ラグビー元日本代表プロップの垣永真之介(東京SG)が、今季限りでの現役引退を表明した。2014年、トップリーグ時代のサントリーに入団し、12シーズン。

ラグビー人生に一区切りをつけ「簡単な決断ではなかった。29年間あったものが、急になくなるので。難しい決断だったけど、終わるものは終わるので。でも本当に、何も悔いなく。最高のラグビー人生でした」。晴れ晴れとした表情だった。

 引き際を決めたのは、約2か月前。「いろいろ、話し合いも。そういうタイミングもあって。僕としても、区切りをつけようと思ったので。そうなりました」。心は一時揺らいだが、時間はかけず。

思いを固めた。「次の日に『やめます』と。スパッと、決めました」。35歳、引き際は感じていた。「『やっと、やめられた』という感じです」と、清々しかった。

 東福岡高、早大時代に主将を経験。14年にサントリーに入り、日本一も味わった。22歳の14年11月、日本代表初キャップ(C)。12Cを重ね、スーパーラグビーに参加したサンウルブズでもプレーした。31歳の23年はW杯メンバーとして渡仏。ただ、試合には出られなかった。W杯後も現役を続行。

「しんどいし、心身共に崩壊すると分かっているけど、ラグビーにすがりついて、何かを得ようとして」。ラグビー人生に、意義を見出そうとしていた。そして「やめられるタイミングがあって、自分を『頑張ったよ』と認めてあげられた。やめられるタイミングだった」。今がその時だった。

 チーム全体に引退を伝えたのは、今月9日。「なんかあいつ、急にやる気なくなったな、と思われたくなかったので。ギリギリまで、言うのを耐えました」。ただ、同じく今季が最後の中村亮土ら数人には、早めに言っていた。「変な話だけど『一緒に引退できてうれしい』と。あとは流(大)や、親が最初に言ってくれたのは『よく頑張った』と。それが、すごく救われた。

『いろんな理不尽を乗り越えて、よく頑張ったね』と。それが一番、救われましたね」。中村は同期。かつて、目の前のプレーで一喜一憂し、感情の起伏に悩んでいた自身に「長い目で考えろ」と、ラグビーとの向き合い方を説いてくれた存在でもある。「彼は本当に、尊敬しています。江見(翔太)も含めて、一生もの。これが、サンゴリアスでの財産かなと思っています」

 ラグビー人生を振り返る。「いやぁ。ほんと。地獄みたいな日々でしたね」と、真顔で言う。「ラグビーって、本当にキツイんですよ。痛いし。

何か、魅力があってやり続けたけど。本当につらいことが多すぎて、つらいことを思い出すんだろうなと思いましたけど」。けど。「最終的には、やっぱり楽しい思い出しか思い出さない。結果、楽しかったな」。一番楽しかった思い出は?と、問われれば「それはないですね。ラグビーで楽しかったことは、このレベルになるとない」と即答する。何が楽しかったのか。垣永は「仲間で飲んだとか、そういう話です。優勝した後の、飲み会が楽しかった」とほほ笑む。

 東京SGは今季、4位でプレーオフへ。リーグワン初優勝に向け、シーズンは続く。

引き際を決めた心の中には、やや変化もあったという。「なんか、肩から3トンくらいの重さがなくなった感覚。プレッシャー、なんですかね…。スポーツの世界は厳しいので。いつも勝負だし、ワンプレーで評価も変わる。そのプレッシャーと戦い続けることがなくなるのは、気持ちとしては楽になるのかな」。勝利の美酒に酔ったのはもう、8シーズン前。最高の思い出を、最後に作りたい。「優勝っす。優勝だけで、十分です。もう、やり残したことはないので」。

 引退を公表した10日のBR東京戦後、引退グッズの販売をSNSで告知。

2年前に始動させた「スクラム・タイム」から、Tシャツやキャップなどを出している。イチオシは、膝下からのブーツ型となっているビアグラス。カッキーのキスマークデザイン付き、プレミアグッズだ。残すは10あまり。「ロッドで50なので。50いかなかったら、自腹なので…」と悲痛な声も聞こえるが「(受注は)今週いっぱいです。よろしくお願いします!」と、ファンに呼びかける。

 シーズン終了後は「サラリーマンなので!」と、社業に戻る予定という。ラグビー界のエンターテイナーが去る。グラウンドは少し、寂しくなる。(大谷 翔太)

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