1993年のFA制度導入から毎年のように大物選手を獲り、巨大戦力を維持してきた巨人にとって「世代交代」は後回しにされてきた感があった。もちろん、その間も坂本勇人をはじめ生え抜きの選手は何人か育ったが、そんな彼らも年齢を重ね、もはや世代交代は喫緊の問題となっている。

巨人・秋広優人の覚醒に広岡達朗は疑心暗鬼「これほど劇的に変わ...の画像はこちら >>
 そんななか、今季プロ3年目の秋広優人が彗星の如く頭角を現した。4月22日のヤクルト戦でプロ初安打、初打点を記録すると、同29日の広島戦ではプロ初本塁打。その勢いのままスタメンに定着すると、7月23日のDeNA戦では巨人史上初となる高卒3年目以下での4試合連続ホームラン。

 規定打席にも到達し、8月21日現在、打率.2884、10本塁打、37打点と、新人王有資格者のなかでは断トツの成績である。弱冠20歳にして巨人のクリーンアップを任される新世代の星・秋広について、広岡達朗に尋ねてみた。

【身長2メートルを超える日本人初の野手】

「秋広に関しては、いま研究中だ。最初のうちはクルクル回っていたのが、中田翔の影響なのか知らんが、急に変わった。

素材のよさは誰もが認めるところだが、これが本物なのかどうかまだわからないというのが正直なところだ。私の野球人生のなかで、これほど劇的に変わった選手を見たことがなかったので疑心暗鬼でいる。ただ、身長2メートルを超える驚異的な体を持った選手を、日本球界はきちんと育成したことがないから、指導者の手腕が問われることだけは間違いない。原(辰徳)にそれができるかどうかが問題だ」

 身長2メートルを超える日本人のプロ野球選手と言えば、1955年に三条実業(現・新潟県央工業)から巨人に入団した馬場正平(のちにプロレスに転向し、ジャイアント馬場の愛称で活躍)しかいない。馬場はピッチャーだったため、2メートル超えの野手は、秋広がNPB初となる。

 2020年に二松学舎大付からドラフト5位で巨人に入団した秋広は、第1次宮崎キャンプからロングティーの飛距離で首脳陣の度肝を抜き、原監督から「そのバッティングは誰に教わったの? 高校の監督さんかぁ、いい教えだね」と高く評価された。

 さらに連日の紅白戦でのヒット連発により、第2次沖縄キャンプから一軍に合流。オープン戦でも結果を残し、王貞治以来となる高卒ルーキー開幕スタメンの期待を抱かせた。結局、ルーキーイヤーはファームで体づくりに励むことになり、シーズン終盤に一軍で1打席だけ立ったのみに終わった。

 昨シーズンは一度も一軍に上がることはなかったが、イースタン・リーグで最多安打(98本)を記録。ファームでみっちり鍛えられた。

 飛躍の年として期待された3年目の今季、キャンプは一軍帯同だったが、オープン戦で結果を残せず開幕一軍は果たせなかった。

それでもファームで結果を残し、4月中旬に一軍昇格を果たすと、持ち前の打棒を発揮して不動のレギュラーとなった。

「背の高い選手は手足も長いので、どうしてもバットコントロールが難しい。当然、インコースが窮屈になってくるのだが、彼はうまく腕をたたんで打っている。身長のわりに腕はそれほど長くないのかもしれない。しかも柔らかさがあるから、差し込まれても外野手の前に落ちる。それに外角の球に対しては、リーチがある分、擦ったような当たりでレフト前に落ちるヒットが打てる。

 よく指導者は、アウトコースはおっつけて流し、インコースは腰の回転で引っ張るなど、広角に打つことを推奨しているようだが、そんな器用なバッティングを若手ができるものか。それで頭が混乱し、バッティングを崩す若手がいることを知るべきだ。それよりも、落合(博満)のようにセンター返しを基本としたバッティングを教えればいいんだ」

【さらなる飛躍のために必要な名伯楽】

 そして広岡は、秋広に対してひとつだけ不安があるという。

「オールスター前までは、丁寧にセンター返しを基本としたバッティングで粘り強さもあったが、4試合連続ホームランを打ったあたりからいい球を簡単に見逃したり、悪球に手を出したり、雑になった感がある。そんな時にアドバイスをくれる指導者がいるかどうかだ。松井(秀喜)は長嶋(茂雄)との二人三脚で"1000日計画"と題して、ゲームが終わったあとも素振りを欠かさなかった。

大打者の陰には必ず名コーチがつきっきりで教えるものだ」

 古くは、王貞治には荒川博、大杉勝男には飯島滋弥、衣笠祥雄には関根潤三、掛布雅之には山内一弘、秋山幸二には長池徳士、村上宗隆には宮本慎也と、名伯楽がつきっきりで教えて大打者へと成長させた。

 近年、選手の大型化が目立ち、ダルビッシュ有大谷翔平藤浪晋太郎、山下舜平大、佐々木朗希など、190センチ以上の選手は珍しくない。ただ、大成しているのはほとんどが投手であり(大谷は二刀流で活躍)、野手で目立った活躍をした選手というのは、一昨年にパ・リーグ本塁打王に輝いた杉本裕太郎(オリックス/190センチ)など数えるほどしかいないのが現状だ。

 2メートルという規格外の体格で実績を残した前例がないせいか、ドラフトで巨人以外の球団は指名を見送ったとも言われている。"素材型"として巨人に下位指名(5巡目)され、そこから着実に進歩を遂げているが、ここからが本当の勝負になる。それは指導者にも言えることである。

「ファンが夢を持って話すのはいいが、現場は選手の適性をきちんと見極めて指導しなくてはならない。かつてヤクルト、西武で監督をしていた時に、ヘッドコーチに森祇晶がいた。森は"鬼軍曹"のごとく選手を締めつけた。だから、ある日『人間は長所と欠点を持って生まれてきてるんだ。おまえは欠点ばり言ってるから不愉快になる。長所を伸ばせば、欠点が消えるということを知らんのか!』と言ったんだ。これは日本人の指導者に共通すること。どうしても、コーチというのは型にはめたがる傾向がある。そりゃ、自分が持っている型にはめれば指導はラクになる。だが、選手は十人十色。体格や性格が違えば、教え方もそれぞれ変わってくる。

 秋広にしても、前例がないからわからないではなく、勉強すればいいだけのこと。他競技からでも、筋肉や関節の動作の研究をしたり、メジャーには2メートル級の野手がいくらでもいる。やるべきことはたくさんあるはずだ。いい素材を獲って、練習と指導で能力を開花させるのがプロのコーチである。いずれにしても秋広には、打率やホームランといった数字は気にせず、試合に常時出場しながら体力をつけ、シーズンのリズムを体で覚えろと言いたい」

 百戦錬磨の広岡が困惑するほど、秋広は驚異的な進化の過程にいる。そんな秋広に、広岡は期待を込めてエールを送る。

「正しいと思ったことを最後までやれ!」