スイスでいま、同国の国鉄などにより発電所の建設が進行中。「電化率ほぼ100%」であるスイスの鉄道、そしてスイスという国が考えるエネルギーの未来が、そこに見えました。

日本で起きたあの事故も、アルプスの地下に影響しています。

アルプスの水を活用

 アルプス山脈が国土面積の60%を占めるスイスは、鉄道の「電化率」がほぼ100%です。「電化率」とはかんたんにいえば、電車や電気機関車が上空に張った電線などから電気を取り入れ、自走できるようにされている線路の割合、です。

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地下で建設が進められているナント・ド・ドランス発電所。巨大な導水管が口を開ける(2016年8月、恵 知仁撮影)。

 線路に電線など必要な設備を設け、電車や電気機関車が走れるようにすることを「電化」といいます。ディーゼルカーなどが使われる「非電化」の線路と比べ、電気関係の設備を要しますが、電化にはエネルギー効率や高速性、快適性に優れるといったメリットが存在。それを生かせる新幹線をはじめとした高速鉄道や、列車本数の多い路線などで電化されている例が多く見られます。

 スイスでは、アルプスの豊富な水を用いた水力発電などで電化が進行。いわゆるローカル線まで含めてほぼ100%が電化されており、その率は世界一ともされます。「水と木以外にエネルギー資源がほとんどない」というスイス国内で生まれる電力は、およそ60%が水力によるもの。そしてスイス国鉄が使う電力は、約90%が水力由来です。

進むアルプス地下発電所建設、何を目指すのか 鉄道向き? 日本の影響も

チューリヒ中央駅で発車を待つ、スイス国鉄のジュネーブ空港行きICN。最高速度は200km/h(2016年8月、恵 知仁撮影)。

 そうしたスイスの南西部、フランス国境に近いアルプスの山岳地帯において現在、水力を用いた大規模で、鉄道に適したナント・ド・ドランス発電所(Nant de Drance)の建設が、スイス国鉄などにより2018年の運転開始を目指し、進められています。そこには、日本で発生したあの事故も影響を与えていました。

揚水発電所をスイス国鉄が「必要」とするワケ

 ナント・ド・ドランスは「揚水発電所」というタイプの発電所です。「下湖」のエモッソン湖(Emosson)と「上湖」のビューエモッソン湖(Vieux Emosson)というふたつのダム湖を使い、電気が必要なときは上湖から下湖へ水を流して発電。そして、需要が少ない夜間の電気を使って下湖から上湖に水を戻すという仕組みです。

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左上が「上湖」のビューエモッソン湖、右下が「下湖」のエモッソン湖で、標高差は約300m。結ぶ管の途中に発電機がある(2016年8月、恵 知仁撮影)。

 揚水発電所は需要の変化に応じて素早く発電でき、水も再利用するため、朝の列車本数が多い時間帯に発電し、深夜、水を上湖へ戻して、翌朝、再びその水を使って発電する、といったことが可能。鉄道に適した特性を持つため、スイス国鉄はこれを「必要」としています。

 こうした揚水発電所は日本にも存在し、特に珍しいものではありませんが、このナント・ド・ドランスは既存のダム湖を活用しているのが大きな特徴。

またそれが、この大規模工事がスムーズに進んでいる要因でもあるようです。

恐れられるスイスの「レファレンダム」、しかし…

 標高およそ2200mの位置にあるビューエモッソン湖は、1955(昭和30)年にスイス国鉄が発電のため建設しました。そして1974(昭和49)年、標高およそ1900mの位置にエモッソン湖が完成し、そこでの発電が始まると、容量が少なかった既存のビューエモッソン湖での発電は終了。水の貯蔵庫にされました。ナント・ド・ドランスは、この貯蔵庫を「上湖」として再々利用し、揚水発電所にするのです。

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標高およそ1900mの場所にあるエモッソン湖。アルプス山脈の氷河などが眺められ、観光地としても知られる(2016年8月、恵 知仁撮影)。

 スイスには「レファレンダム」という、一定の条件を満たせばその是非を国民投票に持ち込める制度が存在。それによって事業がストップする可能性があるため、環境に影響を与える可能性がある土木事業を行う側にとって、「一番怖いもの」ともいいます。

 しかし、自然豊かなアルプスの山岳地帯で行われるこの発電所の大規模工事について、それは行われませんでした。ナント・ド・ドランスのエリック・ウィルー社長は「存在しているダムを活用してより良いものを造ることから、反対が少なかったと思われます。環境団体からはありましたが、合意して進めました」と話します。

 また、建設に必要なセメントの材料はダムの近くから採掘し、発電所などを設けるため掘削した地下の土砂をそこに戻しているそうです。

スイス、そしてナント・ド・ドランスに影響を与えている日本の事故

 ナント・ド・ドランスのエリック・ウィルー社長によると、福島の原発事故を受けて、世論もそのプロジェクトを後押ししているとのこと。

 スイスの電力は約6割が水力によりますが、残りの約4割は原子力です。しかし2011年に発生した福島の事故後、スイスでは2034年までに原発を全基停止することが目標になりました。

 原子力由来の電力をどの電力と替えるのか、具体的な決定には至っていませんが、ひとつの方法として、スイスの豊富な水を使った水力発電のさらなる活用が考えられています。ナント・ド・ドランスでも、福島の事故後に発電機の数を4基から6基に増やしたといい、エリック・ウィルー社長は「完成すると地域に供給できる電力が3倍になり、スイスのフランス語圏(同国の西側地域)へ電力を安定供給できる」と話します。

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建設中のナント・ド・ドランス発電所(2016年8月、恵 知仁撮影)。

 現在、電力の約90%が水力由来であるスイス国鉄は、2025年までに100%を再生可能エネルギー由来のものにするとしているほか、先述の通りスイスは、2034年までの「脱原発」が目標。20億スイスフラン(約2300億円)が投じられ、900メガワットというスイスのゲスゲン(Gosgen)原子力発電所と同等の発電能力を持つというナント・ド・ドランス発電所がそこで果たす役割は、大きなものになりそうです。

【写真】スイスのマクドナルド用貨車?

進むアルプス地下発電所建設、何を目指すのか 鉄道向き? 日本の影響も

スイスでは、環境に優しい鉄道を使った貨物輸送が盛んに行われている(2016年8月、恵 知仁撮影)。

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