MAO的コラム 中国語から考える 第73回-相原茂

 英語の単語をどう覚えるか。丸暗記というのが主流だろうが、中には工夫をこらしたのもある。
一つは語源派。もう一つはだじゃれ派だ。

 だじゃれというのは、音重視だ。safeなら、これは「セーフ」だから、「政府は安全対策をしっかりやるべし」などとする。有名なanniversary(記念日)は「兄ばっさりやられた記念日」と覚える。

 これに対して語源派は、こうだ。portは「運ぶ」だ、これに人を表すerがつけばporter(ポーター)だし、importならim(中に)+portで「輸入する」。この反対はex(外に)+portで「輸出する」、sup+portなら「下で支えて」運ぶ、つまり「支持する、サポートする」だ。

 ところで、中国語の単語の記憶法は語源派一色だ。しかもそんな意識もなく覚えている。なんと言っても漢字で表記されているので、意味が分かるのだ。

 例えば、“棒球”は野球のことだが、“棒”は「棒、バット」だし、“球”は「球技」だから、「バットを使う球技」で「野球」だ。
“斗争”なら“斗”は「闘う」だし、“争”は「争う」だから、わかりやすいことこの上ない。

 そういうわけだから、たいていの語はその構造が透明である。なぜそういう意味になるのかが見えている。それゆえ、まれになぜそういう意味になるのかが分からない単語に出くわすと、すこぶる気持ちが悪い。

 では「バレーボール」の意味の“排球”はどうか。なぜ“排球”というのか。そもそもこの“排”はどういう意味なのか。

 こういうことを先生に聞くと、先生も分からない。堂々と「分からない」と答える。これは理由がある。

 語源の研究にはいい加減なのが多い。民間語源などといわれて眉唾物だとされ信用がない。
そこで、ある時、語源は言語学の正式な研究テーマとしては扱わないことにする、と学会で決めたのだそうだ。それ以来、まともを自認する学者はこういう話題には関わらないようにしている。だから、たいていの教員は「なぜ“排球”というんですか」という質問にはプライドを持って「知らん」と答えるのである。「知らない」くせに妙に威張った態度をとるのはこのためだ。

 たしかに語源を話題にして、これを追求していけば、キリがないところがある。なぜ「ふぐ」と言うのですか、と言われてもすぐには答えられない。しかし漢字では、つまり中国語ではなぜ“河豚”と言うのですかなら、「ふぐのまるまるした様子がまるで子豚のようだから、河の豚と呼んだのでしょう」と言えるだろう。「海の豚なら、“海豚”でイルカです」と付け加えてもよい。

 しかし、さらに「ではなぜブタのことを豚と書き、なぜzhuと発音するのですか」と言われると、前者は漢字の成り立ちから説明可能だろうが、後者は分からない。言語恣意性と呼ばれるものだ。そんなわけで、漢字の成り立ちまで遡れば、これは漢字学の領域になるが、私の言うのはそこではない。2音節以上の単語で、どうしてそういう意味になるのか不透明なものについてである。


 こう考えれば先ほどのスポーツの例では「庭球」はテニスだが、なぜそうか。「庭」とはコートだからと説明ができる。中国語では“网球”と言うが、これは“网”がネットという意味だ。なぜマラソンは“馬拉松”malasongというのか。marathonからきているからだ。では「バレーボール」の“排球”は?

 辞書を引くと、volleyとは一斉射撃することだ。つまり“排炮”ということだ。

 またバレーボールでは選手が列をなして並んでいるのも特徴だ。つまり“排隊”だ。これだけでも“排”の字と縁が深いことがわかる。

 ものの本によると昔は“華利波”hualiboと言ったらしい。volleybollの音訳である。
その後“隊球”と改められた。これは意訳で選手が「隊列」をなして並んでいることに着目したものだ。その後さらに“排球”となったという。

 一つは選手たちが“排隊”(隊列)をなして並ぶことと、さらには自分のところへ来たボールを選手たちが“排撃”、つまり受け入れがたいとして余所へ追いやるところからの命名だ。要するに「排列」の「排」と「排斥」の「排」を兼ねていると見れば良さそうだ。

 長年中国語に付き合ってきたものとして感じることだが、中国語の単語は透明性が高い。単語を構成する要素の意味の和から、その語の意味が類推しやすい。そんな中にあって、ときどき「なぜこんな意味になるのか」にわかには合点のゆかない単語にも出くわす。

 学生たちは実際のところ、なぜアメリカのことを“美国”Meiguoというのかも知らない。教師はもう少しこういう面にも気を遣ってよいのではないか。

 ところで、なぜ「米国」というか知ってますか。(執筆者:相原茂 編集担当:サーチナ・メディア事業部)

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