5月20日に病気のため67歳で亡くなった萩原清調教師=美浦=から、オークス(5月24日、東京・芝2400メートル)に出走予定のドリームコアを含めて44頭を引き継ぐ形となった大竹正博調教師=美浦=が21日、美浦で取材に応じた。

 突然の別れに涙を浮かべた。

「(体調が悪いことは)人伝いでしか聞いていなかったのですが、ほとんどの調教師は定年を迎えて引退するので…」と早すぎる別れを悲しんだ。大竹調教師は開業前に萩原調教師のもとで10年ほど助手として勤務。「馬に対する姿勢はとにかくすごかった。この状態でも満足ではないのかと思うことがあったし、馬を見る目は確かでした」と当時を振り返る。

 また、技術調教師時代には、のちに日本ダービーを勝つことになる2歳時のロジユニヴァースの栗東滞在に帯同したこともあった。「今まで乗ってきた馬の中では抜けてパワーが違った。ダービー馬の背中を知ることができた」と、萩原厩舎の代表馬の功績が確実に受け継がれている。

 「先生自身も(その師匠の)鈴木康弘先生からいい部分は継承して、新しい部分も取り入れていた。(調教師試験に合格した後には)『自分で何でもやっていくように』と言われました。僕のスタイルの土台は先生に教わったことが大きい。馬を見る作業を一緒にやったことが今でも生きています」。ともに強い馬づくりに励んだ日々や開業当初の教えを思い返し、目頭を押さえながら、言葉を振り絞った。

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