5月3日の憲法記念日に改憲派の集会にビデオメッセージを寄せた高市首相は「憲法は時代の要請に合わせて本来、定期的な更新が図られるべき」と発信。憲法9条1項で戦争の放棄、2項で戦力の不保持が記されているが、自民党は憲法改正により自衛隊違憲論の解消を目指すとしている。

ジャーナリストの石戸諭氏は、憲法9条をめぐる議論は表向きほど単純ではなく、改憲一辺倒でも護憲一辺倒でもない冷静な世論が存在しているとみる。そのうえで、いま求められているのは「地に足をつけた現実的な安全保障論」だと訴える。(以下、石戸氏の寄稿)。

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高市首相の「時は来た」に世論は本当に動いたのか

今年の5月は「憲法9条」が熱かった。周知のとおり、日本が戦争放棄、戦力の不保持などを定めた条文だ。

端緒となったのは、4月の自民党大会で高市首相が発した「時は来た」だ。衆院では憲法改正を発議できる3分の2以上の議席を有した首相の言葉は方々を刺激した。

音楽業界では憲法9条の条文を取り上げるパフォーマンスを披露した小泉今日子さんのライブが大いに盛り上がり、賛同のメッセージが続いた。イラン情勢やロシア・ウクライナ紛争などが日常にも入り込んでいる以上、9条改憲も今すぐに態度の表明が必要な熱い政治問題のように見える。

現実はどうか。最終的に改憲の是非を決める世論は冷静だ。朝日新聞が5月に公表した世論調査では9条改憲反対が63%、読売新聞の調査でも戦力の不保持などが記された9条2項改正の賛否は拮抗だ。条文次第だが、仮に国民投票まで辿りついても、改憲に必要な過半数の賛成は微妙なラインだ。
他方、読売の調査では、防衛力の強化には7割以上が賛成している。

民意は現実的な安全保障を求めている

9条改憲は多数派ではないが、防衛力の強化は望む――。読み解けるのは、周辺諸国の争いに巻き込まれるリスク、攻撃される事態への警戒心の高まりだろう。つまり、高市首相の前のめりな発言に流されてもいなければ、憲法9条の価値を軽く見ないバランス感覚こそが今の民意だ。

憲法を改正すれば解決、あるいは戦争への道、護憲なら平和といった単純な論調は過去のものになった。日本が戦争をしないだけではなく、他国に戦争をさせないためにどうするか。世論が求めているのは、地に足をつけた現実的な安全保障論だろう。

こうした世論の冷静さをよそに、メディアはとりわけ憲法を巡る問題で熱量の高い人々の声ばかりを取り上げてしまう癖がある。ロックバンド、サカナクションの山口一郎さんは「今こそ平和を歌え、政治的な発言すべきという人もいれば、反対のことをいう人もいるけど(中略)感情論では話せない」と社会が生み出す空気への違和感を語っていた。批判も散見されたが、私は誠実な態度だと思った。

改憲の賛否で社会に境界線を引いてしまうのが政治だとすれば、音楽を含めた文化には社会の分断を繋ぎ留める力がある。踏み絵のような問いから距離を置き、音楽活動を地道に続けることも一つの態度表明だ。
熱狂の果てに多様な表現を奪う社会は不健全である。こんな当たり前の話も再度確認しておきたい。

高市首相「時は来た」に世論はNO? 改憲反対が63%。石戸諭が読み解く“9条改憲”と“防衛力強化”のねじれ
石戸諭
<文/石戸諭>

【石戸 諭】
ノンフィクションライター。’84年生まれ。大学卒業後、毎日新聞社に入社。その後、BuzzFeed Japanに移籍し、’18年にフリーに。’20年に編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞、’21年にPEPジャーナリズム大賞を受賞。近著に『「嫌われ者」の正体 日本のトリックスター』(新潮新書)
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