アルゼンチン出身のラッパーで、今夏のフジロック出演も決定しているトレノ(Trueno)が通算4作目となるアルバム『TURR4ZO』をリリース。スペイン語ヒップホップの可能性をグローバル規模で更新し続ける彼の最新モードを、音楽ライターの渡辺志保に解説してもらった。


Trueno『TURR4ZO』徹底解説 アルゼンチン最重要ラッパー、ルーツへの誇りを体現した「俺たち」のヒップホップ

Photo by Agustín Gómez

アルゼンチン音楽史を編み直すサウンド

ブエノスアイレスのヒップホップ・シーンの牽引者でもあるトレノ(Trueno)。2002年生まれで、父親は地元で長く活動してきたレジェンド級のラッパーというバックグラウンドを持つ。10代の頃から名だたるラップ・バトルのタイトルを手にし、これまでにラテン・グラミー賞をはじめ、賞レースでも輝かしい成績を収めてきた。そんな彼が4作目のアルバム『TURR4ZO』をリリースした。前作『EL ÚLTIMO BAILE』(2024年)はアルゼンチン国内のチャートで首位を獲得し、リリースから1カ月足らずでSpotifyでの再生回数は2億3000万回以上をマーク。国内はもちろん、グローバルな存在感を決定づけた作品となった。

制作までに約1年半を費やしたという『TURR4ZO』は、これまで以上に自分のルーツをラップとビートで体現した実践的な内容に仕上がっている。本作のコンセプトを「自分を育ててくれた〈バリオ〉〈国〉〈文化〉という、最も重要な3つの対象への献辞」と自ら評し、リリックはもちろん、サウンド面でも故郷のブエノスアイレス、そして自身もルーツを持つウルグアイへの誇りを体現しきってみせた。

アルバムのリリースに先駆けたインタビューでは、アメリカでのソングライティング・キャンプをいくつも経験したと語ったトレノ。加えて、最近では北米のみならずヨーロッパでのグローバル・ツアーも成功させたばかり。2025年は、ゴリラズとのツアーも経験した。インターナショナルなマーケットを意識するようになったトレノは、同時に、アルゼンチン人としてのアイデンティティについても再認識するようになる。


壮大な始まりを感じさせられる冒頭の「CON EL COMBO」で大胆にサンプリングされているのは、”アルゼンチンのエルヴィス”との異名を持つ国民的シンガー、サンドロ(Sandro)が1969年に発表した楽曲「Fácil de Olvidar」だ。不穏なアンダーグラウンドの雰囲気を纏う「Delivery Freestyle」にはアルゼンチンのフォルクローレ兄弟デュオ、カティ&ロベルト・カラバハル(Cuti & Roberto Carabajal)の「Cuando Me Abandone El Alma」を、「PUMAS」では反体制的な姿勢でも知られたシンガーソングライターで文筆家でもあるファクンド・カブラルの「No soy de aquí, ni soy de allá (En vivo)」をサンプリングし、「X UNAS LLANTAS」にはタンゴの有名曲「Por una cabeza」の他、アストル・ピアソラやチャケーニョ・パラベシーノの作品の一部もコラージュのように散りばめられ、メレンゲやマンボのリズムを行き来する。

そして、表題曲とも言える「TURRAZO」では2010年代初頭にクンビアとレゲトンを融合させてアルゼンチンのストリートで人気を得た音楽グループ、ロス・ワチトゥーロス(Los Wachiturros)の代表曲「Tírate Un Paso」を大胆にサンプリング&引用し、世代を跨いで地元のストリートの熱気を伝えている。他にも、ピベス・チョロス(Pibes Chorros)、ミランダ!、チャーリー・ガルシアら、枚挙に暇ないほどのサンプリング・ソースが挙げられる。「アルゼンチンやラテンアメリカ固有の音楽をサンプリングしてヒップホップを作る。それによって、僕らのヒップホップ、僕らのスタイルの〈指針〉を見つけられたと思っている」とはトレノ本人の弁だ。

このような土着的かつ歴史的な音源を、ヒップホップのエッジーさとともに仕立て上げているプロデューサーの一人がエル・グインチョ。スペイン人であるグインチョは、ロザリアのグローバルなブレイクを支えた名プロデューサーでもあり、カミラ・カベロやチャーリーXCXやJENNIE、BTSまでをも手がけ、21世紀のポップ・サウンド史を塗り替えつつある人物でもある。グインチョはトレノの前作『EL ÚLTIMO BAILE』にも大きく関わっており、加えて、活動初期からトレノの作品を担ってきたアルゼンチン人プロデューサーのタトゥール(Tatool)が本作にも参加。グローバルにウケるクオリティを保ちつつ、ローカルの歴史的なサウンドと、ヒップホップのエッジーかつ挑戦的なバランスを見事に調和できているのは、このタトゥールのフレッシュな手腕によるところも大きいのではないかと見ている。

本作の豊かさは、トレノの視点を補強する同郷のアーティストたちにもある。「PUMAS」でヴァースをキックしているのは、トレノと同じくブエノスアイレスの新鋭ラッパーとして注目され、ラテン・グラミー賞へのノミネート経験も持つミロ・J(ちなみにトレノはミロのことを「怪物(マキナ)」と形容している)。
ノスタルジックなディスコ・テイストの「90s」にフィーチャーされているのは、ラテン・ポップのアイコンでもあるマリア・ベセラだ。ほか、「GRILLZ」には同郷であり国内のトラップ・シーンを盛り上げるネオ・ピスティーが、そして、「100 HORAS」にはアルゼンチン・ロックのレジェンド、アンドレス・カラマロまでもが名を連ねる。さらに、父方が全員ウルグアイ系だというトレノが、「URUGUAY」に招いたのは、ウルグアイの黒人音楽界の巨匠と名高い、ルーベン・ラダ(Rubén Rada)だ。

「バリオ」から世界へ、主役は俺たち

本作で、そしてこれまでも常にトレノが声高にラップしてきたメッセージは、「バリオから来たラッパーだ」ということ。アメリカのヒップホップ的文脈で言うところの”フッド”に近い意味合いを持つバリオ。冒頭の「CON EL COMBO」では、自分の主戦場をサッカーのピッチになぞらえ(トレノの地元であるブエノスアイレスのボカ地区はマラドーナの古巣でもあり、サッカーの聖地としても知られる)、サッカーの試合を盛り上げるチャントのごとく「このピッチで輝くのは俺たちだ」と、今回の主役は誰なのかを高らかに宣言する。そう、『TURR4ZO』の主役は、あくまで”俺たち”なのだ。

トレノは「アルバムのタイトルになった”Turrazo”は、自分みたいなキッズを形容する言葉。労働者階級や、夢を追う若者たち。自分みたいに何もないところから這い上がって、絶対にやってやるぞというハングリー精神を持ち合わせているヤツら。自分は、特別な存在ではなくて、普通の人と何ら変わりはない。だからこそ、そういうヤツらにとってのロールモデルになり得るんだ」とタイトルが持つ意味について明かしている。
アルゼンチンで「Turro(トゥーロ)」という言葉は、バリオ出身者を指す言葉でもあり、同時に侮蔑的な意味を持つ。しかしここでは、地元の仲間意識を増強するための「Turrazo」へと変形させ、さらにトレノにとって重要な意味を持つ「4」という数字を掛け合わせた「TURR4ZO」へと進化した表記になった、というのがタイトルの背景だ。「PUMAS」ではアルゼンチン独立戦争の際に身を差し出して戦った英雄、ファン・バウティスタ・カブラルと、ラッパーとして戦い続ける自分とを重ね合わせてラップする。

ラッパーとしてのキャリアも申し分ないほどに積み、今年の夏にはいよいよフジロックでの初来日も控えるトレノ。彼のスケールが拡がれば拡がっていくほど、その焦点はただ一点を見つめ続ける。それが、彼の故郷であるラ・ボカ(ボカ地区)だ。『TURR4ZO』は若き一人のラッパーが重層的にルーツを描いた大作であり、そこから我々が学び取れるものは非常に大きい。

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トレノ
『TURR4ZO』
配信中
再生・購入:https://TruenoJP.lnk.to/TURR4ZORS

FUJI ROCK FESTIVAL '26
2026年7月24日(金)~26日(日)新潟・苗場スキー場
※トレノは7月25日(土)出演
公式サイト:https://fujirockfestival.com/
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