1988年ドラフト1位でヤクルトに入団し、野村克也監督時代の黄金期を牽引した川崎憲次郎氏。現在は野球解説者として、ピッチャー目線からの鋭い観察力で選手の新たな魅力を引き出してくれる。
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専門学校からドラフト10位でプロ入りした西口直人
前半戦のパ・リーグで最も鮮烈な輝きを放ったのが、ロッテの佐々木朗希だ。4月10日のオリックス戦で完全試合を達成すると、翌週の日本ハム戦でも8回をパーフェクトに抑えた。ここまで13試合に登板して6勝1敗、防御率1.48。124奪三振はリーグトップに立つ(成績は7月20日時点、以下同)。
「朗希以上の素質を持っているピッチャーは、現在のプロ野球にはいません。過去を振りかえって比べるならば、松坂大輔くらいですよ」
そう話すのは、ヤクルト時代の1998年に沢村賞を受賞した川崎憲次郎氏だ。190cmの長身から最速164キロ、切れ味鋭いフォークを投げ込む"令和の怪物"のすごさは、同じ右投手だった川崎氏の目にはどう映っているのだろうか。
「あれだけ球が速いパワーピッチャーの割に、コントロールが大体まとまっているのが信じられなくて。フォアボールの数がすごく少ないですよね。俺の同じ年と比べると、相当フォアボールが多いですよ。
今季の佐々木は13試合に登板して85回を投げ、与四球は14。1試合あたりに換算すると1.48個だ。一方、川崎氏の高卒3年目は28試合で191.2イニングに投げ、与四球は65。1試合あたりの四球数は3.52個になる。
一般的にパワーピッチャーはアバウトなコントロールの場合も少なくないが、なぜ佐々木は制球力も高いのか。川崎氏が解説する。
「朗希が7、8割の力で投げても150キロは出るし、それでだいたい抑えられます。ランナーがスコアリングポジションに行った時だけマックスで何球か投げれば、バッターは打てない。
田中将大が24連勝した時のレベルに達しているんですよね。たぶん自分でもそれがわかっているから、調子がいい時以外は目一杯投げていないと思います」
7割の力でアウトを取る佐々木
投手にとって7割の力の入れ具合は、キャッチボールを強めに投げたくらいだと川崎氏は言う。そこにコントロールの秘訣もある。
「マックスで投げなくても通用するから、ピッチング動作における体のコントロールもうまくいっていると思います。身長190cmと大きいのに、あれだけ左足を高く上げてバランスを崩さないのが、まずすごい。
多くの投手の場合、打者を抑えるためにはできるかぎり出力を求める必要がある。対して、佐々木は7、8割の力でもアウトにできる。そこが「素質」の違いだと川崎氏は言う。
「俺らみたいにマックスの力でやらないと通用しないピッチャーだったら、ぐんぐん力をかけていくからどうしても体の動きがブレて、コントロールにもズレが出ます。でも、朗希は7、8割でいいから、下半身でコントロールしてあげれば体がブレることはない。
気持ち的にも楽だと思います。ピッチャーとすれば、『だいたいあの辺に球が行っていれば打てないでしょ』という安心感もあるんですよね。俺が朗希クラスの素質を持っていれば、そういうピッチングをしたいですよ。でも、限界があってできない。それをしているのはすごいですよ」
圧倒的な佐々木のピッチングをうまく引き出しているのが、高卒1年目の捕手・松川虎生だ。川崎氏は「肩も強いし、178cm、98kgと大きい割にフットワークもいい。
高卒捕手として史上初めてオールスターにファン投票で選出されたが、さらなる成長に不可欠なのが"インサイドワーク"だ。川崎氏が説明する。
「よく『インサイドワーク』って言われるけど、正解はあってないようなものです。要するに、打ち取れば"当たり"。たとえ真ん中でも『いい球を投げたな』って言われる。普通は真ん中に投げるのはダメなんですけどね。そういうことができるのが古田敦也さんでした」
松川は古田敦也になれるか
インサイドワークは「頭脳プレー」や「配球」という意味で使われる。川崎氏は高卒2年目からコンビを組んだ古田氏のリードに引っ張られたと振り返る。
「古田さんは『こいつはこの場面では、この球を投げたいな』とわかるので、サインが決まるのに苦労しませんでした。だからピッチャーとしても、イライラしないですぐに投げられるんですよ。
ファームの若手がキャッチャーだと、そうはいきません。ピッチャーの特徴をわかっていないから、サインが合わなくて集中力に欠けることがある。キャッチャーのサイン次第で、ピッチャーが気分よく投げられるかが決まってきます」
松川が出すサインに、佐々木はうなずいてテンポよく投げていく。その裏にあるのが、捕手の"インサイドワーク"だ。川崎氏が続ける。
「松川はすごくよくやっていますが、これから覚えていくことはたくさんあります。ピッチャーのクセや球種、相手バッターはどんな球を投げさせたいと思っているのか......などですね。
マウンドの投手と捕手は直接会話ができないので、アイコンタクトでのコミュニケーションが大事になってきます。それができていたのは古田さん。あの域に達するのは並大抵のことではないけど、ピッチャーの気持ちを読み取っていくのは非常に大事です」
今季のプロ野球は「投高打低」の傾向が強いなか、最も気を吐く打者のひとりが日本ハムの松本剛だ。打率.355のハイアベレージを残し、2位の今宮健太(.297)を大きく引き離している。
高卒11年目の松本は、2017年オフのアジアプロ野球チャンピオンシップで日本代表に選ばれるなど期待されてきたが、その後は伸び悩んだ。それが、新庄剛志監督が就任した今季、誰より打ちまくってオールスターにもファン、選手間投票で選ばれている(左ひざの骨折で出場は絶望的)。
好調の秘訣はどこにあるのか。川崎氏の見解はこうだ。
「振りがコンパクトで、ひじをたたんでうまく打っています。タイミングの取り方がうまいです。足も速いですしね。この打率をどこまで維持できるかに注目しています」
内海哲也と同じ系統の大関
日本ハムでは高卒4年目の野村佑希も進境著しい。4月後半から主に4番に入り、リーグ6位の打率.279。二塁打の数は21本でリーグ2位、同10位のOPS.730と主軸として十分な成績を残している。川崎氏も高い期待を寄せるひとりだ。
「スイングの軌道がよくて、インコースのさばき方がすごくうまいですね。パンチ力もありますし。日本ハムはこれからのチームなので、将来的にすごく期待しています」
首位を走るソフトバンクは続出する故障者に悩まされるなか、投手陣の新戦力が大関友久だ。2019年育成2位で仙台大学から入団した左腕は昨季途中に支配下登録されると、今季先発ローテーションの一角に定着した。185cm、94kgの巨漢投手は変速的なスリークオーターから最速152キロのストレートを投げ込み、リーグ7位の防御率2.70を残している。
「球自体もいいですが、フォーム的にタイミングを取りづらいと思います。森福允彦まではいかないけど、上から投げてきそうで横から来る感じです。ストレートが速いし、チェンジアップもいいですからね。巨人から西武に移籍した内海哲也はチェンジアップを武器にしていて、スクリューのような軌道を描くから右バッターは打ちにくい。大関も同じ系統ですね」
2013年以来の優勝を目指す楽天では、入団6年目の西口直人がセットアッパーとして高い安定感を発揮している。大阪府立山本高校、甲賀健康医療専門学校を経て、2016年ドラフト10位で入団。野球界の華やかな道を歩んできたわけではないが、特技が将棋の右腕は最速156キロの剛腕で昨季ブレイクした。川崎氏は投手としての姿勢を買っている。
「楽天で一番期待の持てる成長株ですね。ストレートに勢いがあります。ふだんはおとなしくてすごくいいヤツらしいけど、マウンドに上がると人が変わるというか、肝が据わって堂々としている。ふだんと違う自分が出るんでしょうね。去年はビハインドの場面から投げ始めて、今年は勝ちパターンの競った場面でマウンドに上がっています。ピッチング内容もよくなっています」
松井裕樹という絶対的守護神がいる楽天にとって、その前を投げるセットアッパーは大きなポイントと言える。後半戦、マウンドに上がると「人が変わる」剛腕がキーマンのひとりになりそうだ。