大相撲夏場所千秋楽(24日、両国国技館)

 小結・若隆景が12勝3敗で大関・霧島との優勝決定戦を押し出しで制し、2022年春場所以来2度目の優勝を果たした。25場所ぶりは琴錦、照ノ富士に次ぐ史上3位のブランク優勝となった。

31歳の技巧派は右膝の大けがによる幕下転落から家族の支えも得て再起し、大関昇進への起点をつくった。霧島は2場所連続優勝を逃したが、名古屋場所(7月12日初日・IGアリーナ)で綱取りに挑む。

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 優勝を決めた瞬間、若隆景は大きく息を吐いた。3敗で霧島と並んで迎えた千秋楽。ともに本割で勝利し、賜杯の行方は優勝決定戦へともつれた。立ち合いで痛めている右肘を突きつけるように当て、左はおっつけ。鋭い出足を止めることなく前進し、右腕で力強く押し出した。東の支度部屋に戻ってきた若隆景は大粒の汗をかきながら「長かった。諦めずにやってきて良かった」と言葉に実感を込めた。

 初優勝からの約4年間は、けがとの闘いだった。22年春場所で初めて賜杯を抱き、大関候補として期待されたが、23年春場所取組中に右膝前十字じん帯損傷の大けがを負った。手術を決断し、3場所連続で全休。

「あおむけから右足を上げる動作から始まって、最初はそれもできなかった。歩くと以前と全く感覚が違って、違和感があった」。復帰できたのは同年九州場所で、関取の地位を失った幕下の土俵からだった。人気力士から、ほぼ無給の地位に落ちた。

 心の支えとなったのは家族の存在だった。リハビリ先には妻・沙菜さんが車で送り迎え。家にいる時間も長くなり「ストレスもたまるので、子どもには癒やされた。家族の支えなしでは、リハビリをできなかったと思う」と感謝を口にする。土俵に上がれない期間には長男・浬(かいり)君から「パパ、最近テレビに出ない」と言われ、「また頑張らないとな」と心が奮い立った。

 不屈の闘志ではい上がり、抱いた2度目の賜杯。25場所ぶりは、史上3位のブランク優勝だ。幕内優勝経験者が幕下に落ちて再び優勝するのは、照ノ富士に次いで2人目。

八角理事長(元横綱・北勝海)は「幕下まで下がって、これはうれしいだろう。内容がいい。来場所もこの成績を残せば(大関昇進が)近い」と絶賛した。

 大関昇進の目安は「三役で直近3場所合計33勝」。今場所は12勝で昇進への起点を作った。昨年秋場所で失敗した大関に再挑戦する。「そこに向けてやっていきたい。下からの攻めをどんどん磨いていく」。31歳9か月で迎える秋場所(9月)で成就すれば、1958年以降初土俵では最年長となる新大関昇進だ。苦境から何度もはい上がる仕事人が、再び看板力士に名乗りを上げた。(大西 健太)

 ―今、どんな気持ちか。

 「前回の優勝時は、コロナ禍でパレードができなかったので今回はすごくうれしい」

 ―沿道で声を聞いて。

「優勝できたんだなと実感した」

 ―来場所に向けて。

 「来場所以降が大事になってくる。そこに向けてやっていく」

 ―磨くことは。

 「自分の相撲は下からの攻めが大事だと思う。もっと磨いていきたい」

 ―優勝はいつ頃、意識したか。

 「(首位に並んだ)14日目が終わったくらい」

 ―(東日本大震災の被災地、故郷)福島にどのような姿を見せられたか。

 「一生懸命頑張ってる姿を届けたいと思っていて、届けられた」

 〇…師匠の荒汐親方(元幕内・蒼国来)がまな弟子の復活Vを喜んだ。「昨年の夏場所は12勝して優勝できなかった。今場所は膝も良くなかったけれど、負けた相撲でも前に出ていた」と評した。以前は大関を目指すと口にしなかったが、自ら発するようになったという。「いろいろ経験して気持ちが前向きになったのではないか」と目を細めた。

 〇…千秋楽は4敗の義ノ富士、伯乃富士、宇良、琴栄峰、藤凌駕の平幕5人を含めた7人が優勝戦線に残っていた。

史上最多6人による決定戦にもつれ込む可能性もあったが、先に伯乃富士、義ノ富士が勝ったものの、3敗の若隆景が藤凌駕を下した時点で4敗勢の可能性が消滅した。これまでの決定戦の最多人数は1996年九州場所の5人。

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