市民プールで泳ぎながら世界水泳の日本代表入り。異例の"サラリ...の画像はこちら >>

栁沢駿成 1997年生まれ、東京都葛飾区出身。大学卒業後、(株)アクアプロダクトに入社し、趣味の延長として市民プールで泳いできた。
4月には専門の平泳ぎ50mが26年ロス五輪で追加されることが決定、さらなる活躍も期待される

今年3月に行なわれた競泳の日本選手権で、7月27日~8月3日にシンガポールで開催される世界水泳選手権の競泳男子50m平泳ぎの日本代表に内定した栁沢駿成(27歳)。競泳界に彗星のごとく現れた彼にはもうひとつの顔がある。普段は一般企業で働く営業マンでもあるのだ。

学生時代は無名、専属コーチも不在の彼は競技と仕事をどう両立してきたのか。「残業もあります」と笑う大卒6年目の社会人スイマーを直撃した。

――代表入りが決まったときの率直な感想は?

「めちゃくちゃうれしかったです。去年の11月に初めて派遣標準記録(27秒33)を切れるなど、少しは意識していましたから。

普段はプール濾過装置の総合メーカーで営業職に就いていますが、日本選手権の決勝はちょうど就業時間内。社内では同僚や上司がテレビの前で応援してくれていたと聞きましたし、派遣標準記録ギリギリでも代表に滑り込めたことはよかった。

家族や親しい友人には、冗談半分で『もしかしたら世界水泳に出られるかも』と話していましたが、本当に出るとは誰も思っていなかったんじゃないですかね(笑)」

――残業もあるとのことですが、競技と仕事をどう両立させているのか気になります。

「仕事は定時が9時15分から17時半。たまに残業もありますが、19時頃には退社します。

平日は基本的にスイムとジムを交互に行くようにしていますが、どうしても仕事で行けない日も出てきてしまうので、『(プールやジムに)行けるときは行く。迷ったら行く』というメンタルでやってます」

――練習拠点のプールやジムは決まっていないとか。

「会社の近くによく行くプールがひとつあるのですが、出先で仕事を終えたときは、そこから行きやすいプールを探します。ただ、普通の市民プールなので、22時頃には閉まってしまいます。なので、いつも『今日はどれくらい泳げるかな』とか、そんなことを考えながら駆け足で向かっています(笑)」

3歳で水泳を始めた栁沢だが、個人種目での全国中学校大会やインターハイ出場経験はなく、大学も強豪ではない桐蔭横浜大に進学。インカレには出場したが、100mバタフライで最下位、100m平泳ぎで予選落ちを経験したことも。

一方で、大学3年時に50m平泳ぎで初めて日本選手権の参加標準記録を突破したことで、就職後も途中ブランクがありながら、趣味の延長でマスターズの大会に出るなど水泳を続けてきた。

市民プールで泳ぎながら世界水泳の日本代表入り。異例の"サラリーマンスイマー"栁沢駿成を直撃!
日本代表入り後もマスターズ大会などに出場。5月18日には葛飾区の区民大会(短水路)の50m平泳ぎで大会新記録をマーク(26秒63)

日本代表入り後もマスターズ大会などに出場。5月18日には葛飾区の区民大会(短水路)の50m平泳ぎで大会新記録をマーク(26秒63)

――社会人になり、気がついたら速くなっていたと?

「ちょうど大学卒業の頃に新型コロナが流行し始めて、しばらくプールが閉鎖されてしまいました。コロナが落ち着きジムに行けるようになってからは、筋トレに目覚めてベンチプレス100㎏を目標に頑張っていました。

そんな中、社会人2年目の冬に久しぶりにマスターズの大会にエントリーし、少しトレーニングをしたら自己ベスト(28秒4)が出て『あれ?』って。そこから少しずつタイムが縮まってきて、自分でも驚いています(笑)」

――タイムが縮まってきた要因を自身ではどう考えているのですか。

「社会人として働きながら、自分でお金を払って市民プールに行っているので、誰かに強要されているわけではありません。普段は仕事をしているからか、『心から水泳を楽しめている』気持ちの部分は大きいかなと思っています」

――トップレベルのスイマーの多くは1日平均7000~8000mほど泳ぎ、練習のキツさを理由に20代後半で引退するケースも多いといわれています。

「僕は絶対にそんなに泳げません。自分は好きなときに泳いで、好きなときに筋トレしてきただけなので。日本選手権直後の初めての代表合宿では、ある選手に『週3のスイムで、1回の練習で2000mしか泳がないのに日本代表ってめちゃくちゃタイパいいですね!』って言われました(笑)。日本代表の中でも誰より水泳を楽しんでる自信だけはあります」

市民プールで泳ぎながら世界水泳の日本代表入り。異例の"サラリーマンスイマー"栁沢駿成を直撃!
日本選手権で2位となり、世界水泳への切符を獲得。なじみの市民プールでは「握手や写真撮影を求められる機会が増えた」とも

日本選手権で2位となり、世界水泳への切符を獲得。なじみの市民プールでは「握手や写真撮影を求められる機会が増えた」とも

――市民プールで練習されているとのことですが、高いレベルで競技を続ける中での難しさもあると思います。

「環境的に難しいところがあるのは否めません。僕が行くプールは水深1.1mですから(通常、競泳の国際大会は水深2.5m以上のプールで行なわれる)。もちろん一般の方がいらっしゃるので飛び込みやクイックターンも危ないのでできません。

ただ、そこは僕がお邪魔しているわけですから、絶対に迷惑をかけないように心がけています。もし出禁にでもなったら、それこそ大変ですから(苦笑)。

練習で行くプールはいくつかありますが、何度も行ってると、このプールはいつ端のレーンでアクアビクスをやっていて波がすごいとか、だいたいわかってきます。そうしたことも考えながら利用させてもらっています」

――代表合宿では初めて会う選手がほとんどだったとか。

「最初は完全に浮いてましたね。周りはテレビで見て知っている選手ばかりですが、相手にしたら『誰こいつ?』という状況ですから(笑)。でも、合宿を通して少しはなじめたかなと感じています」

――最後に世界水泳での目標を聞かせてください。

「出場が決まったときは、日本代表として合宿や大会に参加することになれば会社を休まなければならず『どうしよう』という気持ちもありました。ただ、会社からは〝勤務扱いでいい〟と言っていただき、恩返しの意味でも結果を残せれば。

ここまで独学で粗削りにやってきましたが、日本代表になり新しい刺激をもらい、自分の伸びしろがまだあるんじゃないかと感じている部分もあります。気持ち的には、今までの試合と一緒でまずは自己ベスト(27秒15)の更新を狙いたい。そうすれば、日本記録(26秒91)も視野に入ってくるのかなと思っています」

取材・文・撮影/栗原正夫 撮影/五十嵐和博 写真/YUTAKA/アフロスポーツ(表彰式)

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