―[すこしドラマになってくれ~いつだってアウェイな東京の歩き方]―

ただ東京で生まれたというだけで何かを期待されるか、どこかを軽蔑されてきた気がする――。そんな小説家カツセマサヒコが“アウェイな東京”に馴染むべくさまざまな店を訪ねては狼狽える冒険エッセイ。
今回訪れたのは、清澄白河駅から10分ほど歩いた先にある間借りカフェ『白紙』。週に一度だけオープンするその店で、本業を持ちながら好きにやり続ける店主の姿に眩しさを覚えた。願いは今日も「すこしドラマになってくれ」

好きにやる、は難しい【清澄白河駅・白紙(間借りカフェ)】vol.29

「もしも執筆以外の仕事をしろと言われたら、何をしたいですか?」

 ある夜、年下の友人と酒を飲んでいたら、ふとそんな質問をされた。

「え、難しい。考えたことがなかった。でも、元々が会社員だったから、結局は会社員に戻るかな……」

 そう答えながら、やりたいことが本当に浮かばないことに気付いて、少し落ち込んだ。そういえば趣味を聞かれてもうまく答えられたことがないな、と退屈な人生を思い出し、二度落ち込んだ。

 やりたいことがある人は、それだけで眩しい。

 後日、私は江東区の清澄白河駅にいた。インスタグラムで営業日時やメニューを事前告知し、毎週金曜にだけオープンする「実店舗を持たないカフェ」があると知って、向かっていたのである。

 静かな街を10分ほど歩いたところに、目的地であるカフェ「白紙」があった。正確には、店が週に一度、間借りしているシェアキッチンがあった。
店内にはソファ席やカウンター席があるが、多くても10名が限界といった、非常にこぢんまりとした空間である。狭いが天井が高く、店自体がインスタ映えに振り切ったような洒脱感があった。

 メニューは、店主が毎月、新たなものを生み出す。私が見たときは「ふぞろいの林檎たちパフェ」だったので、それにコーヒーを合わせて、事前にインスタから予約した。

 そうして私の目の前に運ばれてきたパフェだが、これが、パフェの語源である「パーフェクト」があまりにしっくりくるような、つまり完璧な見栄えをしていた。一般的なパフェといえばグラスにぎっしり詰め込まれたフルーツとクリームを想像するが、「白紙」はワイングラスの中にジュレにした林檎と刻んだ林檎を混ぜ、その上にホイップクリームを品よくのせる。グラスには余白が残されていて、その余白がとても洒落ているが、さらに、グラスに蓋をするようにガラスのプレートが置かれ、その上にはタルトタタンと生クリーム、ドライ林檎が飾られている。蓋の上と、グラスの中。二段構えのパフェが提供されるのだ。

 一緒に提供されたホットコーヒーの苦味も、パフェと相性がいい。マグカップはコースターと一体になったように底辺部分だけ広くなっていて、使っている食器にまでこだわりを感じさせた。どこまでもパーフェクトである。


「どうして、店舗を持たずに一人でやろうと思ったんですか?」

 パフェを楽しんだ後、会計を頼みながら店主に尋ねてみた。このクオリティなら、常設店舗にしても十分賑わうと思ってのことだった。

「あー、普段は別の仕事をしてるんです。でも、自分の好きにやりたいなあと思って、一人でできる範囲の規模感で、始めたんですよねえ」

 朗らかな笑顔でそう言われて、眩しく思う。

 一人でレシピを考え、食材を仕入れ、食器も持参して、オーダーを取り、調理して、SNSで告知もする。年に一度のお祭りのようなものなら頑張れる気もするが、「白紙」は週に一度、本業もありながら続けている店である。

 そんな苦労、耐えられるだろうか? よほど好きじゃなきゃ、できないことだ。

 好きにやる、の難しさを改めて実感しながら、「白紙」のインスタを覗いてみた。

 最新の投稿に、美しいスイーツの写真とともに、何やら長文が書かれている。その内容が、まさかの競馬に負けた話と本業の職場への愚痴だった。私は声を上げて笑った。

 好きでやっているのだから、好きにさせてくれ。
その姿勢がまたしても眩しく映って、全力でいいねを押した。

「好きにやる」は難しい。週1だけ開く間借りカフェで、眩しいほ...の画像はこちら >>
<文/カツセマサヒコ 挿絵/小指>

―[すこしドラマになってくれ~いつだってアウェイな東京の歩き方]―

【カツセマサヒコ】
1986年、東京都生まれ。小説家。『明け方の若者たち』(幻冬舎)でデビュー。そのほか著書に『夜行秘密』(双葉社)、『ブルーマリッジ』(新潮社)、『わたしたちは、海』(光文社)などがある。好きなチェーン店は「味の民芸」「てんや」「珈琲館」
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