フライブルクがブレーメンに所属する長田澪の獲得を発表した。移籍金はフライブルクのクラブ史上最高額となる約1500万ユーロ(約28億円)に上ると報じられている。
(文=中野吉之伴、写真=アフロ)
急遽“正GK”へ。直面したブンデス残留争いGK大国・ドイツのブンデスリーガでは、GKへの要求水準が極めて高い。ポジショニング、シュートセーブ、ビルドアップ、コーチング。どのクラブのGKも総合力が高く、的確な技術判断とその実践力に優れている。サッカー専門誌キッカーの採点では、GKが最高得点を取る試合がとても多い。
そんなブンデスリーガで長田澪(ブンデスリーガ登録名:ミオ・バックハウス)が高い評価を受けている。ブレーメンの1部残留の立役者としてファンから大きな称賛を浴び、今季の活躍を受けて、フライブルク移籍が決まった。
今季のブレーメンでの歩みは、簡単なものではなかった。シーズン開幕前にそれまで正GKだったミヒャエル・ツェッテラーがフランクフルトへ移籍。急遽正GKとしてゴールマウスを守ることになった長田だが、好守を連発して称賛された試合もあれば、矢面に立たされるような失点を経験し、悔しさを抱えてピッチを後にした試合もある。
GKというポジションの宿命でもあるが、一つのミスや一瞬の判断が結果に直結し、その評価を大きく左右する。だからこそ、このポジションでシーズンを通して高い評価を得ることは、並大抵のことではないのだ。
長田のピッチ上の立ち振る舞い、チームメイトとのコミュニケーション、難しい展開での前向きな姿勢。そこには先月22歳になったばかりという年齢を超越した成熟さを感じさせられる場面が少なくなかった。どんなに苦しい流れの中でも焦らず、味方を鼓舞し、コーチングを続け、自分が今できることに最大限の力を注ぐ。
メンタルトレーニングが築いた“土台”
今季最後まで残留争いに苦しんだブレーメンで、試合後ジャーナリストの質問に答えるのは簡単ではない。時に厳しい質問にだって答えなければならない。そんな中、長田が多くの試合後、メディアに対して冷静にチーム事情と自身のパフォーマンスについて受け答えしていたのがとても印象的だ。
その姿には、GKという孤独なポジションを戦う選手ならではの落ち着きとメンタルの強さが感じられた。それにはきっかけがある。
「オランダでプレーしていたころからメンタルトレーニングを定期的にしています。うまくいっていなかったころに、GKコーチが勧めてくれました。対話を通じてポジティブなことも、ネガティブなことも反映させています。GKというポジションは、頭の中をクリアにすることが大事です」
GKは、常に感情と隣り合わせのポジションだ。一つの判断ミスで勝敗の責任を背負うこともある。だからこそ長田は、ただ平常心でいるのではなく、そのバランスを意識的に作っていると明かす。
「リラックスと緊張感の間を見つけないといけない。ブンデスリーガのデビュー前となったら、より落ち着きが必要になるし、リーグで試合をするのが日常になったら、試合に向けて緊張感を高めることが重要になります」
落ち着けるだけではなく、最適な緊張感を自分で調整する。このセルフコントロール力こそ、今季の長田を支えた土台だったのかもしれない。
キャッチミスで敗戦…それでも長田澪が崩れなかった理由
その土台があったからこそ、一つ一つのプレーでも確かな成長につながった。ブンデスリーガという高いレベルの中で、長田は毎週のように新しい課題に直面し、そのたびに改善を重ねてきた。
「本当にいろんな経験をさせてもらって、良くなかったことは次の週にすぐ練習して、そういう面では本当に毎日成長できていると思いますし、それが自信にもつながっています。
シーズンを通して特に成長を感じさせたのが、失点やミスの後の振る舞いだ。
長田にとって悔やんでも悔やみきれない試合があった。第23節のザンクトパウリ戦。残留を直接争う相手に1-2で敗れたのだが、長田はこの試合でハウケ・バールの何でもないと思われたヘディングシュートをまさかのキャッチミスで失点。70分には藤田譲瑠チマに決勝点を許し、一時降格圏となる17位へ転落してしまった。そのような行き場のない感情をどう処理するか。長田は、経験を積み重ねる中で自分なりの整理法を身につけてきた。
「悔しいは悔しい。それでも切り替えなきゃいけないっていうのは確かにあるんですけど、そのサイクルが早くなったとは思います。試合が終わったら、その時に考え込むなりして、次の週にはまたスイッチを切り替えていけるようにとか、そういう自分なりのやり方は身についてきていますね」
大事なのは「細かいこと」。“伸びる選手”の共通点
ミスは必ず起こる。
毎日必死に戦ってきた充実感はこちらの想像以上のものがあったのだろう。シーズン終盤の言葉には、この一年を戦い抜いた選手ならではの時間感覚がにじんでいた。
「もうずっと一日一日で、一週間一週間で区切ってやってきて、本当にいつの間にか32節なんで。そういう面で言ったら、それは自分の中の正しいやり方なんだなと思って。『あと数試合』じゃなくて『今日やって、その後に次の試合がある』っていう考え方をずっとやってきました。それは間違ってなかったなと、自分なりの正解だったなと思います。あっという間でしたね」
もっとも、本人はまだ満足していない。今季の成長を問われても、長田が口にしたのは細部への取り組みだった。
「本当にニュアンスですかね。
スーパーセーブだけではない。長田澪が評価を高めた理由
長田がブンデスリーガ有数のGKと評価される背景には、そうしたディテールへの執着がある。シーズンを振り返る最後のやり取りでは、長田らしい柔らかな笑顔ものぞかせた。1-3で敗れた第32節アウグスブルク戦後だ。試合は落としたが、この日も長田は素晴らしいプレーでチームを支えていたのだ。
「最初の4試合に比べたら(笑)。実は今日ちょっとキーパーチームみんなで『今日半袖着るかどうか』って話してて。最初の4試合が半袖であんまり良くなくて、ロングにしてから良くなったみたいな(笑)。それが関係あるかわからないですけど、確かにすごい前進したなって。一直線ではなかったけど、ずっと自分の中ではいいことがいっぱいあったシーズンだったので、もちろんザンクトパウリ戦のプレーとか、勝ててない試合はありましたけど、その中でもいい部分の積み重ねがあったんで、自信にもなります」
GKというポジションで最も難しいのは、シュートを止めることではなく、目まぐるしく移ろい続ける環境の中で自分を信じ、保ち、成長へ矢印を向けること。それができたからこそ、冗談を交えながらも、そこにあるのは確かな実感だったはず。
GKとしてはまだ若い22歳という年齢で、シーズンを通して戦いきった。長田澪が今季、ブンデスリーガを代表するGKの一人として評価を高めた理由は、スーパーセーブだけではないのだ。
必要なのは、経験を積み上げ、それを確かな成長へと変える力。そして何よりのベースとなる、揺れない心だ。
<了>
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