サッカー日本代表のMF久保建英(24)が1日、スポーツ報知の単独インタビューに応じ、自身2度目のW杯となる北中米大会(11日開幕)に懸ける思いを激白した。森保ジャパンが掲げる「優勝」に向けて、中心選手として期待されるアタッカーは「国民の、全世界の記憶に残るようなW杯に、チームとしても個人としてもしたい」と宣言。

“大会の顔”となり、日本サッカー界の壮大な夢をかなえる決意を示した。【単独インタビュー前編】(取材・構成=後藤 亮太)

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 いよいよ幕を開ける久保建英の2度目のW杯。若手から中心選手へと階段を駆け上がったこの期間は、言葉に力強さをもたらす。5月31日のアイスランド戦(MUFG国立)は6万2212人の前で1―0の勝利。壮行試合から一夜明け、北中米大会への思いを聞かれると、真っすぐに前を見据えた。

 「4年前(22年カタール大会)はできないことだらけだったけど、今回はそんなことはないと思います。確かな自信もありますし、チームとしても、前回よりもやりたいサッカーができてなおかつ、上を目指せるなという自信もある」

 22年カタール大会は16強敗退に終わり、第2次森保ジャパンでは、「W杯優勝」が目標に掲げられた。その夢に向かい、開催国を除き世界最速、日本史上でも最速で8大会連続W杯出場権を獲得し、親善試合でもドイツ、ブラジル、イングランドのW杯優勝国を撃破。世界との差は縮まった。アイスランド戦で6連勝とし、歴代最強の呼び声にふさわしい勝負強さを証明。世界一への道筋が見えてきた。

 「基本的に試合に勝っているのでそれは大事かなと思いますね。

勝ったチームはどんどん上に上がっていくので、シンプルに勝つというところを積み重ねている部分は自信につながるかなと思います」

 立場も変わった。所属するスペイン1部Rソシエダードでは欧州最高峰のチャンピオンズリーグの舞台にも立ち、今年は国王杯でプロキャリア初の優勝も経験。世界で経験を積んだ。第2次森保ジャパンでは得点関与数がMF伊東純也と並んでトップタイの6得点16アシスト。ゴール前での決定的な仕事こそ、久保の真骨頂。本大会の個人の目標もシンプルだった。

 「まずは点を取りたい。日本代表に入ったとか、どこでサッカーしたみたいな感じで、W杯で点を取ったというのは一つ誇れるもの。どの試合でも、点を取ったやつが一番偉いみたいな話もある。点を取ることで映像に残ることは確かなので、記録にも、記憶にも残りたいなと思います」

 前回カタール大会の悔しさも晴らす。1次リーグ(L)では、歴史的白星をつかんだ初戦のドイツ戦、第3戦のスペイン戦で先発するも、ともに前半の45分だけで途中交代。さらに1次Lを終えた直後に発熱し、PK戦に敗れた決勝トーナメント1回戦のクロアチア戦はプレーできなかった。

 「終わった瞬間、僕はグラウンドにもいなかったので、あんまり実感もなく、ただただ終わってしまった。悔しさも味わわせてもらえないような感じで、せっかくメンバーに入っているのにテレビで見ていた。ほぼ観客みたいで、やるせない気持ちでした。本当に部外者みたいな感じだった」

 不完全燃焼の記憶は消えないかもしれない。ただ、今回のW杯で「最高の景色」を眺めることができれば、歓喜の記憶で埋め尽くされる。

 「チームとしては優勝に向かって、逆算して頑張っていきたい。『最高の景色』は優勝だと思うんですけど、それまでに歩まないといけない道のりがあってこその『最高の景色』だと思う。そういうのも含めて、素晴らしい大会にできればと思います」

 W杯でかなえたい夢もまた、特別なものだった。

 「国民の、全世界の、記憶に残るようなW杯に、チームとしても個人としてもしたいなと思います」

 日本は2日に事前合宿地のメキシコ・モンテレイへ出発し、14日(日本時間15日)の初戦オランダ戦に備える。久保がW杯の顔となり、世界中を熱狂させる。

【後編に続く】

 ◆久保 建英(くぼ・たけふさ)2001年6月4日、神奈川・川崎市生まれ。24歳。

26年北中米W杯代表。小3から川崎U―10でプレーし、11年夏にバルセロナ入り。15年にFC東京U―15むさしに入団し、17年11月に16歳でプロ契約。18年の横浜Mへの期限付き移籍を経て、19年にRマドリードへ。マジョルカ、ビリャレアル、ヘタフェへのレンタル移籍を経験し、22年にRソシエダードに完全移籍。21年東京五輪、22年カタールW杯出場。代表通算49試合7得点。173センチ、64キロ。左利き。

 ◆過去のW杯の主役たち

 ▽ペレ(ブラジルFW) 1958年スウェーデン大会に17歳で出場すると、準決勝でハットトリック、決勝でも2得点。ブラジル初優勝の原動力となり、世界的スターとなった。62年チリ大会、70年メキシコ大会でも優勝。

 ▽ベッケンバウアー(西ドイツDF) 66年イングランド大会は準優勝。70年メキシコ大会は3位。74年西ドイツ大会は、主将として初優勝に導いた「皇帝」。

 ▽マラドーナ(アルゼンチンFW) 86年メキシコ大会準々決勝イングランド戦で記録した伝説の「5人抜き」と「神の手ゴール」は有名。決勝で西ドイツを破り優勝に導いた。

 ▽ジダン(フランスMF) 98年フランス大会ではブラジルとの決勝戦で2得点し、初優勝の立役者となり「国民的英雄」に。1次リーグでは、サウジアラビア戦の退場もあり、準々決勝まで出場停止だった。

 ▽ロナウド(ブラジルFW) 2002年日韓大会では通算8得点で得点王獲得。決勝のドイツ戦で2得点し、ブラジルは5度目の世界一を達成。

 ▽メッシ(アルゼンチンFW) 5度目のW杯出場となった22年カタール大会で悲願の頂点に。全7試合にフル出場し、7得点3アシスト。14年ブラジル大会(準優勝)に続き、史上初の2度目のMVP受賞。

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