なぜスタジオなのか。なぜ生ドラムの良い音が必要か。人が直接集うことでどんな未来が生まれていくのか。プロジェクトをより詳しく知るべく、RSJでは2回連続インタビューを敢行。第一回のゲストは盟友ストレイテナーのホリエアツシ。この対談は、NPO法人「アップルビネガー音楽支援機構(APPLE VINEGAR -Music Support-)」の一員である古賀健一氏のスタジオ、Xlomania Studioで行われました。
後藤正文を創立者とするNPO活動 「アップルビネガー音楽支援機構」のクラファンは9月27日よりスタート(受付期間は~12月15日まで)。音楽家支援を目的とした滞在型音楽制作スタジオ「Music Inn Fujieda」を完成させるべく、明治時代から残る静岡県藤枝市の土蔵(お茶の倉庫)をレコーディングスタジオに改修し、隣接するビルを宿泊施設とコミュニティスペースとして整備することを目的とし、「5,500万円」の目標金額を設定。改修費を上回る支援が集まった際は「MUSIC Inn Fujieda」の運営費に充てられる。
生活と地続きでバンドをやってもいい
一現在、クラファンが始まって数週間、だいぶ盛り上がってますね。
後藤:ありがとうございます。だいぶ、なんとか。
ホリエ:そんなかかるんだね。やっぱり(作るのが)イチからだからか。
後藤:そうそう、建物自体に費用がかかる。この部屋(Xylomania Studio)でもたぶん1000万以上かかってるはず。スタジオって基本、建物から浮いてる状態で作らなきゃいけないから。絶縁することで、別の階に振動を与えないようになってる。
Photo by Tetsuya Yamakawa
一スタジオってどんな場所なのか? そんな疑問を今日はいろいろぶつけたいと思ってます。その前に、ゴッチがスタジオを作るって聞いた時、ホリエさんはどう思われました?
ホリエ:あ、でも自分のプライベートスタジオ(「Cold Brain Studio」)がすでにあるから、その延長というか。あそこは自宅みたいなもんだから開放はできないでしょ。だからまぁ時間の問題。そういうことをやる人だろうな、とは思ってました。
後藤正文のプライベートスタジオ「Cold Brain Studio」。ここからさまざまな機材が「Music Inn Fujieda」に提供される
一お二人は昔からの仲間、同期にあたる間柄ですよね。
ホリエ:うん。インディーズからメジャーに行くタイミングが一緒だった。そういう意味では同期ですね。まだお互いハコを埋められない頃に出会ってる。それぞれ客が20人とか30人だった頃。
後藤:お互い新人でね。確かにそんな時代でした。
一世代で括るのも乱暴だけど、前時代のロッカーズとは違う感覚ってあったと思います? ざっくり言えば90年代はブランキーやミッシェルがロックバンドを象徴する存在でした。
ホリエ:……ああなりたかったけど、なれなかった感じはあるよね?
後藤:一度は憧れた。やっぱりチバユウスケになりたいって思った。
ホリエ:でもあの世代って、同じ地面に立ってる人間とは思えない感じがあって。俺たち世代って、ファンと同じ目線、同じ地面に立ってるバンドなんだよね。だから「誰でもバンドできるんだ世代」になったんだと思う。
一より広く門戸を開いた、という言い方もできます。
後藤:そうですね。生活と地続きでバンドをやってもいい感じ。でも羨ましかったですよ。ライブ帰りにバーで喧嘩して帰る、みたいな人たちの伝説が(笑)。そういう伝説性、俺らにまったくないから。
ホリエ:ビン投げたりしないよね(笑)。たぶん、まずバンドを好きになって自分でもやろうって思う、そのハードルが少しなだらかになってきた時代だったと思う。もちろん過渡期ではあったけど。
後藤:俺はオアシスとかマンチェスターの人たちの音楽を聴いて「やれるかも」って思っちゃったから。本当にワーキングクラスの、何も持ってない人たちが世界のロックバンドになっていく。そこにヤられてるから。まず不良であることがスタートだったら、そもそもバンドなんて絶対できなかったと思う。
Photo by Tetsuya Yamakawa
一強烈な不良やスターになりたいわけじゃなく、ファンの目線のまま音楽をやりたかった。これは今作っているスタジオ計画に繋がるところもあります?
後藤:あると思いますね。うん、やっぱり音楽が稼ぐための手段じゃなくて、音楽が目的である人たちと共にありたい。で、この年になっても好きでバンド続けてる人たちって、 もう生活の一部として音楽をやってますよね。働きながら、本当に好きなものを作りたいと思ってる。でもその現場って意外と恵まれてなくて。結局「都内の有名スタジオ使えますか?」って言っても、そんな予算ないわけで。
ホリエ:そうね。たとえば記念としてね、別に売るためじゃなく、ただ残したいから作品作りたいっていう人もいるとは思うんだけど。でも、街のスタジオで「レコーディングもできます」みたいな看板があるところ、たまにあるじゃん。それだとやっぱりそのレベルになっちゃうよね。
後藤:そう。そこで記録するには惜しい音楽がたくさんある。だから、最初にあった精神性は今も根底にある気がしますね。地方っていう意味のローカルじゃなくて、テレビの世界のスターじゃないって意味でのローカル。そこと繋がっていたい気持ちが今もありますね。
スタジオの「いい音」って何で決まる?
一今ホリエさんが言った「街のスタジオだと、そのレベルになる」という話。プロのスタジオとはどんな違いがあるんでしょう?
ホリエ:わからないですよね、そういうの。実際スタジオを使ってエンジニアさんの仕事を見て、初めてわかること。
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一そう。たとえばよく映像で見るスタジオって、演奏する空間があり、ガラス越しにエンジニアさんの座る卓があるイメージで。ここはまた全然違う空間ですよね。このへんの違いも私、わかってないです。
後藤:あぁ。このスタジオ(Xlomania Studio)は基本的にミックスに特化してる場所ですね。録音した音を、そのあと立体音響でミックスしていく。ここは非常に高いスピーカーが何発も入っていて、重低音も出ますし。だから映画の音もミックスできる。録るスタジオとミックスするスタジオ、最近は分割していることが多くて。
一録るスタジオは、もう少し広さが必要ですよね。
後藤:うん、もっと広い。天井もこの倍ぐらいあったほうがいい。あとはあんまり簡素な作りだと外の音が入り込んじゃう。たとえば車の音がずっと聞こえてると困るんですよね。だからある程度の遮音性は必要で。ただ、日本だとそんなスペースを確保するのがなかなか難しい。
ホリエ:そう、スタジオ運営も難しいって言うよね。「あそこなくなった」みたいな話も聞くし。グリーンバードって、新宿御苑かな、お化けが出るって言われたスタジオがあって。そこでストレイテナーは「TENDER」ってシングルを録ったんだけど、エンジニアさんから聞かされる怪談がめっちゃ怖かったの覚えてる(笑)。
後藤:グリーンバード、なくなっちゃったね。僕らも1stアルバムの時に使いました。あとは最近だと、渋谷の文化村スタジオも閉鎖になって。
一消えていく場所がけっこう多い。他にも記憶に強く残っているスタジオってあります?
後藤:あー……すごいなって思ったのはビクタースタジオ。ほんとでっかいの。しかも桑田佳祐さんが愛したと言われる唐揚げが出前で取れる(笑)。アガるよね。あのビクタースタジオで、スカパラとアジカン(2019年、スカパラのバンドコラボとして発売された「Wake Up!」)で一発録りしたんだけど。バンド二つが入ってセットが組めるくらい広い場所だった。
ホリエ:へぇー。すげぇなぁ。
後藤:あと横浜のランドマークスタジオ。こっちはずっと使ってますけど。
ホリエ:でもめちゃくちゃ高いよね、ランドマークスタジオ。
後藤:そうだね、高い。でも、あそこも音響が素晴らしいから。
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一いいスタジオの「いい音」って、何で決まるんですか?
ホリエ:タイコでしょ。
後藤:でもまぁ……身も蓋もないことを言うと演奏なんですよ。
一あ、そうですね(笑)。
後藤:演奏が良くないといけないっていうのは、どこで録ろうが絶対の真理で。だから機材に関しては演奏に近いものから良くするのが好ましい、みたいな。マイク、マイクプリアンプ、みたいな順序の話になっていくんだけど。で、今ホリエくんが「タイコ」って言ったけど、実際ほんと、ロックバンドに限らず、現代のポップミュージックで一番大事なのってビートなんですね。ビートをどう良く録るかが肝心なところ。
ホリエ:エンジニアのこだわり、まずドラムに出るもんね。有名なエンジニアってだいたいドラムの音が特徴的。(スティーヴ・)アルビニとか。
一人によってそんなに変わりますか。
後藤:変わります。ミックスもだいたいドラムから作るんですよ。ミックスメーターも「まずドラムでここまで」っていう指標がある程度あって作るんですけど、音量とかもほぼドラムで決まっちゃう。最初のドラムで……何%ぐらいかなぁ、まぁ全体の80%ぐらいはドラムの音で決まる気がしますよ。
一そんなに?
後藤:まぁ、割合は音楽によって違うだろうけど、少なくとも半分以上はドラムが、ビートが占めている領域で。ゆえに予算もかかるんだけど、ただ、インディのバンドだとそこがどうしても抑えられがちなんですよ。今は特に「いや、ドラムなんて打ち込めば終わるじゃん」みたいに考えられてしまう時代で。
ホリエ:ははは。そうね。
後藤:どうしてドラム録音にそんなにお金をかけるのか、そのコンセンサスが得られづらくなってきてる。だからドラムをどうしようっていうのはみんなに共通した切実な悩みになるんですよ。いい環境で録ろうとするとスタジオ代がやたら高い。たとえば一日で20、30万使い切るって言われると「今日でドラム全部録らなきゃ!」っていうことになっちゃうから。
一びっくりする価格。一日で20、30万は確かにキツい。
後藤:そうですよね。だからドラムをまずは落ち着いて録れる、そういう場所を用意してあげたい。ギターなんて今やいろんなソフトとシミュレーターがあるから、みんな自宅で録ることもできるんですよ。でも、ドラムに関してはマルチトラックレコーディングをしなきゃいけない。そこはやっぱり環境が必要なんです。あとは専門的な知識も必要だから、誰かのアシストなくしてはいい環境に辿り着けないし。ただ、相互扶助みたいな感じで開かれてるスタジオってなかなかないんですよね。プライベートスタジオを持ってるミュージシャンは多いんだけど。
「Music Inn Fujieda」の内観イメージ。天井が高い「蔵」の特性を活かした「生ドラムの良い音」を録音できる環境をめざす(©株式会社光嶋裕介建築設計事務所)
スタジオに改築する、明治期に建設された築約130年の土蔵(Photo by 八木 咲)
一ミュージシャンは、(プライベートスタジオを)成功の証として自分で使うだけなんですか。
後藤:そこはやっぱり怖さがあると思う。変な使い方したら普通に壊れるから。
一あー、素人が押しちゃいけないボタンを押しちゃうとか。
後藤:そんな爆破ボタンみたいなもの、ないんだけど(笑)。でも機材によってはかなりデリケートなものがあったりするし。
ホリエ:実際、スタジオってしょっちゅうトラブル起きるもんね。維持する難しさはあると思う。人件費の問題も。
後藤:そうそう。電気代やメンテナンスもあるし。だからぶっちゃけ、誰がやってもスタジオってそんなに儲からないもので。同じ面積で建物を造るなら分譲マンションにして売ったほうがいいでしょう、みたいな短期的な話になってくる。海外でも、半分は文化を守るような目的で誰かがお金出したりしてるから。そういう意思がないと成り立たないっていうのはありますね。
相手を頼ることで、自分にしかできないことが最大限にできる
一それでもゴッチはオープンなスタジオを、みんなに開いていきたい。
後藤:そう。たぶんホリエくんもそうだけど、ずっと手探りでレコーディングやってきた中で「これ早く教えて欲しかったな」っていうこと、ない?
ホリエ:あるね。何がなされているのか知れたらいいなって思うことが多かった。特にインディーズ時代なんて、知らない大人と仕事してる感じだったから。
一スタジオ作業って、演奏するミュージシャンが置いてきぼりになっちゃうことがよくあるんですか。
ホリエ:もちろん長くやっていけば世代も一緒になるし、お互い情報交換もできるんだけど。ただ、あんまり多くを語るエンジニアがいないかもしれない。
後藤:アーティストっぽく前に出てくるエンジニアさんも少ないしね。職人は名前を出さない、みたいな。だから技術や情報がブラックボックスに入りがちだよね。お互い分業が成立しすぎてる感じもあって。でも、ミキシングもはっきり言えばアートだと思うから。そういうエンジニアも今後、藤枝で育ってほしい……育てるというか、勝手に出てくると思うんですよね、もうこの時代。
ホリエ:今、DTMで曲作ってる人たち、モニター上には実機の名前が表示されてるのを見てるよね。これを実際の楽器、機材でやりたい人、たぶんいっぱいいると思うんですよ。宅録で完遂できたとしても。「これが本物か」「これを通すとこんな音になる」みたいなこと、経験してみたい人がいると思う。
後藤:そうだよね。デスクトップミュージックしかやったことない人にも開かれた場所でありたいし。ただの場所貸しじゃなくて、みんな参加者になってくれたらいいなと思う。もちろんノウハウは教えるけど、よく使ってくれるバンドやエンジニアには使い方も覚えてほしいし、もう自分たちでDIYで完結できるのが理想だし。「お金だけ払うから至れり尽くせりでやってください」じゃなくて。「ここは私たちの場所だ」って思ってくれる人たちが使う場所になったらいいなと思う。そうしないとただの価格競争になっていっちゃうから。
ホリエ:あぁ、なるほどね。
後藤:商売がしたいわけじゃない。みんなが喜んで使ってくれたらそれでいい。それはまだ勝手に思ってるだけなんで、作ってみて、みんなと話し合って「どうやったらやりやすいか」「どんな人が足りないか」とか、それは5年くらいかけてやるしかないと思ってますね。まったく新しい運営スタイルになるんだろうし。
Photo by Tetsuya Yamakawa
一こういうスタジオ、今まで日本に例がないものなんですか。
後藤:そんなこともないけど……誰かオーナーひとりが抱えるところが多いんじゃないですかね。NPOでやること自体が不思議なケースで。これで俺がオーナーだったらもっと話は早いんですけど。
一ゴッチは今、どういう立場なんです?
後藤:僕はNPOの理事。どういう立場なんだ?って言ったら……言い出しっぺ、ぐらいの話(笑)。だから、こうやっていろんなこと断言してる風だけど、最終的にはスタッフと話し合って、理事会で認証しないと進まないことで。これも俺、実はいいことだと思ってる。俺の妄想で変な方向に走っていく可能性が低い。逆に言うと面白いことを言ってもいい。たとえ破滅的なアイディアを言ってしまったとしても、誰かが諌めてくれる環境ではあるし。
一今の話からホリエさんが寄せた応援メッセージを思い出しました。「相手を頼ることで、自分にしかできないことが最大限にできる」っていう。
ホリエ:そうですね。全部ひとりで作るって限界があるんだけど、まぁできるならひとりでやっちゃう、誰からも文句言われないから楽だ、っていうのはあると思う。でも、誰かと一緒に作ると「自分はここにはめちゃくちゃ集中したい」っていうのが、人に任せることでより伸びていく。それをレコーディングエンジニアが受け止めてくれるし、アドバイスもしてくれるから。だから、できる人を頼る。それを僕はいいことだと思っていて。何から何まで自分でできなきゃ、とはまったく思ってないんですね。そう思った時代もあったけど、ここまで来るともう違うなって。
後藤:そういう意味では人がジャッジしてくれることがありがたい。バンドやってる意味にも繋がってくるよね。「今の歌、良かったよ!」なんて言われても、自分だったらまずそうは思わないテイクとか、よくあるし。思ってもみない部分が実は自分の魅力だったりする。
ホリエ:ピッチがズレてなかったら、ぐらいのこと考えてたのに「ズレててもこっちの方がニュアンス格好いい」って言われてびっくりしたり。
後藤:そうそう。それはスタジオだけじゃなく、コミュニティとかバンドが存在する意味でもあって。チームだから役割分担ができるし、その集いの中でさらに補っていけるわけで。だからこれからのスタジオ、実は人の紹介もしなきゃいけない。
一人の紹介?
後藤:うん。たとえばLOSTAGEは(エンジニアの)岩谷啓士郎が録ってる、彼のギャラはこのぐらいだよ、みたいな話、わかんないじゃないですか。別に公開する必要ないし、連絡先さえわかれば、それぞれ交渉すればいい話なんだけど。そういうプラットフォーム的な役割もできたらな、と思いますね。別に藤枝だけが盛り上がればいいわけじゃないんで、他にも面白い場所ありますよ、こういう安いプランで、いいスタジオが意外とありますよ、みたいな情報もシェアしていきたいし。
ホリエ:あぁ、それはネットワークにしたらいいかもしれない。
一スタジオ同士、フリーで動くエンジニア同士、そしてミュージシャン同士が、緩やかに繋がって情報が回っていくのが理想。
後藤:そう思います、本当に。ちゃんとしたインディ界隈をみんなで作っていかなきゃいけないし、そこからどんどん人が生まれてこないとシーン全体も先細っていっちゃう。だから、私たちのこういう精神を一緒に抱えてくれて、素晴らしいミックスをしてくれるエンジニアに参加してもらって、みんなで一緒に育っていく。それでシーン自体が成熟していくのが理想って感じですね。
Photo by Tetsuya Yamakawa
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