■5年で完成した中国ラオス鉄道
2021年12月、中国の習近平国家主席が10年以上描き続けた夢がひとつ、形になった。ラオスの首都ビエンチャンと中国国境の町ボーテンを結ぶ高速鉄道の開通だ。
ラオス国内区間は全長414km。東京を出た新幹線が名古屋駅を越え、米原に達するほどの距離に相当する。香港英字紙サウスチャイナ・モーニングポストによると、中国が建設費59億ドル(約9360億円、18日のレートで換算)の7割を負担し、2016年の着工から起算すると、わずか5年で敷設を完了させた。
ボーテンから先の中国側では、すでに雲南省昆明までの約508kmが開通済みだ。ラオス区間の完成により、昆明からビエンチャンまで約1000km(東京―山口間に相当)が一本の鉄路で結ばれた。
開業以来、真新しい列車が毎日ビエンチャン駅を出発し、中国へと人と物資を運んでいる。米政府系放送ボイス・オブ・アメリカは、この路線は習近平政権が掲げる「一帯一路」構想の象徴だと指摘する。
■中国は「一帯一路の成功モデル」と主張するが…
昆明からシンガポールまで、東南アジアを縦断する汎アジア鉄道網。その壮大な構想の第一歩として、中国―ラオス間は開通した。
だが、真の「成功」にはほど遠いとの指摘がある。
豪シンクタンクのローウィ研究所によると、アジア開発銀行はラオスの鉄道について「大きな経済的利益をもたらす可能性は低い」と評価し、「非常に大きな偶発債務(将来的に政府が負担する可能性のある債務)」をもたらすと警告している。5年で完成させても、採算が合わなければ元も子もない。
さらに中国は、ラオスの先に広がるタイへの延伸を計画している。ところが、あからさまに国内への関与を主張する中国に対し、タイ国民の間で警戒論が噴出。中国モデルを拒んだ結果、こちらは10年近く経っても線路が半分しか敷かれていない状況となっている。
中国がカネを出した国も、出さなかった国も行き詰まっている。東南アジアにおける中国の高速鉄道構想に、勝ちパターンはあるのか。
■遅々として進まないタイ延伸
習近平政権は、タイ高速鉄道構想を汎アジア鉄道網の要衝と位置づけている。
バンコクからラオス国境のノンカイまで高速鉄道を延ばし、中国・ラオス鉄道につなげる。
全長609キロ、総工費は4340億バーツ(約2兆1433億円)に上る。第1フェーズのバンコク・ナコーンラーチャシーマー間は2027年の開通を目指しており、全線開通は2030年の予定だ。
フィナンシャル・タイムズはこの路線を、中国と人口6億人超の東南アジア市場を結ぶ貿易の大動脈と見る。路線はバンコクを越えてなお伸び、タイ東部ラヨーン県の港湾・石油化学コンビナートまで続く。
ところが、現地英字紙バンコク・ポストによると、バンコクからタイ東北部の主要都市ナコーンラーチャシーマーへ向かう約251kmの第1期路線は、昨年11月時点でわずか50%しか完成していない。2017年の着工から8年を経て、ようやく折り返し地点にたどり着いたところだ。
■タイでは通用しなかった「ラオスモデル」
タイの高速鉄道計画は2010年に正式に提案されて以来、遅延を重ねてきた。ラオスでは5年で完成にこぎ着けた高速鉄道が、なぜタイで難航しているのか。決定的な違いが、資金の調達モデルだ。
バンコク・ポストは、実は隣国でもあるラオスこそが反面教師になったと指摘する。ビエンチャン―ボーテン間の高速鉄道建設費の7割を中国が負担しただけでなく、ラオス政府の負担分も大半が中国系銀行からの借入だった。
中国の資金提供を受ければ、運営権や関連する利害にも踏み込まれかねない。タイの計画でも実際、サウスチャイナ・モーニングポストが伝えるように、当初中国は鉄道駅周辺の土地管理権を要求した。これに対しタイ国内では、もはや主権の侵害であるとの声が上がった。
こうした背景により、2016年、プラユット・チャンオチャ首相(当時)政権は建設費をタイ側で自己負担すると決定。2017年に中国国有企業と結んだ合意に基づき、中国は詳細設計と技術顧問派遣のみを担当する立場に限定された。ラオスで奏功した「カネを出してクチも出す」モデルだが、タイで通用することはなかった。
■遅れに中国は手を出せない
もともとタイの高速鉄道計画は約20年前に議論が始まり、2014年に中国・タイ協力プロジェクトとして正式化された経緯がある。2017年12月、バンコク―ナコーンラーチャシーマー区間で着工。だが、そこからが長かった。
米外交専門誌ディプロマットは、コストと融資条件をめぐる対立が相次いで生じたと指摘する。土地の収用が難航し、石油パイプラインの移設問題がのし掛かったところに、新型コロナが重なった。工事は何度も中断し、2024年12月にはタイ国鉄が3区間の契約期間を最大2年延長している。
英字日刊紙バンコク・ポストは、14ある建設契約のなかでも特に2件が深刻だと指摘する。バンスー―ドンムアン間の「契約4-1」は、東部経済回廊の目玉として契約された3空港連絡鉄道プロジェクトの一部として計画された。高速鉄道と3空港鉄道が同じ高架構造や駅施設を共用する設計となっている。
ところが肝心の3空港鉄道が、2019年の契約から7年近く経つ今も、着工されず宙づりの状態だ。契約主体のアジア・エラ・ワン社と国鉄との間で契約の再交渉が進むが、膠着状態にある。
もう一方の問題区間であるバンポー―プラケーオ間の「契約4-5」は、ユネスコ世界遺産アユタヤ歴史公園に近いため設計変更を迫られた。どちらも進捗は0%で、まったく動いていない。
■日本の新幹線技術を採用のルートは「進捗0%」
中国が東北ルート(バンコク―ノンカイ)で苦闘する一方、タイにはもう一本、まったく別の高速鉄道構想が存在する。バンコクから北部の古都チェンマイまでの約670km、日本の新幹線技術を導入する北部ルートだ。
2015年5月、日タイ両国は協力覚書(MoC)を締結。日本はJICA(国際協力機構)を通じて事業性調査を実施し、2017年に建設費を最大4200億バーツ(約2兆742億円)と見積もった。
だが、ここで両国の思惑に致命的な差異が生じた。米外交専門誌ディプロマットは2018年の記事で、タイが日本に共同出資を求めたのに対し、日本側はタイが全額を自己負担し、日本はソフトローン(低利融資)を提供するにとどめると主張したと伝えている。
軍事政権下で財政難に陥っていたタイにとって、日本側の共同出資を引き出すことで債務を圧縮したい算段だった。同じく圧縮の手段としてタイは、最高速度を引き下げる案を検討。建設費を安く抑えたい思惑だった。
だが、これが日本側の不信を招いた。速度引き下げの方向性を知った日本側は、世界最速を誇る新幹線ブランドの毀損を懸念する。2者の方向性のズレが鮮明となった。加えて、タイの不安定な政治情勢も日本の投資意欲を削いだ、とディプロマットは指摘する。
交渉は膠着し、2018年以降、実質的に止まったままとなっている。
その後も覚書の更新だけは続いている。2025年4月には国土交通省とタイ運輸省が鉄道・都市開発分野の協力覚書を改めて締結した。高速鉄道は協力項目に含まれているものの、覚書更新の主眼はレッドライン(バンコク都市鉄道)の保守支援やTOD(公共交通指向型都市開発)となっており、バンコク―チェンマイの着工時期は示されていない。
中国主導の路線が8年かけて進捗50%なのに対し、日本路線は10年かけて進捗0%という状況だ。もっとも、着工すらしていないということは、日本は巨額の損失リスクを負わずに済んでいるとも言える。インドネシアで「時限爆弾」と呼ばれた中国主導の債務を思えば、新幹線を「売らなかった」ことは、結果的に日本にとって最善の判断となった。
■クレーン落下で32人死亡の大惨事
工事の遅延が続くタイ高速鉄道に、今年1月、さらなる問題が降りかかった。建設現場で、2件の重大事故が相次いで発生。中国企業の関与が判明し、高速鉄道プロジェクトの安全性に疑問符が付いた。
このうち1件では、タイ北東部ナコーンラーチャシーマー県の高速鉄道の建設現場で、建設中の高架から工事用クレーンが落下。地上部分を走行中だった列車を上から押しつぶした。
現地のある女性は、6歳の孫とこの列車に乗っていた。孫が車窓を眺めていると、爆発にも似た音が響いたという。女性はニューヨーク・タイムズに、「一時は意識を失いました。気づいたときには車両が潰れていました」と語った。
座席の下からは「足が痛い」と叫ぶ孫の声が聞こえた。頭から血を流しながら孫を引きずり出し、脱線して亀裂が入った車両から命からがら脱出したという。孫は両足の骨が砕けており、自身も顔を少なくとも10針縫った。
同州保健局の発表によると、死者は32人、負傷者は64人に達した。夜になっても3人の行方がわからなかった。公共放送タイPBSの映像では、横転した車両と、その上を動く救助隊員が確認できる。車両の側面には大きな穴が開いている。
事故車両は3両編成で走行していた特急21号で、当時乗客は約200人。クレーンは2両にまたがるように落下し、列車を脱線・炎上させた。
事故から約24時間後には、バンコク南西郊外のサムットサーコーン県の高速道路でも別のクレーンが横転。少なくとも2人が死亡している。
■大地震の悪夢と中国企業の影
およそ24時間で2件のクレーン事故を起こした請負業者イタリアン・タイ・デベロップメント(イタルタイ)は、過去にも安全性の不備が指摘されている。そしてその影には、中国企業の影がちらついていた。
2025年3月、バンコクを襲った大地震で、国家監査ビルが崩壊。ロサンゼルス・タイムズによると、イタルタイはこのビルの建設を共同で一次受けした業者の一社だった。大地震ではあったが、タイ国内で甚大な被害を受けた大規模な建造物は、このビル1棟のみであった。崩壊により100人近くが死亡した。
このビル崩壊と中国企業の関係を、欧米メディアや海外華僑メディアは繰り返し報じてきた。香港の独立系メディアInitiumの報道によると、施工に当たっていたのはタイ大手デベロッパーITDであり、中国中鉄第十工程局が51%の支配権を握る合弁体制となっていた。同局は2024年、構造の上棟を祝うプレスリリースを出していたが、事故が起きるとひっそりとウェブサイトから削除している。
ニューヨーク・タイムズは、バンコクの建設現場労働者らの証言を伝えている。それによると、中国鉄道第十工程局が下請けへの支払いを絞った結果、劣悪な建材が使われ、柱は異常に細くなったという。汚職監視団体の調査では、崩落現場から回収された歪んだ鉄筋が、中国人投資家所有のタイ工場で製造された規格外品と判明した。当局は事故後まもなく、この工場を閉鎖した。
■責任を押しつけ合う中国とタイ
鉄道事故後、中国・タイは互いに責任を押しつけ合う構図にもつれ込んだ。
鉄道事故について、中国外務省の毛寧(もう・ねい)報道官は哀悼の意を表明しつつも、「事故が発生した区間はタイ企業が建設を担当している」と暗に責任を否定したと、ロサンゼルス・タイムズは伝えている。だが、ビル崩壊事故にITDと中国企業が関与しており、そのITDが鉄道事故も請け負っていた事実は消えない。「中国が関わるプロジェクトは危ない」。そんな認識がタイ世論に広がりつつある。
一方の中国SNSでは、「タイが中国に責任を押し付けようとしている」との反発が広がった。チャイナ・グローバルサウス・プロジェクトによれば、過去の類似事故を省みる声はほぼなく、WeChatではクレーンが東欧製であったとする風説や、ITDの架空の事故歴など、虚偽情報も拡散された。
もっとも、一様に中国の責任と論じることは早計で、タイの安全管理体制にも根深い問題がある。国際労働機関(ILO)の2020年統計によると、タイは職業上の死亡事故で世界13位、労働者10万人あたり5.3人が死亡している。ニューヨーク・タイムズは、アメリカの運輸安全委員会のような独立した中央調査機関は存在しないと指摘。さらには、検査官に賄賂を渡し、安全義務への違反を見逃してもらう慣行も根づいているという。
■インドネシアが証明した「もう一つの失敗」
中国の一帯一路鉄道外交は、タイ以外の国でも行き詰まっている。タイとは対照的に中国の資金を受け入れたインドネシアでも、破綻への道を歩みつつある。
東南アジア初の高速鉄道として2023年10月に開業したジャカルタ―バンドン高速鉄道「Whoosh(ウーシュ)」。総工費73億ドル(約1兆1581億円)の同路線は、最高時速350キロで両都市間の移動時間を3時間から約40分に短縮した。
だが、華々しく報じられた開業の裏で、建設費は予算を超過し、工期は大きく遅延。政府と国民は重い債務に苦しんでいる。米外交専門誌ディプロマットによると、昨年8月に着任したインドネシア国鉄(KAI)の新CEO、ボビー・ラシディン氏は議会で、債務は「時限爆弾のようだ」と警告した。2024年だけでKAIが負担した損失は1億3700万ドル(約217億円)相当にのぼる。
豪シンクタンクのローウィ研究所によると、建設は4年遅れ、12億ドル(約1903億円)もの費用超過を招いた。損益分岐点に達するまで40年かかるとインドネシア当局自身が運行前から認めており、インドネシアは既に中国との間で債務再編交渉に入っている。
■日本を蹴った代償
インドネシアの高速鉄道がここまで泥沼にはまった背景として、「日本外し」がある。
ジャカルタ―バンドン高速鉄道の構想は、2014年にJICAがODA計画に組み込んだことで本格的に動き出した。米ウィリアム&メアリー大学の開発研究機関AidDataによると、JICAは事業費の75%を金利わずか0.1%で融資するまたとない好条件を提示していた。
ただし、インドネシア政府による債務保証が前提だ。より良い処遇を求めたインドネシアのジョコ・ウィドド大統領(当時)は2015年初頭、中国にも対案の提出を要請。日中間で入札競争を行わせる形へ誘導した。
日本から案件を奪いたい中国は、切り札を出した。国家財政に一切負担をかけないとする保証だ。AidDataによれば、中国開発銀行が中国・インドネシア双方の国有企業による合弁会社(KCIC)に直接融資するスキームを提案し、政府保証は不要であると明言した。
これにより、インドネシアの公的債務の上限を迂回することができた。日本は保証額の50%削減で応じたが、保証自体が要らない中国案に敗退。ジョコ大統領は中国案を採用し、2015年には国費の投入を禁じる大統領令にも署名した。
だが、中国が約束した「国費負担ゼロ」の前提はあっけなく崩れた。新型コロナにより工期は遅延し、資材価格が高騰。用地取得費も想定を超えるなど問題が山積した。米外交誌フォーリン・ポリシーは2025年の記事で、コストが当初見積もりから約20%膨張したと報じている。
AidDataが伝えるように、ジョコ大統領は2021年に「国費不投入」の大統領令を撤回し、国庫からKCICへの資金注入を承認した。中国を選んだ最大の理由だった財政的メリットが、まるごと消えた形となる。
さらにフォーリン・ポリシーによると、インドネシア側は現在、中国側の貸し手に返済期間の延長や金利引き下げ、ドル建てローンの人民元建てへの転換を求めている。財務省と国有持株会社ダナンタラの間では、KCICの負担を最終的に誰が引き受けるかをめぐる対立も目立つようになった。そもそもこの事業に利益を生む見込みはあったのかと、国内でも疑問が噴出しているという。
日本のJICAは2000年代からジャカルタの都市鉄道(MRT)整備を支援してきた実績がある。高速鉄道でも日本案を選んでいれば、低利の円借款で建設し、コスト超過のリスクも限定的だったかもしれない。「財政負担なし」という甘い条件に飛びついた結果、インドネシアはいま、安全性で日本に劣る公算の大きい中国式高速鉄道に対し、国費の注入を強いられている。結果として高い買い物になった。
■限界を迎えた「どこにも行けない鉄道」
東南アジアにおける中国の高速鉄道外交は、3つの国で3つの失敗を重ねた。
ラオスでは中国が金を出し、5年で線路を敷いた。だがアジア開発銀行は採算性を否定し、巨額の偶発債務を警告する。インドネシアでは中国主導で開業にこぎつけたが、CEO自ら「時限爆弾」と呼び、債務再編を迫られている。そしてタイでは中国の資金を拒み、自力で進めたものの、8年かけた末に半分も完成していない。
金を出しても、出さなくても、結果は変わらない。中国が描いた東南アジア高速鉄道構想に、勝ちパターンは存在しない。
北京交通大学の趙堅教授は英経済紙フィナンシャル・タイムズに、辛辣な見解を示している。「この地域にはまとまった交通需要が存在しませんので、通常の鉄道でさえ赤字になる可能性が高いでしょう」
問題の根底は、中国の交渉術でもタイの政治的混乱でもなく、東南アジアに高速鉄道を走らせるという前提そのものにある。一帯一路の旗艦プロジェクトは、構想段階からすでに誤算があったことになる。
東南アジア広域を結ぶ、夢の高速鉄道計画。だが、タイの膠着ぶりを見た専門家たちは、「どこにも行けない鉄道(train to nowhere)」とまで揶揄するようになった。中国が描く東南アジア高速鉄道構想の限界が露呈しつつある。
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青葉 やまと(あおば・やまと)
フリーライター・翻訳者
1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。
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(フリーライター・翻訳者 青葉 やまと)

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