしてONE TAP SPORTSが活用され、データを共通言語にする環境がここ10年間で整ってきた印象があります。
【連載前編】データはスポーツ現場の判断をどう変えたのか。71競技・1700以上のチームに広がる“共通言語”
【連載中編】ケガ予防はデータでどこまで可能になるのか? ONE TAP SPORTSが可視化した「休ませる判断」の根拠
<了>
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