久しぶりに北京に出張しました。首都であり、政治の街・北京特有の「倹約令」も作用し、デフレや需要不足は上海と比べても深刻な状況でした。

一方、AIを国家戦略の見地から盛り上げていく現場も目撃してきました。北京での現地視察を報告します。


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※このレポートは、YouTube動画で視聴いただくこともできます。
著者の加藤 嘉一が解説しています。以下のリンクよりご視聴ください。
「 「政治の街」北京出張レポート:デフレ進行とAI台頭の現場を歩く 」


上海と比べても深刻だった北京でのデフレ現象

 11月上旬、久しぶりに北京に出張へ行ってきました。10月末、米中首脳会談が韓国で開かれ、両国がいったん「休戦」したかと思えば、日本の高市早苗首相による国会での台湾問題関連答弁で、日中外交関係が悪化し、中国政府が自国民の日本への渡航を控えるよう呼びかけるなど、マクロ情勢は目まぐるしく動いているように見受けられます。


 そんな中、中国の首都・北京からみた経済動向の一端を探るべく、現地に数日間滞在し、景気の現場を見てきました。


 結論から言うと、以前本連載でも出張レポートとして扱った上海と比べても、北京における景気低迷は顕著でした。デフレ、需要不足、不動産不況といった昨今の中国経済を巡る構造的問題が、経済活動や市民生活に如実に反映されている現状が垣間見られました。


 レストランやマッサージ店、住宅などを巡る価格が軒並み低迷していたのと同時に、習近平国家主席自身も警戒し、警告を鳴らす「内巻(ネイジュエン)」(価格などを巡る過当競争を通じて、経済が悪循環に陥り、疲弊していく現象)が北京のあらゆる現場にも押し寄せていたのが印象的でした。


 私が滞在期間中に利用した外食の場面を例に挙げましょう。北京市の中心部ではなく、やや郊外に位置する地域にある、それなりに良いショッピングモールの中に入っている、比較的高級な湖南料理店に入ったときのことです。


 料理はとてもおいしく、サービスも行き届いていて、「安くて、うまくて、早い」を前面に打ち出していました。そこでは、ライスが1杯3元(約60円)でお代わり自由、15分以内に注文した料理が出されなければ全額無料(注文完了した時点から砂時計で時間計算)、食事を終えて店を出る際に、次回以降使える「50元(約1,000円)引きクーポン」を一人につき3枚配布されるというありさまでした。


 ちなみに、この時は二人で食事をして130元(約2,600円)でしたが、この消費額でこのクーポンというのも、「なかなか日本ではお目にかかれない」「普通のキャンペーンではない」という感想を私に抱かせました。


 このお店の周りにもレストランが密集していましたが、どこも単に価格を下げるだけでなく、サービスを充実させ、クーポンやキャンペーンを多用することで、お客さんを引き留めるのに必死でしたし、ほぼ全ての店の前で「客引き」が行われている状況で、明らかに過当競争の様相を呈していました。


 市民たちも、リーズナブルでお得な店以外には入らない、「安かろう、悪かろう」では全く通用しない雰囲気が漂っていました。


「政治の街」北京出張レポート:デフレ進行とAI台頭の現場を歩く
レストランのメニュー。重慶ラーメンが160円、炒飯が360円でコロナ禍前より3割程度安い印象(写真:加藤 嘉一)

 消費の現場をふらつく市民たちに話を聞いても、「今は何でもモノが安い」という感想を持っているケースが多く、一方で「給料は上がらず、ボーナスも出ず、未払いの月もあるため、価格が下がるくらいでないと生活できない」という方が半数以上で、価格の下落や、人々の生活水準、幸福感、納得感の向上につながっているようには見受けられませんでした。


「内巻式競争」下だからこその構造的矛盾だと実感した次第です。


 中国国家統計局が発表した最新の統計によれば、10月は、生産、消費、投資を含め、1~9月の統計と比べても、伸び率が明白に鈍化している現状が見て取れます。


  10月 1~9月 1~6月 工業生産 4.9% 6.2% 6.4% 小売売上 2.9% 4.5% 5.0% 固定資産投資 ▲1.7%(1~10月) ▲0.5% 2.8% 不動産開発投資 ▲14.7%(1~10月) ▲13.9% ▲9.9% 不動産を除いた固定資産投資 1.7%(1~10月) 3.0% 5.3% 貿易(輸出/輸入) 0.1%(▲0.8%/1.4%) 4.0%(7.1%/▲0.2%) 2.9%(7.2%/▲2.7%) 失業率(調査ベース、農村部除く) 5.1% 5.2% 5.2% 消費者物価指数(CPI) 0.2% ▲0.1% ▲0.1% 生産者物価指数(PPI) ▲2.1% ▲2.8% ▲2.8% 中国国家統計局の発表を基に筆者作成。▲はマイナス。数字は前年同期比

 四中全会で「第15次5カ年計画」の案が審議され、少なくとも経済の持続的成長を、科学技術の振興を中心に推進していく方向性が示されました。


 米国との関税を含めた交渉も、韓国での米中首脳会談を経て、少なくとも「休戦」の方向性が示されました。

ただ、これらのマクロ動向が経済の現場、景気の動向にポジティブな影響を与えるまでには至っていない現状を、北京の一角で確認することができたという感想を持っています。


習近平政権特有の「倹約令」も消費低迷の拍車に

 北京という土地柄、やはりキーワードとなるのが「政治」です。首都であり、政治の街である北京だからこその事情や論理がそこには存在し、景気動向や市民生活に深い次元で影響を与えているという真実を、今回の北京出張でも実感しました。


 政治が経済に影響を与えるキーワードが「倹約令」です。端的に言えば、習近平政権として、官僚・役人たちに対して「ぜいたく禁止令」「反腐敗闘争」といった観点から、ぜいたくや浪費を撲滅し、無駄な接待や会食を極力減らすように指令が出ているのです。


 政治の街である北京だけに、飲食業界やホテル業界を中心に、官僚・役人(国有企業など含む)が主要顧客というケースが多いですが、「倹約令」が厳格に実行される中、官僚がとにかくお金を使ってはいけない、宴会で酒を飲んではいけない、マオタイ酒の注文や持ち込みも禁止といった規定が影響し、景気の悪化や消費の低迷に拍車をかけているというのが北京から見た実態だったと総括しています。


 個人的な話で恐縮ですが、私も数日間に及ぶ北京滞在中、お酒を一滴も口にしませんでした。私が留学していた2003~2012年(胡錦涛(フー・チンタオ)・温家宝(ウェン・チアパオ)政権)では考えられなかったと思います。


 北京では特に街の至る所に政治的なスローガン(「永遠に党についていくのだ」など)が掲げられていますが、おそらく中央省庁や国有企業で働く人々は、そういう看板を見るたびに背筋が凍りつき、飲酒や接待を控えなければ政治生命が危うくなるという恐怖心に駆られているのでしょう。


「政治の街」北京出張レポート:デフレ進行とAI台頭の現場を歩く
街中に張り出された「永遠に党についていく」という政治スローガン(写真:加藤 嘉一)

 そういう雰囲気が景気動向に対しては後ろ向きに作用しているのだと、街を歩きながら想像した次第です。


北京の一角に建設中の「AI PARK」は中国の人工知能戦略を象徴

 政治の街、北京における経済が「倹約令」を含めた政治の論理で動く(振り回される、という表現も可能)中で、景気がなかなか上向いていかない現状を述べてきました。


 一方、今回の北京出張では新たな発見と言える場面にも出くわしました。


 仮に最近の中国株が「比較的好調」という評価を下す場合、その一つの根拠が人工知能(AI)だと思います。

中国が国を挙げてAI産業を成長させ、米国に追い付け追い越せの勢いで盛り上げているという背景が作用していると言えるでしょう。


 今回の出張では、北京西部に位置する「中関村発展 AI PARK」という、AI産業に従事する企業を誘致し、発展させるための集積地を訪れる機会がありました。


「政治の街」北京出張レポート:デフレ進行とAI台頭の現場を歩く
北京西部のAI PARK(写真:加藤 嘉一)

 中関村というエリアは、私が北京で学んでいた2000年代から「北京のシリコンバレー」を目指すという位置づけがなされていた地域で、スタートアップやイノベーションをこの地から生んでいこうという雰囲気が当時から漂っていました。


 昨今、習近平政権下において、特に米国との技術覇権競争の観点から、AIを国家戦略の見地から大々的に発展させていこうというフェーズに入っています。今回の現地視察で目撃した「AI PARK」はまさにそういう動向を象徴する場面だと認識しました。


 その名の通り、AIを扱い、AIを武器に成長しようとする企業を誘致する産業園という位置づけですが、周囲には「オフィス機能、研究開発、製造―人工知能産業新高地」というスローガンが掲げられていました。


 すでにファーウェイやチャイナテレコムといった企業が拠点を有していましたし、「北京人工知能セキュリティー・ガバナンス研究院」(Beijing Institute of Artificial Intelligence Safety and Governance)という研究所も入っていました。国有資本がリードし、民間企業がそれに続き、乗っかるというまさに「官民一体」の様相を呈していたのです。


「政治の街」北京出張レポート:デフレ進行とAI台頭の現場を歩く
北京人工知能セキュリティー・ガバナンス研究院(写真:加藤 嘉一)

 AIは中国が国を挙げて育成していこうとしている産業の「1丁目1番地」です。故に、北京が一つの戦略的拠点・集積地になることは間違いありません。


 そんな中、中国で最も重要な企業と称されることの多いファーウェイ、近年AIに力を入れているアリババ集団控股有限公司、および台頭著しく、存在が不気味にも映るDeepSeekといった「民間企業」がどのように国の掛け声に呼応していくのか。それらがどう中国の経済成長や景気動向、および世界経済や企業間競争に影響していくのか。

引き続きウオッチしていきたいと思います。


(加藤 嘉一)

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