ケラーニ(Kehlani)が、自身の誕生日である4月24日、セルフタイトル・アルバム『KEHLANI(ケラーニ)』をリリースした。グラミー賞2冠を達成した先行シングル「Folded」を起点に、ブランディー、アッシャー、ミッシー・エリオット、カーディ・B、リル・ウェインら豪華ゲストが集結。
ベイビーフェイス、ジャム&ルイスといった名匠もプロデュースで参加し、90~2000年代R&Bの魅力を現代の感性で蘇らせた一作だ。波乱の人生を経て今まさに全盛期を迎えた彼女の現在地を、ライター・コラムニストの長谷川町蔵が解説する。

現在、ヒットチャートで支配的なポップ(K-POPを含む)は、90年代からゼロ年代にかけてのR&Bを意識したものが多い。複雑化したトラップ以降のヒップポップに対して、メロディアスでキャッチーだからだろう。だが肝心のボーカルは、オートチューンで整えたメロディのわかりやすさをアピールするかのようなユニゾンばかりで、あの時代の”グォッ”と音を立ててくるかのように立ち上るハーモニーの妙、そして複雑なコードワークが醸し出すセンシュアルなムードが圧倒的に不足している。もっとも、それはサブスク時代のリスニング環境では求められていないからこそ、切り捨てられた要素ともいえる。

そんな中、あえてこうした要素を前面に掲げた”攻めた”アルバムを、31歳の誕生日にリリースしたのが、ケラーニである。タイトルは『KEHLANI』。自分の名前を掲げた理由について、彼女は「音楽の中に純粋な楽しさを見出した現在の自分を反映しているから」と述べている。その”純粋な楽しさ”こそが、自身が生まれる前後に全盛期を迎えていたR&Bなのだろう。

この路線に、ケラーニが踏み出す決定打となったのが、2025年6月にリリースしたシングル「Folded」がBillboard Hot 100で自身最高位となる7位を記録する大ヒットとなり、彼女にとって初のグラミー賞を受賞したことだった(2026年「最優秀R&Bパフォーマンス賞」「最優秀R&Bソング賞」の2冠)。

乗りやすさだけを基準にしがちな昨今のトレンドに逆らうようなスロージャムであること自体、極めてあの頃のR&B的なのだが、歌詞の方もまた然り。
主人公は、別れた恋人が置いていった服を丁寧に畳み(Folded)、「服があるから取りに来て」と未練がましく連絡し、サビで「あなたの体に決めさせて」と懇願するのだ。「昔の自分は関係が終わったらすぐに扉を閉めて鍵を捨てるような人間だったが、物事はそう簡単に使い捨てではない」と気づいたことが、この曲の詞を書いたきっかけだったという。この割り切れない感情こそが、往年のR&Bの歌詞のキモだった。

ケラーニ自身も、この曲を作るにあたって往年のR&Bを意識していたことは、この曲のリミックス・バージョンにデュエット相手として呼んだシンガーの顔ぶれを見れば明白だ。彼女にとっての少女時代のアイドルだったブランディを筆頭に、トニ・ブラクストン、マリオ、ニーヨ、ジョジョ、そしてタンクというディープさである。そして、この曲の世界をアルバム全体に押し広げたのが『ケラーニ』だったというわけだ。

アルバム全体のプロデュースを手がけたのは、「Folded」のほかにSZA「Snooze」を手がけた実績を持つヒットメーカー、クリス・リディック=タインズ。現代的な質感とミニマルなトラック・メイキングを得意とする彼に加えて、プロデュースチーム「The Underdogs」の元メンバーであり、ベイビーフェイスとも長年協力関係にあるトニー・ディクソンが、多くの曲でコード進行やボーカルプロダクションに協力している。さらに曲ごとのゲスト・プロデューサー/コンポーザーとして、ディクソンの師ベイビーフェイスをはじめ、ジャム&ルイス、ジャーメイン・デュプリ、リッチ・ハリソンといった当時のヒットメイカーたちを招聘。

リディック=タインズ、ディクソン、レジェンド・プロデューサーの三者が組むことで、ケラーニの音楽は「SZAのような現代的な空気感」と「ベイビーフェイスのようなコードワークやハーモニー」、そして「伝説の継承」を同時に手に入れたのだ。

またゲスト・ボーカル/ラッパーには、カーディ・B、レオン・トーマスといった旬のメンツに加えて、前述のブランディをはじめ、アッシャー、ミッシー・エリオット、クリプス、リル・ウェイン、リル・ジョン、T-ペインなど、当時のシーンを代表していたアーティストが招かれている。

こうした反トレンド的なコンセプトを掲げながらも、『ケラーニ』はBillboard Top R&B/Hip-Hopアルバムチャートにて初の1位を獲得。
収録曲の「Folded」は全世界2億6800万回以上のストリーミングを突破した。彼女がそれを成し遂げた理由には、自身の複雑な生い立ちやセクシャリティ(レズビアンであることを公表)、メンタルヘルスの葛藤を隠さず歌詞に落とし込む、圧倒的な自己開示がファンに強く支持されている点が大きい。

アフリカ系、白人、ネイティブ・アメリカン、スペイン、フィリピンなど多様なルーツを持つケラーニ・アシュレイ・パリッシュは1995年、カリフォルニア州オークランドに生まれた。父は彼女が幼い頃に死去、母は服役していたため、叔母に引き取られて育てられたという。もともとはジュリアード音楽院を目指すほど前途有望なバレエダンサーだったが、中学時代に膝を負傷し夢を断念。14歳で地元のポップグループ「PopLyfe」に加入し、2011年には人気番組『アメリカズ・ゴット・タレント』で決勝4位まで進んだ。しかしマネージメントからは搾取され続け、17歳の頃に脱退。一時期はホームレス同様の生活を送っていたという。

そんな彼女の窮状を知った『アメリカズ・ゴット・タレント』の司会だったニック・キャノンが救いの手を差し伸べて、ソロ活動の足がかりを提供。2014年の『Cloud 19』で注目され、2015年の『You Should Be Here』で初のグラミー賞ノミネート。そして2026年に「Folded」で、ついにグラミー賞2冠を達成したのだった。

苦難の少女時代を経て、現在ではヘルスケアのスタートアップを創業したり、セクシャルウェルネスブランドとコラボして大人向け玩具をプロデュースしたりするなど、実業家としての一面も持つケラーニの人生そのものが、R&Bの歌詞のようなドラマチックさに満ちている。
波乱の人生をそのまま歌った彼女の音楽を聴くことは、一人の人間の成長記録を辿るような体験であり、その語り口とR&Bという人間臭い音楽のスタイルが一致しているのが、アーティストとしてのケラーニの魅力となっている。

だから『ケラーニ』が提示しているのは、単なる懐古趣味ではない。時代とともに削ぎ落とされてきたハーモニーや感情の揺らぎ、そして関係性の曖昧さといった要素を、いまの時代の感覚で再生したなら、均質化したサウンドの中で失われつつあった「人間らしさ」は取り戻せるのか。こうした音楽的な問いに対するひとつの回答が、このアルバムなのだ。

ケラーニ『KEHLANI』論──均質化したポップの時代に取り戻された“揺らぎ”

『KEHLANI(ケラーニ)』
ケラーニ
ワーナーミュージック・ジャパン
配信中
https://wmj.lnk.to/KL_KL_AL

01. Intro / イントロ
02. Anotha Luva (feat. Lil Wayne) / アナザ・ラヴァ feat. リル・ウェイン
03. No Such Thing (feat. Clipse) / ノー・サッチ・シング feat.クリプス
04. Folded / フォールデッド
05. I Need You (feat. Brandy) / アイ・ニード・ユー feat. ブランディー
06. Oooh / オー
07. Back and Forth (feat. Missy Elliott) / バック・アンド・フォース feat. ミッシー・エリオット
08. Shoulda Never (feat. Usher) / シュダ・ネヴァー feat. アッシャー
09. You Got It / ユー・ガット・イット
10. Out The Window / アウト・ザ・ウィンドウ
11. Still / スティル
12. Call Me Back (feat. T-Pain & Lil Jon) / コール・ミー・バック feat. T-PAIN&リル・ジョン
13. Pocket (feat. Cardi B) / ポケット feat. カーディ・B
14. Lights On (feat. Big Sean) / ライツ・オン feat. ビッグ・ショーン
15. Sweet Nuthins (feat. Leon Thomas) / スウィート・ナッシンズ feat. レオン・トーマス
16. Cruise Control / クルーズ・コントロール
17. Unlearn / アンラーン

<国内盤CD>
『KEHLANI(ケラーニ)』
ケラーニ
ワーナーミュージック・ジャパン
6月24日発売
01. Intro / イントロ
02. Anotha Luva (feat. Lil Wayne) / アナザ・ラヴァ feat. リル・ウェイン
03. No Such Thing (feat. Clipse) / ノー・サッチ・シング feat.クリプス
04. Folded / フォールデッド
05. I Need You (feat. Brandy) / アイ・ニード・ユー feat. ブランディー
06. Oooh / オー
07. Back and Forth (feat. Missy Elliott) / バック・アンド・フォース feat. ミッシー・エリオット
08. Shoulda Never (feat. Usher) / シュダ・ネヴァー feat. アッシャー
09. You Got It / ユー・ガット・イット
10. Out The Window / アウト・ザ・ウィンドウ
11. Still / スティル
12. Call Me Back (feat. T-Pain & Lil Jon) / コール・ミー・バック feat. T-PAIN&リル・ジョン
13. Pocket (feat. Cardi B) / ポケット feat. カーディ・B
14. Lights On (feat. Big Sean) / ライツ・オン feat. ビッグ・ショーン
15. Sweet Nuthins (feat. Leon Thomas) / スウィート・ナッシンズ feat. レオン・トーマス
16. Cruise Control / クルーズ・コントロール
17. Unlearn / アンラーン
18. Folded (Remix) feat. Brandy / フォールデッド(リミックス)feat. ブランディー*
19. Folded (Remix) feat. Ne-Yo / フォールデッド(リミックス)feat. NE-YO*
20. Folded (Remix) feat. Toni Braxton / フォールデッド(リミックス)feat. トニ・ブラクストン*

* Bonus Tracks
* 日本盤ボーナス・トラック

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