2017年の全米スマッシュヒット「デスパシート」から、カーディ・B、J. バルヴィン、バッド・バニーの「I Like It」まで、業界関係者もポップミュージックのバイリンガル化へのシフトが進み、英語とスペイン語のバイリンガルアーティストたちが単一音楽市場を形成中だ。

2017年のアメリカを席巻した2曲はどちらもバイリンガルだった。
ひとつはルイス・フォンシとダディ・ヤンキーの「デスパシート feat. ジャスティン・ビーバー」、もうひとつはJ.バルヴィンのクラブヒット「ミ・ヘンテ feat. ビヨンセ」。いずれの場合も英語圏のシンガーがスペイン語で歌うことによって、スペイン語のポップスの優位性をを如実に表した。ジャスティン・ビーバーにいたっては、「デスパシート」をクラブで偶然耳にして、ぜひとも参加させてほしいと自ら申し出たほどだ。

これが、ストリーミング主体のご時世に世界的ヒットを狙う英語圏アーティストの新たな方程式だ。「世界No.1になるだけでは足りない。メキシコやスペイン、SpotifyやYouTubeのヘビーユーザー国でヒットを飛ばさなくては」と語るのは、グラミー賞受賞歴5回のプロデューサー、セバスチャン・クリス。シャキーラやカルロス・ヴィヴェスのアルバムも手掛けた人物だ。「以前は、アーティストもレーベルもスペイン語圏のマーケットを重視していなかったが、ある日突然、ラテン音楽のマーケット規模の大きさにハタと気づいたんだ」

彼らが2カ国語コラボレーションに移行するようになったのは、商業的な魅力だけではない。スペイン語圏と英語圏のポップシーンの隔たりは、ここ数年で急激に消滅しつつある。英語圏では近年、ラテンポップのドラムパターンをベースにした楽曲がメガヒットを飛ばしいる。「レゲトンのなかでも”デンボウ”と呼ばれるベースビートは、ここ数年どんどんポピュラーだね」と語るのは、ユニバーサル・ミュージック・ラティーノのマーケティング副部長、ホレイショ・ロドリゲス氏。「ジャスティン・ビーバーやメジャー・レイザー、リアーナの楽曲を聞けばよくわかる」

その一方で、バッド・バニーやDe La Ghettoといったスペイン語圏のラッパーたちは、アメリカのラップでおなじみのトラップビートで曲作りを始めた。
こうしたスペイン語圏ヒップホップの変化から、「La Ocasión」「Cuatro Babys」「Sensualidad」「Dime」といった大量のヒット曲が生まれた。あまりの大ヒットゆえに、ベテランアーティストたちもこぞって態度を変え、ストリートのテイストを受け入れるようになった。ファルーコのニューアルバムのタイトルは「TrapXFicante」。ロメオ・サントスも、トラップ寄りの楽曲「El Farsante」をリリースした。サルサの大御所ビクトル・マヌエルでさえも、バッド・バニーをゲストに迎えた。

英語圏のアーティストたちはレゲトンに関心を寄せ、ラテン系ラッパーたちはトラップに興味津々。こうした相互作用から、J.バルヴァンのプロデューサーであるアレハンドロ・”スカイ”・ラミレスが言うところの「2つの世界の架け橋」が生まれた。コロンビアのカロル・Gのボーカルは、メジャー・レイザーのレゲトン系「スワ・カラ」のビートによく馴染んでいるし、ニッキー・ミナージュのようなアメリカのラッパーたちもまた、ファルーコの「クリッピー・クッシュ」に合わせて見事に言葉を重ねている。

ここ数カ月、ヒットチャートはこうした楽曲であふれかえっている。Demi Lovatoとフォンシが「Echame La Culpa」で誘惑と拒絶のはざまで揺れ動く心情を歌い、バッド・バニーはFutureと組んだ「Thinkin」の中で、ジゴロの日常を語る。「1,2,3」では、Sofia ReyesがJason Deruloの手を借りて ”ダメ男”に別れを告げ、Karol GはShaggyプロデュースの「Tu Pum Pum」で、ジャマイカのダンスホールとレゲトンの関係を見事に表現した。

スペイン語圏と英語圏のコラボレーションは幅広い層に受け、4月にカーディ・Bが『インヴェイジョン・オブ・プライバシー』をリリースすると、その勢いはさらに加速した。
アルバムの中の1曲、J.バルヴィンとバッド・バニーをフィーチャリングした「I Like It」は、1960年代ブーガルーの名曲「I Like It Like That」のサンプリングを軸にした楽曲だが、アトランティック・レコードはレゲトンのヒットメーカーMarcos Tainy Masisにプロデュースを依頼。Masisはクラブ受けのいいフュージョンを目指し、ドラムの音作りにこだわったという。「ヤワな音じゃだめ。あっと言わせるにはヒネリが必要なんだ」

そのヒネリが功を奏し、「I Like It」はクラブの外でも鳴り響いた。そして『インヴェイジョン・オブ・プライバシー』最大のヒットチューンとなり、アルバムリリースから1週間で、HOTホット100で初登場8位にランクインした。当然、マシスの信奉者たちもこれに目を付けた。マシスは、ドレイクのプロデューサーBoi-1daと会った時を振り返って言った。「彼は、『I Like It』からインスパイアされた別のビートを考えたよ、と言ってきた。ラテンの音をサンプリングして、もっとトラップを効かせたドラムにのせるんだとね」

いま巷に出回っているバイリンガル・コラボレーションの例を見回して、ラミレスは「いい傾向だ」と語る。

「将来的には、英語だのラティーノだのという区別はなくなる。これからは、みんな同じ1つの音楽マーケットで勝負することになるだろう」
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