プロボクシングのWBA世界ミニマム級王座決定戦で、日本史上最短となる65秒KOで世界奪取に成功した石井武志(26)が3日、横浜市の大橋ジムで一夜明け会見を行った。無傷の顔で世界チャンピオンベルトを手に「実感はすごいあるわけじゃないけど、きょうの朝、ベルトを見て『おれ、チャンピオンになったんだな』と思いました」とかみしめるように喜びを語った。

初防衛戦は指名試合になる見込みで、試合の時期について会見に同席した大橋秀行会長は「できたら年内を」と明かした。

 元WBO世界王者メンデスの右腹をタイミング良い左ボディーでえぐり、フィニッシュは顔面への右強打。1分5秒のKOタイムは、井上尚弥の18年10月のパヤノ(ドミニカ共和国)戦を上回り、日本男子の世界戦最速記録をマークした。「カウント8までいって、立ってくるかと思ったら、カウント10を聞いた週間、言葉にならない感情がわき出た。振り返るとあっという間に終わってしまった。12R戦い抜きギリギリまで粘られるなという気持ちでした。その気持ちでたまたまいいパンチがあたった」と石井。大橋会長は「最初から行く気持ちがあったのが良かった」と言い、八重樫トレーナーは「12Rまで戦い抜く、その覚悟があの一撃につながった。攻勢でも様子を見るタイプ、引くタイプとあるけど、この子はできるでしょ!? そう思いました」と口をそろえた。

 

 前夜は試合後に家族、支援者からの祝福を受け、その後に場所を移動した宴席に、偶然、ジムの先輩で4階級制覇の井上尚弥がいた。試合直後に「俺の記録抜いちゃったね」と祝福してくれた偉大な王者にあいさつし、宴席の場で注目されると思ったというが「僕が世界チャンピオンになったことより、みんな尚弥さんに会えたことの方がうれしかったみたいで。改めてすごい方なんだなと思いました」。

 いろいろな「不思議な縁」がわき出た世界戦だった。大橋ジムからは川嶋勝重、八重樫東、井上尚弥、井上拓真、武居由樹に続く6人目の世界王者誕生。大橋会長、八重樫トレーナーもかつて同じWBAミニマムのベルトを巻いた。大橋会長は「3人続くのはすごく不思議な縁がある」と感慨深げ。“名勝負製造器”の名王者・八重樫トレーナーも「言われてみれば、親・子・孫ですか…」とうなずいた。

 日本最短KO記録だと、大橋ジムでは2004年6月28日に川嶋勝重がWBC世界スーパーフライ級タイトルマッチで、絶対的王者だった徳山昌守を1回1分47秒の衝撃的なTKO勝利で日本最短KOをマーク。石井は尚弥に続く3人目の日本最短記録となった。

 前夜の世界戦前に、故・ガッツ石松さんのお別れの会に出席した大橋会長は「ガッツさん、大橋ジム3人目の最短KO、3世代チャンピオン…。何か見えない力が働いたような気がする。不思議な縁を感じる1日になりました」と頬をつねりたそうな顔をした。

 石井が勝負を決めたパンチ「左ボディー」もそうだ。大橋会長も現役時代にこのパンチで歴史を塗り替えた。

 1990年2月7日。世界挑戦で日本人は21連続で敗れ、日本ボクシング界の「冬の時代」と言われた中、大橋会長は、WBA世界ミニマム級王者チェ・ジョンファン(韓国)に挑み、9回KO勝ち。勝負を決めたパンチはいまだ「歴代最高の左ボディー」と称賛されている。しかし、大橋会長は「まだまだでしょ」とたしなめ、石井も恐縮そうに頭を下げた。

 福岡県うきは市の出身の石井。自らを「ど田舎から出てきて何の取り柄も人間」というが、さらに大きな夢へのステップを踏んだ。「自分より強いと言われる人と勝って世界一になることが本当に強いチャンピオンになることだと思う」と石井。祝福ムードの一夜明け会見で、「やっぱり地元でやってみたい」と希望を口にすると、大橋会長からは「ペイペイドーム(収容約4万人のみずほPayPayドーム福岡)とか言うなよ」と耳打ちするようにツッコミが入っていた。

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