■コロナ禍の2020年に急増した早期・希望退職制度の実施



新型コロナに明け暮れた2020年が終わり、新しい年2021年を迎えました。感染拡大の第三波真っ只中で迎えた年末年始、皆さんはどのように過ごしているでしょうか。



希望を持って健やかに新年を迎える人がいる一方で、大きな不安を持たざるを得ない人が少なくないのも事実かと察します。特に、何らかの理由で離職したまま新年を迎えた人の胸中は察するに余りあります。



一連のコロナ禍の影響により、離職を余儀なくされている人が数多くいるのはご存知の通りです。離職には様々なケースがありますが、2020年に目立って増加したのが企業による「早期・希望退職」の実施です。



早期・希望退職とは、企業側が示す一定条件(たとえば40歳以上、勤続年数10年超など)に該当する従業員が告知期間内に応募して退職する場合、割増退職金を上乗せして、希望者には再就職支援を実施する制度です。



このうち、再就職支援というのは、再就職コンサルティング会社に紹介し、そこでカウンセリングやトレーニング(面接対応など)を受けるケースがほとんどですが、それだけで再就職が決まる保証はありません。

したがって、事実上は、割増退職金のみと考えていいでしょう。



■実施社数・人数とも過去3番目の高水準になる可能性



東京商工リサーチが発表した資料によると(以下全て同じ)、12月7日までに上場企業の早期・希望退職者募集が90社に達したようです。募集社数は、リーマンショック直後の2009年(191社)に次ぐ高水準。募集人数は、判明分で1万7,697人を数え、東日本大震災の後遺症が残った2012年以来8年ぶりの高水準になる見込みです。



その後の判明分を含めると、2009年の約23,000人に次ぐ過去3番目の高水準になる可能性が高いと見られます(調査実施以降のみ対象、過去最高は2002年の約39,700人)。



また、これらの数値は、有価証券報告書を提出している上場企業のみが対象ですから、中小・零細などを中心とした非上場企業を含めると、リーマンショック時に匹敵するレベルであることは容易に想像できましょう。



■既に2021年の実施予定はリーマンショック時を上回る



さらに、2021年1月以降に早期・希望退職を実施することを明らかにした上場企業は、12月29日現在で既に18社に達したことが判明しています。このうち、募集人数等の詳細が判明しているのは13社で合計3,360人。



この年末時点において既に翌年の早期・希望退職の実施が判明している社数は、リーマンショック時を上回るハイペースです(2008年末時点では10社でした)。これも前掲した通り上場企業のみが対象ですから、実質的にはかなりの社数が既に実施を決めていると考えられます。



■早期・希望退職制度は経営者にも従業員にもメリットあり?



このように、早期・希望退職の実施は、やや不適切な表現かもしれませんが、ある種のトレンド、ブームとなっているのです。そして、早期・希望退職の実施が急増してる最大の要因は、言うまでもなく、コロナ禍による業績悪化です。



一般論として、売上高の見通しが立たない、あるいは、大幅減少が見込まれる時、当座のコスト削減で対応できなければ、固定費削減は必要不可欠です。業種によって差はありますが、最大の固定費は人件費ですから、経営者が人員削減に踏み切るのは理解できます。



一方で、「雇用維持」は経営者のノルマでもあります。経営者失格という烙印を押されずに、業績立て直しのために人員削減を行うならば、早期・希望退職の実施は都合の良い制度なのかもしれません。



また、同制度は、雇用の流動化が高まっている近年では、従業員にとっても決して悪い制度ではありませんし、むしろ、“渡りに船”という人もいるのではないでしょうか。



■2019年から著しく増加していた早期・希望退職



ところで、昨今の早期・希望退職の実施急増は、本当にコロナ禍の影響だけによるものなのでしょうか? 結論から言うと、既に2019年から早期・希望退職は著しい増加に転じ始めており、今回のコロナ禍の影響は、それを加速したに過ぎないと見ることができます。



実際にデータを見てみましょう。コロナ禍の影響が全くなかった2019年に早期・希望退職を実施した上場企業は延べ36社、対象人数は1万1,351人に達しました。社数、人数とも2014年以降の年間実績を上回り、過去5年間では最多を更新したのです。人数だけ見れば、2013年を上回っており、アベノミクス始動以降では最多でした。



今となっては信じられないかもしれませんが、2019年の雇用環境はまだ良好であり、労働市場の需給関係を表す指標の1つである有効求人倍率は約1.6倍で、バブル経済期の1.4倍を遥かに上回る“人手不足”だったのです。ちなみに、直近の同指標は10月が1.04倍、11月が1.06倍でした。



ここで重要なことは、コロナ禍とは一切無縁で、しかも、雇用環境が良好だった1年前の時点で、既に早期・希望退職が著しく増加していたことです。



■「攻め」と「守り」の2つのパターン



早期・希望退職の実施そのものは、リストラの一種であることは間違いありませんが、大きく「攻めのリストラ」と「守りのリストラ」の2つに分けられます。



「攻めのリストラ」は、企業体力(収益や財務状況)が十分あるうちに、近い将来予期される危機に対して先手を打って構造改革を進めるものです。一方、「守りのリストラ」はその逆で、収益悪化などで企業体力が大きく下降し始めた時、これ以上の悪化を防ぐためのものです。



当然ながら、同じ早期・希望退職の実施でも大きな差が生じるでしょう。退職する従業員はもちろんのこと、社内に残る従業員の士気は全然違うでしょうし、上乗せされる割増退職金に差が出ても不思議ではありません。

そして、「攻め」と「守り」の差は、そのまま経営者の判断の差とも言えます。



2019年に早期・割増退職を実施した上場企業を見ると、債務超過に陥った(注:当時)ジャパンディスプレイのように必要に迫られて実施した企業がある一方、富士通、キリンHD、ルネサスエレクトロニクスのように将来へ向けた構造改革を急いだ「攻め」も数多くあります。



2020年も、まだコロナ禍の影響が小さかった3月頃までは、ファミリーマートや三越伊勢丹ホールディングスなど、ややひいき目に見て「攻め」の実施企業が少なくありませんでした。



しかしその後の発表では、オリンパス(注:実施は2021年)など「攻め」も散見されますが、必要に迫られた「守り」が圧倒的に多くなっています。いや、「守り」どころか、最後の一手としての実施に追い込まれた企業も少なくありません。



■2021年は「攻め」も「守り」も増加する可能性



さて、2021年はどうなるでしょうか。これは、感染状況や予定されているワクチンの接種状況で大きく変わってくると思われますが、早期の業績回復が難しい現状を鑑みれば、早期・希望退職の実施はまだまだ増加すると予想されます。



また、今後の世界情勢を保守的に予想した場合、「守り」だけではなく、「攻め」の早期・希望退職も増加し続ける可能性は十分あると考えられます。そのため、この記事をお読み頂いている皆さんが勤める企業も、ある日突然に早期・希望退職を募っても不思議ではないのです。



募集を開始してから応募〆切までの時間は意外に短いようですから、常日頃から自分の選択を想定しておくことが必要かもしれません。いずれにせよ、早期・希望退職制度が企業の経営者ではなく、従業員ファーストの制度となることを強く希望します。