自家用戦闘機を持つ民間企業

 F-16「ファイティングファルコン」は現在も各国空軍の主力戦闘機として運用されている機体です。しかし、この戦闘機を、軍ではなく民間企業が保有し、しかも日常的に飛行させているというのです。

【写真】これが「魔改造民間向けF-16」驚愕の全貌&機内です

 事業用F-16戦闘機を所有しているのはカナダに本社がある民間軍事企業「トップ・エイシズ(Top Aces)」です。同社は軍隊の戦闘機訓練において、自社が所有する戦闘機を使って敵役を行なう企業です。空軍では訓練での敵役を演じる専門部隊が存在しており、日本の航空自衛隊でも“アグレッサー”の愛称で知られる飛行教導群が有名です。トップ・エイシズはいわば民間アグレッサー会社ともいえる存在であり、F-16はその業務の為に導入されました。

 同社のF-16は、もともとイスラエル空軍が運用していたF-16A/B(イスラエルでは「ネッツ」と呼称)です。空軍から退役して保管されていたものを2017年に取得契約を結び、2019年頃に約30機がアメリカのアリゾナ州にある拠点まで空輸され、そこで飛行状態に戻すレストア作業が行なわれました。その後、アメリカ国内の空軍基地で仮想敵航空業務に使われ、現在に至ります。

 海外には「トップ・エイシズ」のような民間アグレッサー会社は複数ありますが、第4世代戦闘機であるF-16を運用しているのは世界中でも同社だけです。

 通常、民間アグレッサー会社では運用コストの安い旧式の退役戦闘機を運用しています。代表例はA-4「スカイホーク」やF-5「タイガー」などで、日本でも在日米軍の訓練支援を行なっているATACが、1960年代に軍で使われたイギリス製戦闘機「ホーカーハンター」を運用しています。これは運用コストを抑えつつ訓練回数を確保するためであり、民間アグレッサー会社では一般的な手法でした。

「トップ・エイシズ」でのF-16の購入費や運用コストの具体的な金額は非公開ですが、その額が決して安いものではありません。

ある民間軍事企業の関係者の話ではF-16の運用コストは、A-4の4倍とも言われています。それだけの高額なコストを払っても「トップ・エイシズ」がこの機体を飛ばすのは、そこに軍事的な理由があるからなのです。

きっかけはロシア・中国の軍事的台頭とF-35の普及

 アメリカ空軍、海軍では長年に渡って民間アグレッサー会社を軍事訓練で利用してきました。しかし、昨今のロシアや中国の兵器の近代化によって、アメリカ軍全体で想定させる実戦の状況に変化していきます。

両国ともSu-57やJ-20といったステルス戦闘機を実用化し、ネットワーク能力の整備や兵器の長射程化も実現しています。それに対抗すべくアメリカ軍でも空軍、海兵隊、海軍でそれぞれF-35「ライトニング」が配備され、第5世代戦闘機を中核とした新しい戦力が整備されました。

 このように敵味方の双方の航空兵力がアップグレードされたことで、訓練でもより高度で現実的な状況が再現できることが求められるようになり、そこで活動する民間アグレッサー会社にもより高度な能力が必要となったのです。

 かつては、A-4やL-39「アルバトロス」といった旧式のシンプルな機体でも仮想敵航空業務は行えましたが、2020年以降にはレーダーを搭載し、中距離のBVR戦闘(有視界外戦闘)をシミュレーションできる能力が求められるようになります。

 アメリカの民間アグレッサー会社であるドラケン・インターナショナルやATACは、この要求に応えるべく、フランス製のミラージュF1戦闘機を導入。「トップ・エイシズ」はさらに上の戦闘機として、イスラエルからF-16を購入したのです。

「トップ・エイシズ」の関係者はF-16の導入について次のように説明します。

「F-35戦闘機の普及によって訓練の質は大きく変りました。

F-35やF-22のような第5世代戦闘機に対抗するには、より高度な機体としてF-16が必要だったのです」。

中身は別物? F-2にも匹敵する“敵役性能”

 もっとも、同社が購入したF-16は初期のA型(ブロック5/ブロック10)であり、そのままの状態では第5世代戦闘機の好敵手とはなりません。そのため、一部のF-16には同社が独自に開発したAAMS(アドバンスド・アグレッサー・ミッション・システム)が搭載されています。

なぜ民間企業がF-16戦闘機を飛ばすのか? “F-2級の性能...の画像はこちら >>

アメリカ空軍のF-35Aと編隊飛行する「トップ・エイシズ」のF-16(アメリカ空軍)。

 これは、AESAレーダー、IRST(赤外線探索追尾)センサー、データリンクのLink16、HMD(ヘルメット照準システム)が新しく追加されており、多くのミサイル攻撃をシミュレーションして模擬攻撃を行なうことも可能です。訓練における“敵役としての再現能力”という観点では、現役のF-16やその派生型であるF-2と同等、あるいはそれ以上の複雑な戦闘状況を再現できると言えるでしょう。

「我々の役割をボクシングの練習に例えると、ただ殴られるだけのパンチング・バッグではなく、対戦相手を模擬できるスパーリング・パートナーと言えるでしょう」(トップ・エイシズ関係者)。

 イスラエルから購入したF-16で、現在何機までか再飛行状態にあるかは非公開だそうです。また、AAMSの搭載もすべての機体に行なわれてはおらず、軍の請負業務の中での需要に合わせて搭載されているとも。ただ、F-35の配備が進むなかでその需要は多くなっており、搭載機の数は増えているそうです。

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